第76話

 

 俺がそう宣言した後、ベルは何故か顔を真っ赤にさせてモジモジと足をこすり合わせながら俯いてしまう。


「ベル、行かせてやろう、ヴァンも生半可な気持ちじゃないことは確かなようだ。あの村は彼の故郷。お父様のこともあるだろうし、何よりずっと過ごしてきた場所を失いたくないという気持ちは誰しも持ちうる感情だろう。僕たちが旅をしてきたのも、人間の世界という大きな意味でずっと過ごしてきた環境を魔族の侵略から守るためじゃなかったのか? 人々の暮らしという大切な"故郷"を守るために戦ってきたんじゃないのか?」


 ジャステイズが俺の気持ちを後押しするようなことを言う。


「デンネル様とジャステイズ様のことはあちらの教会で診てもらいましょう。嫌な言い方かもしれませんが、勇者パーティの一員ということなら喜んで預かってくれることでしょうし。ベル様はヴァン様を伴って村へ行って下さい。こういう時こそ、お互いに頼ればいいと思いますよ?」


 ミュリーがそう言った後、ウィンクをした。


「そんなことないさ。僕も自分の立場はよく理解しているつもりだ。フォトス帝国にも神聖教会の支部は存在するし、上層部と関わりの深い皇族としては彼らの性質はよく理解しているつもりだ。"勇者様の仲間"を治療したがる資材はごまんといるだろうさ」


 ジャステイズはミュリーの提案をフォローするようにそう言ってのける。


「ごめん、皆。心配かけたようだけど、本当にもう大丈夫だから。ジャステイズたちも無理はするなよ。とにかくベル、今はとにかく村の様子を見てこないと、こんなに静かなのはおかしいし」


「……わかったわ。ともかく、ヴァンの言う通りジャステイズも今は無理をしないこと。ヴァンだってしんどかったら絶対に私に言うこと、いいわね? それじゃあ今からデンネルとミュリーも合わせて王都の神聖教会本部に転移させるから、ちょっと待ってて」


「ああ、そうしてくれたほうがいいかもしれないね。デンネルも未だに意識を失ったままだし」


 火事場の馬鹿力だったのか、拳を振り抜いたデンネルは気を失った後地面に横たわったまま静かだ。


「それじゃあ、とりあえず建物の前まで転移させるわね。ルビちゃんやエメディア達は森の方へお願いね」


「うむ、任せるが良い。ヴァンの母君は無事連れ帰って見せようぞ」


「ですね」


「ええ、幸いにも戦力的には問題なさそうだし、何かあればルビちゃんの背中に乗れば大抵の敵からは逃げられるだろうしね」


 エメディアは横に並び立つ先が千切れた尻尾の生えた少女の背中をポンポンと叩く。


「し、しかたないのお……帰ったらマッサージじゃぞ?」


「はいはい」


 そしてエメディア達は森の盗賊団が拠点にしていた地点へ向かい。ベルはデンネルの体をミュリーと一緒になって抱えて腕が切り飛ばされその治療をしなければならないジャステイズを伴って転移した。


「……しかし、本当にこれで終わりなのだろうか? スラミューイの言い方からするに、魔族の中でもかなり上の立場だと推測できるが。それとも魔族の世界は実力と成り上がり力は関係ないのか?」


 あんなにあっさり倒せてしまうとは、『元老院』とやらはあくまで魔族の意思決定機関に過ぎないのか? それとも俺のこの『浄化の光』が強すぎる能力なのか。と、左腕を見ながら考察する。


 スラミューイと戦闘をした時、奴はその触手でデンネルのことを貫いた。急所じゃなかったのですぐさま戦闘不能とはならなかったが、それでも大きく負傷した彼と一緒に戦闘をするのは難しく、俺も共にボコボコにされてしまった。

 もしベルたちが到着するのがもう少し遅かったらきっと今頃この世にはいなかったであろう。もう生き返ることはできないってドルガ様も仰っていたし。


 そしてその後戦ったベル達もかろうじて保てていた意識の中にある記憶では、だいぶ苦戦している様子だった。

 それに、ベルが確かに『破魔の光』を使ったにも関わらず、魔族であるはずのスラミューイはその傷をすぐに回復させてしまっていた。

 ベルから聞いている旅の間の戦闘では、今までどの魔族であっても肉体ごと消滅させるという最終兵器リーサルウェポン的な強力な力を行使できてきたという。

 今回のアイツが初めてその力が効かなかった存在ということになるのか。


 そしてさらに先程使用した俺の『浄化の光』は今、まで遭遇した状況においてはあくまでも誰かの中にある"魔"を退けるもので、魔そのものを消滅させるベルのソレとは違う能力だと思っていた。

 だが実際には、スラミューイという魔族そのものを破壊してしまった。一体どのような原理で働く能力なのか、未だにはっきりとしないのは少々怖いところだ。

 もし今後誰かのことを切った時に、その肉体を消滅させてしまうかもしれないのだから。


「ただいま!」


「あ、おう。お帰り」


 そんな振り返りをしていると、ベルとミュリーが王都から戻ってきた。


「ああ、おかえり。あれ? ミュリーも一緒なのか」


 てっきり向こうに残るものと思っていたが。


「ええ、村の人達のことを回復させないといけませんしね」


「そっか、行ったり来たりと大変かもしれないけれど、もう少しその力を村のために貸してくれると嬉しい」


「もちろんです。ヴァン様も、体調が悪ければ遠慮せずに仰ってくださいね?」


「ああ、助かるよ、ありがとう」


 そうしてベルと一緒に中央村ナイティスの手前まで転移する。いきなり村の中に転移して万が一彼らが元に戻っていなかった時に襲われるのを防ぐためだ。


「ヴァン、本当によかったの? それにさっきは強がってか何も言っていなかったけれど、本当はおば様の様子も気になるんじゃ?」


「それはそうだが、俺はこれでも領主の息子、次期ナイティス家当主となる嫡男なんだぞ? 勿論お母様のことは大変心配しているけれど、守るべき村の様子をまず確認しなければならない。スラミューイのやつが現れて色々とゴタゴタしていたけれど、その前に突然村人たちが暴れ出したっていうのは非常に気になるしな。それに、俺は別に強がってなんかないぞ!」


 今は逆に物静かで不気味ではあるが、ベルたちが起きてみると村人たちは人間のできる身体の動きなんて完全に無視したような挙動で襲いかかってきたという。

 スラミューイは自分の分身のようなものを埋め込んで、村人たちを操作していると話していたし。


 ならばスラミューイを倒した今、村人たちが解放されている可能性もある。勿論油断はならないが、少なくともベルとミュリーがいる分戦力的にはそこまで低いわけではないだろう。


 それにいざというときは俺が囮になるつもりだ。ベルという勇者の存在は、もはや一人の戦士という枠を超えている。各国の思惑が複雑に絡んだパーティを率いるリーダーであり、また人類救済の旗頭でもある。ここで彼女を失うことは不必要な混乱を巻き起こすことは必至だ。


 ……ベルが俺のことを大事に思ってくれていることは十分に伝わってくる。本当は俺だってベルと早く平穏な暮らしを送りたい。だが、それは彼女が勇者として選ばれた十二歳のあの日叶うことは無くなったのだ。ならばせめて、今のこの状況を少しでも前向きに捉えられるようにしてやるのが俺の責務というものではなかろうか?


 旅に同行出来ると聞いた時、内心狂喜乱舞であった。ベルがどのように思っているかは本当のところはわからないけれど、きっと俺と同じ気持ちだと信じている。ならばこそ、その横に並び立つために俺自身をある程度犠牲にしてでも勇者ベルという存在を守り、引き立ててやる必要があるのだ。


 彼女だって人間である以上、喜怒哀楽を当たり前のように想う。ただ剣を振り回す怪物などではないのだから、俺のことを好きになってくれたんだし、それを今でも変えずにいてくれている。その想いに応えるには、やはり俺自身が踏ん張る時に踏ん張るしかないのだ。


 ベルはどうも自分が俺を差し置いて勇者になったことで俺に負い目を感じているように見て取れる。ならばこそ、俺だって彼女と一緒にやっていけるという姿勢を内外に示さなければだし、その気持ちをもってベルの負の感情を打ち消してやらなければならない。決して強がりで行動をしているわけではないのだ


「ヴァン、どうしたの?」


「え? いや、ちょっとな」


 歩きながら己の行動を見つめ直していたら、ふとベルに声をかけられた。


「しんどいの?」


「いいや、大丈夫……おい! 二人とも!」


「え? なにあれ!」


 そこには、倒れ伏す村人たちの姿があった。


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