第73話

 

「ベル様っ!」


 ミュリーが咄嗟に障壁を展開する。敵の攻撃は阻まれ腕が明後日の方に逸れた。


「何こいつ!? 見たことない魔族だわ」


 エメディアの言う通り、この魔族と出会うのは初めてだ。


「そうでしょうねェ、私はこの前人間の世界にやって来たばかりですから」


 触手のように伸びた腕を戻し、元の少女の姿となった魔族は、攻撃を阻止されたにもかかわらず余裕そうにニタニタと笑顔を浮かべる。


「それにしても、勇者様がドラゴンまで仲間にしているとは。流石と褒めさせていただきましょう」


「我は自ら好き好んで付き添っているだけ。そのような言い方をするでない、木っ端魔族! 我はエンシェントドラゴンの孫であるぞ!」


 ルビードラゴンは、鼻息荒くそう宣言する。


「ほうほう、エンシェントドラゴンといえば最強のドラゴン……これは私の腕試しにもなりそうですねェ〜」


「舐めるでない!!」


 ルビードラゴンが大きな火の玉を魔族に向けて吐き出す。

 しかし、ソイツは軟体生物ならばそれほど、と思ったが早く動けそうにもないに関わらず見た目からでは分からない素早い身のこなしでサッと攻撃をかわしてしまった。


 今までの魔族は、見た目と能力が合致しているものばかりだったので、初めてのパターンだ。ゴツいやつは少しとろいし、細いやつは素早い代わりに防御力が低い。それが魔族の特徴だと思っていたのだが、まさか適応されない奴が出てくるとは。


 いや、そう考えると魔王もそうだったな……まて、今は比較をしている場合ではない。この敵はこの敵であるのだ。


「ふう〜む、やはり戦闘など久しぶりすぎていまいち身体の動きがよろしくないんですよねェ〜。先ほどもその彼らを殺し損ねてしまいましたし。あ、別に手加減したとかじゃなくて、殺し損ねたので興が削がれたといいますかァ、簡単に言えば雑魚すぎるしかといって中途半端な状態で食べ残してしまったので飽きちゃったというわけですね!」


 魔族はテヘペロとでも言いたげに舌を突き出す。見た目は可愛いが、その言動や行動とのギャップで余計とおぞましい。


「ねえあなた! あの村の人たちをあんな姿にしたのも貴方なの? 私たちに恨みがあるのなら、彼らは関係ないわ、今すぐに解放しなさい!」


「そうはいきませんねェ、使える手駒をみすみす捨てるわけないじゃありませんかァ〜。ま、彼らはもう元に戻らないんですけどね☆」


「なんですって?」


「あの人たちの脳には、私の分身となる小さな肉体のカケラを埋め込ませてもらいました。それを引き抜いたが最後、一瞬で事切れてしまいますよ」


「なん、だと?」


 ジャステイズが怒りの表情を露にする。


「罪もない人たちを利用するなんて、やはり魔族は僕たちの敵に他ならない! さっさと倒して彼らを助けさせてもらう!」


「いえだから、私を倒しても無駄ですって。すでに彼らの命はなくなったも同然。私の思うがままに操れる駒となったのですから。まあ今は少々こちらの手が離せないので、後からじっくりと有効利用させていただきますけどねェ」


 なによそれ、つまり村人たちはスラミューイに支配されているってことなの? だから私たちを攻撃してきたのか……


「それにそもそも恨みとかじゃないんですよねェ〜。私はなんというか、魔族たちの平穏な暮らし・・・・・・を守るために元老院から出された遣いみたいなもので。新入り末席ってこういう時に断りづらいから困りますよねーっ」


 先ほども、自分は『元老院の末席』だと言っていた。つまり魔族の世界には、まだあの四天王や十魔衆のような奴らがいるということなのだろうか?


「べ、ベル、逃げるんだ……! こいつは俺たちの手に負える相手じゃないっ!」


 すると、ミュリーの後方の地面に蹲っていたヴァンが地面に手をつきつつも無理やり起き上がり、そのような忠告をしてくる。身体は血に塗れ、今にも意識を失いそうだ。


「ヴァン、ダメよ! ミュリー、ごめん頼むわ」


「はいっ! どうしましょう。デンネルさんは意識がないようですっ」


「困りましたね、二人の怪我人を背負いながらこのような場所で魔族と戦闘を行うこととなるとは……」


 ドルーヨの言う通り、明らかにこちらの方が分が悪い。


「ほうほう、勇者様は仲間想いのようですねェ。ならば、そちらから狙うのが筋ですよねっ! まさか、正々堂々と一対一でとか言いませんよねェ? あっ、もし生き残って私のことを宣伝してくれるって言うならば、一人だけ無視してあげてもいいんですよォ? スラミューイですからね、スラミューイ! 街宣みたいにきちんと名前叫んでくださいねェ〜」


 先ほどからスラミューイと名乗っていた魔族は、嫌味を言い口を曲げる。


「何を……! ベル、どうするんだ? 僕たちでやっつけられると思うか? 言われっぱなしじゃ収まらないぞ?」


「そんなのやってみなきゃわからないわ。今までもそうだったじゃない」


「それもそうだわね。悩んでいるよりもまずはどんな敵か探らないとどうにもならないわ」


 エメディアの言うとおり、ひとまず戦うしかないのか。しかし、ヴァンが大変な状態なのに……


「相談タイムですかァ? まあ構いませんよ、どうせすぐに皆さん死んでしまうんですからね〜!」


「ベル…………くそっ、その減らず口、すぐに後悔させてやる!」


「そうじゃ、我はエンシェントドラゴン! 魔族なぞに負けはせん!」


「私もサポートします! 皆さんお気をつけて!」


「僕も隙を見て弱点を探りますよ。人々の平和を守るのも、安心安全をモットーにしているうちの商会の仕事ですからね!」


「ええ、魔族に魔法は効かない、けれども今までの経験でなら、間接的な攻撃でやっつけられるかもしれないわ!」


 みんな、やる気のようだ。


 そうだ、私は人々の平和を取り戻すために戦って来た勇者なのだ。ここでネガティブになってどうする! ヴァンもきっとこんな私は望んでいない、勇者として振る舞う私を助けるためにこの旅に同行しているのだから!


「ありがとうみんな、励ましてくれて。そうよ、こんな適当なやつに負けるわけはいかない、まだまだ世界には困っている人が沢山いるのだから、一々向こうの言うことに相手をしていては時間の無駄なだけだわね」


 私も剣を構え直し、ジャステイズと横並びにスラミューイと対峙する。


「おォ〜、かっこいいですね〜。サンセット立ちってやつですねェ〜」


 何を言っているのだ? いや、言葉に惑わされてはならない。これも敵の作戦の一部なのかもしれないから。どうもこいつは、私たちのことを上から目線で見ていらつかせようとしているように感じられるのだ。もしかすると、何か私たちが知らず内に既に弱点を握っていて、それを気取られないようにしているのかもしれない。


「んでは、さっさと終わらせてしまいますねェ〜。私もまだここを拠点に色々としなければならない仕事がありますので。それにしてもまさか貴方たちに縁のある場所だとまでは知らなかったんですけどね。まあでも、勇者のお膝元みたいな村を魔族の支配下に置いたとなれば、人間世界にダメージを与えられそうですから一石二鳥ってやつですねー!」


 そしてスラミューイは、大きくジャンプをしてその両腕両脚を伸ばしてきた。しかも先ほどとは違い、今度は数十本の細長い触手に枝分かれさせてだ。


「みんな落ち着いて一つずつ切り捨てるのよ!」


「ああ!」


「<待て、ここは我が! 訓練の木人扱いにされて黙ってはおられん!>」


 そう言って火炎放射を繰り出したルビードラゴンに焼かれて、触手が次々と焼け焦げていく。


「あちちちちちっ、流石ドラゴンといったところでしょうかァ、これほど強力な範囲攻撃で返されるとしんどいですね。パターンを変えましょう」


 地面に着地したヤツは、足を伸ばして身体を一瞬でこちらに近づけてくる。


 そして、ジャステイズの左腕を切り飛ばした。

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