第77話

 

「皆……生きてるの?」


 村の様子がやけに静かだと思ったのは、村人たちが微動だにしないからであった。この光景を見ると、一瞬ベルの暴れていたという証言が嘘のように感じられる。が、所々の家屋が壊れたり、地面がえぐれていたりするのを見るとやはり騒動があったのは確かなのだろうと思いなおす。


「少々お待ちください、確かめてみます! ……大丈夫、息はあります。とりあえず回復魔法をかけて、って……えっ?」


 ミュリーは村人の一人に近寄り観察する。どうやら死んでいるわけではなさそうだ、良かった。

 しかし、彼女が聖属性魔法を行使しようと祈りを始めたそのタイミングで、その目の前に倒れ伏す村人がビクビクと痙攣し始めた。


「なんだ?」


「ミュリー、こっちへ!」


「はいっ」


 ベルと三人揃って急いで後退をする。その村人だけではなく、周りにいる地面に横たわる村人たちもどんどんと全身が震える症状が広がっていく。


「な、なにっ!?」


「どうなっているんだ……」


「こんな光景初めてです、前の旅でもみたことがありませんでした!」


 ミュリーが驚いているが、俺だってこんな現象見たことがない。スラミューイが埋め込んだという自身の分身がまだ生き残っているというのか? ならばどう取り除くんだっ。


 だが。


「見て!」


「えっ」


「なん、だ、これ、は」


 突然、震えていたその村人たちの身体が一人でに宙に浮かび上がり、グルグルと竜巻に呑みこまれたかのように回転し始めたのだ。

 次第にその速さを増していき、肉体と肉体がぶつかり合っていく。


 辺りにはその衝撃で血や肉片が飛び散り、グチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャグチャ、バキバキバキバキバキバキバキバキ、ベチョベチョベチョベチョベチョベチョベチョ----ひとりひとり名前を持ち、顔を持ち、俺が昔から知っている皆んなのその姿が凡そ人の身体とは言えない形に変形していく。


 続いて、バラバラとなったはずの肉体は渦を巻くように高速回転をしながらも、回転の中心にあたる中空で団子をこねるように一塊に集合してお互いを更に押し潰していく。


「お"ええええええっ」


「ヴァンっ!」


「ヴァン様っ」


 余りにも凄惨な光景に、俺は反射的に嘔吐をする。


 いやだ、いやだ、いやだっ!!! なんなんだこれはっ!

 村のおじいさん、おばあさん、おじさん、おばさん、お兄さんにお姉さん、俺がここに帰ってきて初めて見る小さな子供たちまで含めて、その全てが死体とすら呼べないモノへと変わり果てていく。


「……そ、そうだ! お、お父様にソプラは?」


 俺はふと、顔をあげる。と。


 ――ちょうどその視線の先では、飛ばされ回って来た二人の肉体がぶつかり合い、お互いを押しつぶす光景が目に入った。さらには潰される直前、俺の目を見ながら微笑んで――


「………………ウェッ? エッ? イマノ……」


 そのままお父様の頭と、ソプラの頭がぶつかり合い、人形を思い切り地面に叩きつけたかのようにこちらを向いていた顔面が崩壊して。二人の身体は手足もなにも関係なく全身がバラバラに分解され、他の村人同様、中央の肉塊へ呑みこまれていった。


「ヴァ、ヴァン! みちゃだめっ!!」


 ベルも気づいたのか、慌てて俺の目を塞ぎにくる。

 しかし、すでに俺は目の前の現実を現実として受け入れることを拒否し始めていた。


「……ベル、これは夢なんだよな?」


「ヴァン?」


「お父様もソプラも、村のみんなも生きているよな? さっきみたいに静か横たわっているんだよな? ミュリー、早く彼らを介抱してあげなきゃ。回復魔法「ヴァン!」を……」


「ヴァン、落ち着いて、ごめん、ごめん、一旦落ち着こう、ね?」


「え? 俺は落ち着いているぞ、ベル。なにを言っているんだ? だから村のみんなを起こして、暴れた原因について話を聞くんだろう?」


「ううう、ヴァン様」


「ミュリー、なんでそんな泣きそうな声しているんだ? さっきの戦闘で回復魔法を使いすぎたのか? なら、村人たちは他の人を呼んで助けて貰って……」


「ヴァン、こっち見て」


 ベルが手を離して俺の体を自分へと向ける。が。


「夜は皆んなで魔族を倒したお祝いパーティをしようなでもお母様もきっとジャステイズたちが助けてくれているはずだしたまには五人でゆっくり過ごすのもいいかも明日はベルと俺の婚約について話もしなきゃだしそうだベルのおじさんにも平和になった村を見てもらおう転移をすれば連れてこれるだろうそうして結婚式はこの村で挙げるんだきっと村一番のお祭りになるぞだからベルなんで泣いているんだしんどいのかそれとも俺と結婚できることが嬉しいとかあはは恥ずかしいなおっと俺の胸に顔を埋めてどうしたんだ髪でも撫でて欲しいのかベルは本当昔からたまに甘えん坊になるよなでもそこも可愛いくて」


「ヴァン=ナイティス!! 目を覚ましなさい!!!」


「ほらベルよしよブベェッ!!」


 俺がベルの頭を兜越しに撫でてやろうとしたら、突然頬を思い切り叩かれた。俺は衝撃で尻餅をついてしまう。


「なにするんだ! あ、急に頭を触るのはマナー違反だったかな? ごめんごめん」


 と苦笑いをしながら謝る。


「違うの、違うのよ!」


「違う? なにが?」


「現実を見なさい!」


「現実?」


「あれよ! ごめんヴァン、でも、見て! あれをどうにかしなきゃ!」


「エッ」


 ベルは俺の頬を無理やり両手で挟み込み立ち上がらせ、次に肩を持って百八十度回転させる。


「エッエッ」


 そこには横たわる村人の姿はなく、辺り一面が真っ赤に染まった地面と、崩壊した家屋。そして、赤や肌色、黒のカラフルな肉体を持つ巨大な人影が仁王立ちしていた。


「村人の身体が集まって、ぐにゃぐにゃと変形した後、あの姿になったの! ヴァン、あそこにいるのが村のみんななのよ。私だってとても辛いし悍しいわ。でもあそこに今突っ立っているアイツが現実なの。おねがい、とても辛いことを言ってるのはわかってる。ヴァンの気持ちが私にはとても理解しきれない状態になってることもわかる。だけれど、今だけは頼むから正気に戻ってくれる? スラミューイのせいだとしたら、ヴァンのその力が絶対に必要になるわ。三十分だけでいい、ヴァン=ナイティスの身体にその心を戻して、お願いしますっ」


 ベルは俺の首を支えると、その唇を唇を当てて来た。


「んむっ」


「んっ、ちゅっ、んはぁ……」


 キスをしたとき、四年前の記憶がふと蘇った。




『ベル、生きろよ! 生きて必ずまた会って、今度こそ一生一緒に生きよう!』




「……そうだ、俺はヴァン=ナイティスなんだ。自分の世界に閉じこもっていちゃいけないんだ……『一生一緒に生きていく』と誓ったんだから」


「ヴァン?」


「ヴァン様っ」


「すまない、二人とも。少々・・取り乱していたようだ。ごめん。現実逃避しちゃってたよ。でも俺がいくら塞ぎ込んでも、村人たちが生き返るわけじゃないんだもんな……大丈夫、戦える。三十分、いや、十分で片付ければいいんだよな?」


 俺は頭を下げ顔を上げると、少しふざけて見せもう正常だよアピールをする。そして目の前で立ち呆けている巨大なオブジェクトへ視線を向けた。


「ヴっ……」


「ヴァンっ!」


「大丈夫だ……あれをまずはなんとかしないとな」


 また吐き気が襲ってくるが、目を逸らすわけにはいかない。

 何故か集合してから動こうとしないソレからは、髪の毛やら骨やらかろうじて形状を保っていた身体一部分やらが確認できる。本当に、村人たちがアレになってしまったようだ。さて、どうすればいいのか……


「ベル、どうする?」


「どうしますか!」


「そうね……とりあえず、攻撃してみるしかないわよね。あのまま放置しておくわけにもいかないし……」


「そうだな。んじゃあ」




 >おおっとー! 待って待ってェ〜<




 俺たちが武器を抜くと、辺りにいきなり声が響き渡った。


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