第115話

 



 ――――同時刻、南部大陸南端、ロンドロンド首長国連邦、レミラレミソ国南端港町ミレにて




「ふぃ〜、今日も平和だなあ〜」


 漁民は、呑気に鼻歌を歌いながら船を出す準備をする。


「しっかし、魔王ってやつぁ大したことはなかったみたいだな」


 別の漁民がそんな同僚にヘラヘラと軽い口調でそう伝える。


「ん? そうなんだべか?」


「ああ。なんでもまだ二十にもなっていない少女に倒されたっていうぜ? いくら勇者様って言っても、大の大人に倒されるならまだしも、女の子にやっつけられるなんて魔王って実はあんまり強くなかったんじゃないかと思っては」


「まあ確かに、お前さんの言う通りかも知れんなあ。ま、どちらにせよ、俺たちにゃあ関係ないことだべ?」


「んは、南の方まで侵攻する体力もないってこたあ、魔王だけじゃなくて魔族全体が腑抜けた奴らだったんだろう。人間の軍の方が、北の一箇所に留まっていた奴らと違ってあちこちの国にある分怖いまであるな」


「おいおい〜、そんなこと言うと本当に来ちゃうべ? 俺たち殺されてしまうべ?」


「その時ゃあ、化けてお前さんの嫁さん貰っちまうとするか、がはは!」


「な、ふ、ふざけんじゃないべ! そんなことしたら絶好だかんな!」


「絶好も何もそうなったら既に死んでるんだが?」


「それもそうだべ」


 などとおふざけ半分な話題で時間を潰していたその時。




「ん、あれはなんだべか?」





「ああん? どうしたよ」


「いやあ、なんか遠くに船のようなものが見えた気が……しかも大量の」


「大量の? あ、遠洋の奴らが帰ってきたんじゃないか?」


「そんなはずは。まだ帰港の予定はだいぶ先だべ? ちょっと船出してみるべか」


「おいおい、面倒くせえなあ」


 と言いつつも二人は漁の支度を一旦やめ、船を出す準備に入る。


「お前達! さっさとしろ!」


「は、ひゃいっ!」


 この国では『奴隷』を扱うことが許可されているため、お金さえ用意できれば飼い主の地位に関係なく元がどのような立場の奴隷でも基本買うことができる。

 過度の暴力や残虐な扱い、意図的な放棄などは許されていない(奴隷も人間である以上、一応は国が庇護する労働力であるからだ)が、個人の裁量の範囲を出ない分においては基本飼い主の所有物として自由に扱われることとなっている。


 なおこの場合は、男の持ち物ではなく、港における共有の奴隷であった。


 そして男に指示された共有財産のうちの一つ、少女の見た目をした奴隷は、せっせせっせと出港の準備を進める。

 八〜十人程度で動かす漁船であり、漁師半分奴隷半分という慣習がこの町では出来上がっているため、少女だけではなく複数の奴隷が働いているのだが。


 少女は最近"加入"した奴隷であるため、まだ仕事の要領をよくは得ておらず、あたふたと忙しく走り回るのだった。


「よおおおおし、んじゃ行こうか」


「んだ! だせええええ!」


「えっ、待って!!!」


 しかし、少女が乗り込もうとした矢先。船は埠頭から離陸し出航し始めてしまう。


「そんな……うう、また叱られるよぉ……しかも船に乗れないなんて、きっと重罰だよぉ……うえぇぇ」


 既に幾度も"叱られて"いる少女は、その時の光景を思い出し涙を流し始める。だが当たり前であるが幾ら滴が地面に落ちようとも、出ていく船の勢いが落ちることはなかった。












「ああん、なんだあれは?」


 相方が船を出そうっていうんで出したが、確かにあちらはおかしな様子だ。だべだべ言いながら奴隷や弟子に檄を飛ばすその姿を横目に、相手方の様子をもう少し詳しく観察する。


 んん、どうなってやがんだ? 鼠色の船……だと?


「おい、なんだあれは!」


「鉄、なのか!? 鉄が浮いてるぞ!」


「そんなはずは……馬鹿な、ありえない!」


「そうだ、ありえない……いやしかしどう見ても鉄の、鉄の船だぞあれは!」


「どうなってるべか!? 鉄が水に浮くなんてありえないべ!」


 その通りだ。相方の言う通り、鉄は水よりも重いため下に潜ってしまう。少なくとも漁師の間では常識だ。

 だからこの船も、水に浮く木材を作って作られている。確かに、留め具や装具などで少しは鉄を使ってはいるが、あんなみるからに全身が鉄で覆われた、いや鉄で出来たとしか見えない船が浮かぶなんて……


 そしてどんどんと彼我の距離は近づいていき、ついにその全貌が見えた。


 船はどうやら船団のようで。一番前にある鉄でできた船は、俺たちの船よりも縦も横もはるかにでかい。

 その船体の横からは幾つもの大きな筒が飛び出しており、前方からはその筒をさらに三つ三角形になるように並べたものが左右から一対、飛び出している。


 その船の後方には、それよりは幾らか小さくはあるものの、同じように鉄でできたと思われる船が沢山並んでいる。まるで騎馬を並べ威嚇する軍隊だ。




<お前達!! そこに止まれ!!!>




「おおっ!?」


 すると、慌ただしく騒いでいる俺たちに向かって、誰かが大声を掛けてきた。


「と、とめろおおお、とめろおおおお」


 すぐに指示を出し、船を止めさせる。どの道未知の相手とすれちがうのは避けなければいけない。


「で、でかい……」


 誰かが零したであろうその言葉には、同意するしかあるまい。

 百メートルほどしか離れていない場所に相対すると、もはや城が迫ってきているようにしか思えない。それほどこちらとあちらの大きさが違うのだ。




<お前達は! ロンドロンドの者であるか!>


「そ、そうだー! それがどうしたべかー!」


 相方が代表して叫び返す。しかし、こんな空に響くような大声、誰が出しているんだ? 魔法なのだろうか?


<ならば話は早い! 貴様らへの攻撃をもって、首長国連邦への宣戦布告とする!!!>


「なに?」


「な、なにを言ってるべ!! 攻撃っ!?」


「お、おい、なんかやばいんじゃないか?」


「だ、たべな。お前達、今すぐに船を旋回させるんだ!」


「ひゃ、ひゃいいっ」


「お母さん、お父さん」


「し、死ぬのか俺たち……」


 奴隷も漁民も関係なく、その威圧感に半ば恐慌状態のようだ。俺だって、誰もいなきゃ叫んで海に逃げ出しているだろうさ。


 だが、船は俺たちの宝。それに相方を置いて逃げるわけにもいかない。


「おい、出すぞ」


「おう!」


 と、船を動かし始めたその時。


「え?」


「あ?」


 船員の一人の視線に気が付き、俺はそちらを向く。


 すると、先端についた三連の筒が左右とも、こちらに向けられているのがわかる。


「な、なんだ、なにが起こるんだ……」


「いや、いや、死にたくないぃ」


 生物としての反応が、今から間違いなく死の世界に向かうことを告げてくる。


 その筒が紫の光を濃くするにつれ、俺は逆に不思議と冷静になれた。





<撃てー!!!>





 そしてその瞬間、九人の船員は船ごと海の藻屑となった。











 ――――ドォォオオオオン!!!


「きゃあっ!」


 港町から茫然と海を眺めていると、遠くに微かに見える船が発光し、そして次に海から巨大な水柱が立ち昇った。


「な、なにっ!? なんなの?」


 水柱はその多量の水を付近の海に撒き散らし細かい雨のように白い霧となって霧散する。


 そして続いて、その霧の奥からたくさんの船がこちらに近づいてくるのが見えた。


「て、敵っ!?」


 と私が叫ぶと同時に、ミレの街中に緊急事態を知らせる鐘が鳴り響く。


 周りの漁民や奴隷達は何が起こったのか大体察したようで、慌てて街の中に逃げていってしまった。


「あ、わ、私も……あれ? ど、どうして? どうして動いてくれないの、ねえっ!!!!!」


 だが、地面に脚を左右に開いてへたり込んでいた私は、どうしてか地面から立ち上がることができない。


 その間にも、船はどんどんと近づいてき--そして先ほどのように紫色の光を灯す。




 ――――ズウウウウウウウンッ!!!




「ひゃあああああっ!!」


 光は、港まで一直線に飛んで来、私のずっと左側にある倉庫に激突すると、そこから凄まじい爆風が巻き起こり、建物の破片ごとゴロゴロと吹き飛ばされてしまう。


「…………ううっ」


 ようやく転がる勢いが収まり、地面に這いつくばる形で寝転がる。


 全身が痛い。どうやら血も流しているようだ。もはや立ち上がる気力すら湧き起こってこない。


「…………死ぬ、の、かな……? おかあ、さん、ごめん、な、さい……」


 そして火と煙、砂埃が立ち昇る中、私は次第に意識が失われて行った。



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