第75話 (ちょっとだけ主人公チート)

 

「ヴァン、動いて大丈夫なの!?」


「あ、ああ、もう大丈夫だ」


 しかし、血を流しすぎて顔色は悪いし、精神や肉体もまだまだ元気いっぱいに回復しているとは言えない。その証拠に、先ほどまで気絶していたのだから。


「わわわ私の触手が切り落とされたァ!? そんな馬鹿な、人間にそのような芸当ができるはずがないのにィ!!」


 切り落とされた触手を見、スラミューイは発狂したように叫ぶ。

 その当の触手は、しばらくはウネウネと自立しながら動いていたが、それから数十秒もすれば完全に停止した。


「だ、だがまだ先の方が切られただけッ! しかもこちらには触手のストックは沢山あるのですよォ!」


 相手は、そう宣言すると残った背中から伸びている全ての触手を動かし、こちらへ攻撃してきた。


「むうっ!!」


「デンネル様、いけません!」


 彼も意識をいつの間に取り戻したのか、再び私たちの前に立ちはだかろうとする。





 ――――しかし、更にその前にヴァンがスッと出て行き、その『浄化の光』を大きく伸ばしてスラミューイに向けて直接薙ぎ払った!





「グヒャアアアア!!」


 こちらに向かっていた触手ごと、スラミューイの身体が上下に分かれる。横に真っ二つに別れた触手たちは勢いを失って地面にポトリと落ち、切られた下半分は浮いている上半身から離れこちらもボトッと音を立てて崩れ落ちた。


「ハア、はあ、ハア、危うく核ごと切り裂かれるところでした……しかし私には再生能力が……ない!? な、なぜ元に戻らないのですかァァァ!!」


 ヤツの言う通り、私に切られた時はすぐに塞がっていた傷はどういうわけか元に戻ることがなく、上半身や触手の断面からだらだらと液体を垂れ流している。


「ごちゃごちゃうるさいのお! これでもくらっとけじゃ!!」


 その隙に、ルビちゃんはまたルビードラゴンとなり、大きく息を吸い込んで盛大に火炎放射を放った。


「アチャチャチャチャチャッ!!」


 千切れた触手をぶん回し暴れるスラミューイ。地面に落ちたパーツはことごとく消炭になっていく。


 だが、加減を忘れたのかそれともただ単に面倒くさかったのか、首を切られた盗賊の死体まで燃やしてしまったので、少々生焼け臭い。だがそれと同時に、どこかイカ焼きのような匂いもしてくるのは気のせいか?


 炎が治ると、スラミューイはあちらこちらが炭のように真っ黒けになっており、動きも緩慢になっている。


「わ、わたし、がァッ。この、ようなめに、あうわけがァ。ない、のですよォォォ!!」


 しかし相手はそれでも力尽きる様子はなく、無理やり触手を生み出し、再び私たちに向けて薙ぎ払いを仕掛けてくる。





「何度でも同じことだ! くらえっ!!」





 だが、先ほどよりも明らかにスピードが遅い攻撃は、こちらに届く前にヴァンの光によって斬り伏せられ、更には残っていた上半身を中身の核ごと切り裂いた!





「ヒィィィヤアアアァァァ!! グギュオウェエエエエ!!」


 断末魔とは正しくこのことか、耳を塞ぎたくなるような気持ちの悪い悲鳴をこちらに浴びせながら、ボトリボトリとその粘着性のある水のような体を地面に溢し、最後には爆発四散してしまった。


「………終わった、のか?」


 一気にあたりに静寂が訪れる。


「……わ、わからないわ」


「<念のため焼き払っておくのじゃ!>」


「あ、ちょっと!」


 証拠保全のため、安全を確かめた後四散したスラミューイの身体の一部を回収しようとしていたのだが、再びルビードラゴンによる火炎放射で今度こそヤツは完全に消し炭へと姿を変えてしまった。


「る、ルビちゃんっ! 駄目!」


「<えっ、なんでじゃ?>」


 エメディアが、死体を燃やしてはいけない訳を説明する。


「……す、すまんのじゃ。つい尻尾を切られた恨みを晴らそうと思ってしまっての」


 人間形態へと戻ったルビちゃんが頭を下げる。


「もういいわ、今更だし」


「ですね。それよりも皆さん、村人の問題がまだ残っていますよ。何故かスラミューイが現れた後からは全くその動きが感じられませんでしたが」


「そうだわ! おじ様の様子や、ソプラのことも気になるし。それに肝心の叔母様も早く助けないと! ごめんだけど、ドルーヨはエメディアとルビちゃんを連れて森の方へ向かってくれるかしら?」


「わかりました、行きましょう」


「ええ、気をつけてね、ベル」


「何かあれば念話を飛ばしてくれたらすぐに向かうのじゃ!」


「うん、そうするわルビちゃん」




 ルビちゃん曰く念話については、私とヴァンの二人が交信しやすいのだという。


 ドラゴン族同士ならば本当に気軽に使えるが、他の人間との間だとそれほど楽ではないのだとか(もちろんほかの人間に対してもドラゴン形態の時に言葉を発するよりかは遥かに楽だというのは本当らしい)。それが私たちに対しては詳しい理由は分からないが、この世界の普通の人間とは違い何故かドラゴン族と同じくらい念話を飛ばしやすいらしく、皆に一斉に話をしたいときは実は私たちを仲介して周りの人々にも伝える手法をとっているのだとか。


 ドラゴン族に対しては古代から『天から降りし者』という別称があるらしく、ドルガ様のいらっしゃる天界を仲介して転生した私とヴァンと似たところがあるため、そのような念話の使い勝手になっているのかもと推測する。




「私は一人で村の様子を見てくるわ。何かあれば転移ですがな帰って来られるから」


「ま、待ってくれベル、俺も一緒に行く!」


「えっ? ヴァン、でもそんな身体じゃ。それにデンネルとジャステイズの怪我もあるし。下手に動くよりも私がみんなを安全なところへ転移させたほうがいい。勿論ヴァンも一緒によ? 私たちがここへ来た時には、既に大分傷を負っていたんだから。心配したんだからね本当、とにかく今は休んでいてほしいわ」


 先程は私たちをその力で助けてくれたとは言え、私たちが到着するよりも先に戦闘を行なっていたことによる体力的・精神的な不安は多い。怪我を負ったことによる精神的ダメージはすぐに癒えることはないのだから。




 人間の体はそこまで痛みに強く出来ているわけではない。人によっては我慢できる限度も深くはあるが、だからといってその地点までずっと何も感じず平気で限度を超えたら倒れるとか、そういうものではないのだ。


 傷は負うごとに"痛み"という脳へのダメージが蓄積されていくし、それが溜まれば溜まるほどもう痛い思いはしたくないという本能的な恐怖がはたらく。そしてそれは人間が生存していく上で必要な本能でもある。戦場に突っ込んでいっていつの間にか死ぬ五秒前でしたなどという事態を避けるためだ。

 たまに痛いのには慣れていると言う人がいるが、それは"慣れている"のであって痛みを"感じていない"わけではない。精神力で己の恐怖を無理やり封じ込めているだけなのだ。そういう人も、限度を超えたら結局はそれ以上の身体的ダメージを避けるため精神的ダメージへと転化させて負傷を避けようとする。


 勿論ヴァンがへなちょこだとか、ヘタレだとか、そのような話をしているわけではない。無理に体を動かして後々後悔するようなことをして欲しくないという私の純粋な心配だ。


 ただでさえ、その姿を見た時にはもうドルーヨ同様全身血だらけであったのだから。

 ミュリーの回復魔法により急激な治療を行う必要があったとは言え、重傷であればあるほどいわゆる『幻肢痛』に似た症状(古傷が痛むといった表現がより正しいかもしれない)がしばらくの間起こりやすくなるというデメリットもある。本来人間が持ちうる自己治癒能力を無視して肉体の損傷を回復させるのだからだ。

 その症状もしばらくすれば治りはするが、戦闘中に急に痛み出すこともないとは言えないのだ。実際、魔王討伐の旅の間にも、無理な治療によってソレを我慢しながら戦闘をするという痛みの負のループが起こる場面も結構あった。


 なので、回復魔法により傷やその直接の痛みはほぼ消えてはいるだろうが、せめてしっかりと休養を取ってもらわないとというわけだ。

 痛みは我慢しすぎたら、廃人のようになることもある。脳へのダメージが蓄積され、まともな思考が出来なくなってしまうのだ。拷問を行なって情報を聞き出している国もあるようだが、犯罪者が何も物を言わなくなったという話も聞く。


 つまりは、ヴァンには今は休息を取ってもらって精神ダメージや回復魔法の余波を出来るだけ和らげてほしいという話だ。





「わかった? だから、ここは私に任せて」


「いや、ベル。それはわかっている。俺だって国軍にいた時は何もせずにいた訳じゃないしきちんと勉強はしてきたさ。だからそれを踏まえた上で、ベルに付いていくといってるんだ」


 私はヴァンを連れていけない理由を説明したが、それでもその表情を崩すことはない。


「俺はベルからもう逃げない。勇者だなんだという前に、ベルは俺の恋人であるし、婚約者でもある。確かに俺はスラミューイによって一時的にボロボロにされたし、戦意を失いかけてもいた。しかしそこにベルたちが現れてくれて、こうして今は無事に立っていられる。だから今度はベルたちのことを俺が助ける番だ。村人たちにスラミューイの一部が寄生しているんだとすれば、俺のこの腕の光で元に戻すことができるかもしれない」


 ヴァンは、その笑顔だった表情を真剣なものへと変える。


「だからベル、俺にも同行させてくれ。俺たちで、元のナイティス村を取り戻すんだ!」




 …………あっ♡




 私はその時密かに、下半身が疼くのを感じた。


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