第114話
「ふぁっふぁっ、なるほどなるほど、それは面白い!」
「お、お父様っ、はしたないですよ、そんな大声で笑い声を上げないでくださいっ」
「いいではないか。我々も、魔王や魔族との戦いで疲弊しておったのだ。疲れた心を癒すには笑い話が一番! 君たちもそう思わないかね」
「ええ、仰る通りです、陛下。商人の立場からも申させていただきますと、人が一番油断をする瞬間は笑っている時。それはつまり、それだけ心が緩く穏やかになっているとの証左でしょう」
バリエン王国国王、ゴードン=エク=ゾグス=バリエン陛下は、ベル達の旅の間のこぼれ話にその伸ばしに伸ばし切った白髪の顎髭を優しく撫でつけ大笑いだ。
「うむ、暗い世の中が続いていたが、そち等のおかげで人々の間に少しずつではあるが笑みが取り戻されておる。それは我が国だけではなく、他国でも同じであろう。引き続き、勇者パーティの活躍を祈らせてもらおう。勿論、ミュリーのことも頼みたいところではあるがな」
「お、お父様っ。皆様は今でも充分すぎるほど私に良くしてくださっています。むしろ私の方が、もっと役に立たないかと心苦しいほどですのに」
いつもよりも少しだけではあるが、お嬢様しているミュリーは思うところがあるのかその貌に少し影を落としている。
「どうしてなの? ミュリーは私達になくてはならない仲間じゃない。そんなこと言わないで」
「そ、そうである! ミュリー殿は役立つ役立たないなどではなく、我らの盟友。共に旅をした仲ではないか!」
デンネルがこの中では彼女に対する想いが人一倍強いせいか、のめり込み気味にそうフォローする。
「だって私は、まともな戦闘能力がありませんし……聖魔法は確かに、アンデッド等には効きますが、生きとし生けるものには攻撃方法としては全く通用しません。それはつまり、この世に存在するほぼ全ての動植物、また魔物や魔族に対しての戦闘能力が皆無に等しいということです。物理的な攻撃は確かに私も有してはおりますが、やはり皆さんと比べると村人に毛が生えたくらいですから……」
どうやら、彼女はそれなりに思い詰めているようだ。
普段はほんわかした中にも冷静なモノが光るミュリーではあるが、心の中では劣等感というのか、どうも気後するところがあるようだな。
うーん、これは早めに解決したほうがいいな。会話の流れでとはいえ、今まで黙っていたものが噴き出してきたわけだから、限界が近いのかもしれない。
勇者パーティといえども人の子の集まり。感情的な要素で内部崩壊しないとも限らない。
「エンデリシェ様は、どう思われますか? 立場は違うとはいえ、戦闘に赴かない立場であったのは同じだと思いますが。王族でしょうし護身術などはどのように習われたので?」
と、ドルーヨが元姫君にそう訊ねる。
「えっ、私ですか? 実は別に護身術などは習ってはおりませんが……そうですね、ミュリーさん」
「は、はい」
エンデリシェは向かいに座る筆頭巫女の顔を一直線に視線を向け眺める。
「自分が何ができないか、ではなく、自分が何ができるのか。そのことを考えるのが大事だと思います。あの、お恥ずかしながら私は王族だというのに人前に出るのがとても苦手なのです。今だって、ヴァンさんが一緒じゃなかったらきっと口も開いていないことでしょう」
「お、俺?」
「はい。それに、ベルもですよ」
「私も?」
「ええ。二人がいてくれるからこそ、私は心細くありませんし、それはつまり仲間がいるから。心と身体を安心して預けることができる人がいるが故でしょう。それを置き換えると、ミュリーさんは仲間がいるからこそ、その聖魔法の力を思う存分発揮できているわけです」
「はあ」
「逆に、皆さんもミュリーさんがいるからこそ、傷や怪我を気にせずに戦闘ができるんじゃありませんか? 筆頭巫女なんて高位の神官、普通ならば大金を積んでもそうそう治療してもらえませんからね。つまり、お互いがお互いに様々ないい影響を与えているんですよ」
「私がいるから、みんながいるから……お互いに……」
ミュリーは、何かにはっと気付かされたようで、眼を少し見開く。
「それと私がでは勇気を貰う代わりに何を与えるのかですが。ヴァンさんとベルは知っているのですけど前からですが薬品の開発に力を注いでいるんです。様々な状況に応じて高い効果を発揮する薬品を作ることにより、士農工商あらゆる人々がよりその仕事に打ち込める。それを私はサポートする。そのために、色々と試作品を用意しているところなのです」
そういえば、エンデリシェから体力や魔力を回復するポーションなる物を授かっていたな。あれもその壮大な計画の一部だったわけか。
……あれ? そういえばどうしたんだっけ? なぜかわからないが、既に使ってしまったような気がするのだが。いやしかし、そんなはずは……まあいいや。
「王族として人々の暮らしを側面から支えようということでしょうか?」
エメディアがそう聞く。それに対してエンデリシェは苦笑いで返す。
「ふふ、そこまで高尚な考えではありませんよ。ただ単純に趣味なだけで。でも仰るように、その趣味を続けていくうちに、少しずつですがこれを応用すればきっとこういう役に立つ筈だ、と考えるようになっては行きました。それはどうしてか。以前お父様の演説を聞いたとき、国王に向かって民の皆さんが熱狂的な声援を送っているのを見たからなのです。これだけ沢山の人々に私達王族は慕われている、支えられている。ならばこちらも、その期待に応えなければならないと思ったのです。広い意味で、私達王族と臣民は影響を与え合っていることに気が付いたのです」
「ふんふん、じゃあミュリーも、世の中の人たちに対して信仰してもらっている分のお返しをしたらいいんじゃない?」
「え?」
ミュリーが今度はベルの顔を見る。
「私たちの役に立っていないなんてそんなことは全くないわ。けれど、どうしても気になるというなら、まずは世の苦しんでいる人たちを助けるために、間接的に私たちの事を治療したりすることで貢献しているって捉えたら? 狭い範囲で雁字搦めになるんじゃなくて、広い視野で自分の行動に自信を持って目的を成していけば、自ずと私達の役にも立つしね」
「そう、でしょうか?」
「うむ、一理あるのである! ミュリーは十分頑張ってはいるが、それでも不安だと言うのであれば助ける対象を増やせばいいのである。その分だけ、気持ちも昂るし一回一回の戦闘にこだわる必要もなくなる故に!」
「……そう、ですね」
すると彼女はポツリと呟いた後、下を向く。
「私ったら、どうしてこんなに落ち込んでいたのでしょうか? ふふ、皆さんありがとうございます。流石に、世の中の人全員のためにこのパーティで聖魔法を使っているんだ、などという発想は持てませんでしたが。でも仰る通り、私達の目標は魔王軍の残党を殲滅すること。パーティ内での貢献度を争っているわけではありませんでしたね。旅の疲れが出たのか、それとも故郷に帰って気持ちが整理出来過ぎてしまったのか、余計なことを考えてしまいました。謝罪いたします」
今度は顔をあげ、ぺこりと頭を下げた。
「いえいえ、そんな。これからも、よろしくお願いしますよ、聖女様」
「そうそう。後ろはこの私がいるんだから、出来るだけ前のみんなを助けてあげてよね!」
「我もこの肉体一筋。魔法は使えない故に貢献度などと言いだせば、汎用性のない我などミュリー以下であるぞ?」
「そ、そんなつもりは」
「あはは、冗談でしょう、ね?」
「当たり前である」
「わかりにくいわよ、もうっ」
「アッハッハ! やはり愉快な者達だ。今夜は存分に歓待されてもらおう! どうぞ旅の疲れを癒して行ってくれ!」
バリエン陛下はそう仰ると、椅子から立ち上がり部屋を後にされる。
「改めてすみませんでした皆様。私のこともそうですが、あんな父様でお恥ずかしい限りです」
「いや、気にすんなよ。国によって為政者のあり方が違うのは当たり前だろ? それにあれくらい砕けているのも、親近感が湧いていいとは思うし」
「そうね。それじゃあちょっと休憩しましょうか」
「ええ。いくら軽い雑談程度だったとはいえ、一国の主人と面会するのはやはり気を使いますからね」
と、お開きの空気になったことでどこに待機していたのか、侍女達がそれぞれのあてがわれた客間に案内し始める。
「それじゃあまた後で」
「はい」
「うむ」
「ええ」
「励ましのお言葉ありがとうございました」
「ほんといいのよ、ミュリー」
と、仲間の神官の頭を撫でた勇者様を伴って、客室へと足を運んだ。
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