第74話

 

「ぐあああっ!!」


「ジャステイズっ!」


 クルクルと回転しながら、彼の左腕が地面に落ちる。

 切断面からは血が吹き出し地面に尻餅をついた。

 スラミューイはそのまま追撃しようとするが、私は咄嗟に腕に『破魔の光』を出現させ、相手の胴を狙って貫いた。


「!! ぐふゥッ!」


 スラミューイの胸のあたりに大きな穴が空く。しかし飛び出した時と同様勢いをつけてすぐさま後退したあと、付けたはずの傷はウネウネと周りの肉の部分が埋め始め塞がってしまう。


 そんな、私のこの光が通用しないなんてっ。魔族の弱点である心臓を攻撃したのに!


「おお〜、少し油断しましたねェ。流石の私もびっくりしちゃいました! これが勇者の持つ魔を滅ぼすことのできる光ってやつですねェ?」


 ソイツは何事もなかったかのようにヘラヘラと笑う。


「効いていない……? そうだ、ジャステイズは!」


 見ると、駆けつけたミュリーによって止血はされているようだ。だがまずは早いこと落ち着ける場所に連れて行って腕をくっつけなければならない。傷が塞がったとはいえ違和感もあるだろうし、回復魔法では体力までは元に戻せないため早く休ませてあげるべきだろう。

何より、その腕をくっ付けてあげなければならない。


 ミュリーの使える聖魔法に欠損を治すことができるものがあるのだが、時間がかかる上に一ヶ月に一度程度しか使うことができないのだ。神の力の代用はその効用が強ければ強いほど制限がかかるし、何より彼女自身の体にも負担が掛かる。


「み、みんなすまない、逃げるんだっ……! 僕のことは放っておいてくれっ」


 脂汗をかきながらも、ジャステイズは立ち上がりそのようなことを言ってくる。


「そんなことできる訳無いじゃない!! 逃げるくらいなら一緒に死ぬわ」


 すると、恋人であるエメディアが前に出てきて横並びとなる。


「馬鹿なことを言うなっ! 共倒れしても意味がない! もう僕たちの身体は僕たちだけのものじゃなくなってるんだぞ?」


「誰がなんて言おうと関係ないわっ。ジャステイズの恋人は私なの、私にも貴方を平等に愛する権利があるはずよ! 一方的で無意味な施しじゃなく、苦しくてもお互いが横並びになって受け入れられる選択肢を選ぶんじゃなかったの!?」


「お二人とも落ち着いてください! 感情的になって言い合っている場合じゃありませんよ!」


 ミュリーが間に割って入る。が----


「そうだよォ、仲間割れなんて悠長なことしてる場合かなァ!」


「ひっ」


 そんなミュリーに向かって、スラミューイが再び己の身体を急接近させる。


「危ないっ!!」




「ふんんっっっ!!!」




 えっ……?


「で、デンネル様!?」


 突然立ち上がったデンネルが、スラミューイに向けてその拳をカウンター気味に思い切り振り抜いたのだ。

 ブチブチブチィッ!! と腕からは筋肉やら何やらが切れる音が響くが、同時にスラミューイの見た目だけは可愛いらしいその顔が頬の辺りを中心に醜く変形する。


「ぐェ」


 敵は錐揉み回転しながら地面に跡をつけ遠くまで吹き飛ばされる。

 しかし反撃した方も、右腕があらぬ方向に折れ曲がり血が滲み出たり酷い内出血を起こしたりしている。


「む、むむぅ……」


「デンネル様っ、しっかり!! 大丈夫ですかっ!?」


 デンネルはそのまま再び意識を失ってしまい、ミュリーによって慌てて介抱されている。


「いてて、まさかこの私に土を付ける人間がいたとは……少々油断しすぎましたかねェ?」


 一方、スラミューイの変形した顔は、先ほどの胸と同様に元に戻っていく。

 しかし、わずかではあるが傷がついたままなのが分かった。

 向こうも無敵じゃないみたいだ。それが分かっただけでヴァンと同じく私たちがここへ来たときには既に満身創痍だったはずのデンネルは、素晴らしい働きをしてくれたと言えよう。


「くくくッ、いいでしょゥ。そろそろ本気を見せて差し上げますよォ!」


 ヤツはそう一言叫ぶと、両手両脚を大の字に広げて全身をボコボコと泡立たせる。まるで何かの化学反応のように、瞬く間にボコボコの形状となり、そして次第に収まっていくと人間の形を完全に捨てた生物へと変わり果てていた。


「ふゥ、ようやくお披露目できましたね。これこそ、元老院が十二席の末席にあたる、軟体のスラミューイ。スラミューイ=エックスアイアイの真の姿ですよォ〜!!」


 全身が無重力空間に浮かぶ半透明の液体のようにブヨブヨと丸い形をしており、背中にあたる部分からは何本もの触手が伸びている。

 顔にあたる部分は鼻も口も耳もなく、赤い瞳が二つ浮かんでいるだけだ。体の中には何やら核のようなものが見え、まるで中身がスケスケの卵に目のシールを貼りつけているかのようだ。


 胴体部分だけを見ての全身は二メートルほどあるだろうか、しかし背後から伸びている触手の部分は先ほどのようにいくらでも伸ばすことができそうだ。


「<我がやってやる!>」


「ルビちゃんっ!」


 エメディアが止めようとするが、ドラゴン形態の彼女を静止することなどできるわけもなく。そのままスラミューイへと飛んでいったルビードラゴンはその太い尻尾をなぎ払い、その卵形の身体へ叩きつけた。


「<なにっ!?>」


 だが、べちゃりと激しい音を立てたかと思えば、そのまま尻尾が胴体へ張り付いてしまう。


「ギャオオオオオオ!!」


「る、ルビちゃん!?」


 そしてなんとそのままスラミューイはその身体に張り付いた尻尾の一部分をウネウネと包み込み、半ばで引きちぎってしまった!!


 ドスン、と千切れた尻尾の先が地面に落ちる。


「<わ、我の尻尾が〜!!>」


 ルビードラゴンはこちらへと舞い戻ってきて、人間形態ルビちゃんへと戻ると涙目になりながら先の方が千切れている尻尾にフーフーと息を吹きかける。


「はははッ、今の私にはもう先ほどのような物理攻撃はもう通用しませんよォ! そして私に貴方のその光が通用しないのもご承知の通り。さて、どうされますかァ〜〜〜!!」


 スラミューイは"あはははは"とどこにあるのかもわからない口から笑い声を発しながら楽しげに触手をウネウネとさせる。


「な、なんだこれは?」


 すると、そこへ突然森の方から集団が現れた。


「親分、化け物ですぜっ!!」


「見たことないやつだ!」


「一体何が……おい、あれは勇者パーティじゃないのか?」


「なんだと?」


「本当だっ、化け物と戦闘してやがるのか!」


 どうやら彼らは、森に拠点を置き村を襲っていた盗賊団のようだ。こちらとスラミューイの両方に視線を行き来させ、どう反応するか迷っている様子だ。


「ああ、貴方達ですか。ちょうどよかった、彼女達を取り押さえて下さいますか?」


「なに?」


 親分とは呼ばれていた髭の男が、スラミューイを訝しげな表情で眺める。


「取り引きですよ。彼女達を妨害してくれれば、望む金品を好きなだけ与えましょう」


「なんだと?」


「親分どうしやすか?」


「好きなだけ金をくれる、だと……」


「あいつ本当にいってるのか?」


「だが勇者達だぜ? 簡単に出来るもんなのか?」


 盗賊達はザワザワと相談をし始める。が。


「いや、それはお断りだ!」


 男はその提案を切り捨て、武器を構える。


「ふうん? どうしてでしょうかァ?」


「決まっているだろう、俺たちは誰の指図も受けねえ! もちろん貰えるものは貰うがな!」


「ほうほう、そうですか。ならば……死んでくださァ〜い!!」


「えっ」


 スラミューイは、背中から生えている触手を盗賊団の方へ伸ばし、そのまま薙ぎ払うように目にも留まらぬ速さで横に振り切った。


 スパパパパパパパパパパパパパパパパパンとペットボトルから炭酸が吹き出しキャップが外れるかの如く、リズム良く首が胴体から離れ瞬時に大量の血の噴水が噴き出す。


 そしてそのまま、私たちの方へ触手が回ってきた。


 ま、間に合わないっっっ!!




 ――――スパンッ!




「はいィ?」


 えっ? 今の攻撃は……


「み、見てみろ、魔族……ふっ、その気持ち悪い触手、切り落として、見せたぞ?」


 後ろを振り向くと、ヴァンがいつのまにか立ち上がっており、その腕からは『浄化の光』を出していた。


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