第116話
三日後、バリエン王国から城に戻って一連の経緯を陛下やらに説明した俺たちは、再び旅に出ることとなった。
ナイティスの村々の復興は、肩書は俺がトップということにして、実際の作業は出向する官僚によって進められる事になっている。ので旅に同行し続けていいことになった。
なお、お母様が引き続き『臨時領主代理』になり、実質的に俺の代わりに作業の監督をなされる。ナイティスに連なるものが一人もいないのに勝手に復興を進めるのは外聞が悪いからだ。
あの村はそれほど重要な拠点ではないはずなのだが、国からの御触れを出しての復興という点はやはり民衆から驚きの声が上がった。
どうも、官僚に臣民の生活空間の復興パターンの経験を積ませるためというのと同時に、対外的なアピールもあるようなのだ。
一応は俺も勇者パーティの一員となったし、それにあの村はベルも一時期を過ごした第二の故郷のようなもの。王国は勇者をその関係各所も含め庇護下においていると改めて各国に知らしめるとともに。
国は最後まで民を見捨てない、たとえ最後の一人になろうとも必ず元の生活を取り戻させるという人心掌握のための復興作業でもあるのだと。
しかも、元々複数の村落に分かれていたナイティス騎士爵家の領土はその領土のほぼ全域を使って一つの大きな街として生まれ変わり、そこは人類の平和と魔族への勝利の標となるという。
俺たちの残党討伐遠征が終わった暁には、俺が正式な領主としてその街を治める。今から心配にはなってくるが、こればっかりはもうその時にならないとわからないだろうし、今から胃を痛めるのはやめようと問題を先送りにした。
「それでは、陛下。行ってまいります」
「うむ、魔族の動向は未だ気になることが多い。元老院とやらが暗躍しているとするならば、我が国だけではなく各国家各大陸に影響を及ぼし、再び人間への侵攻を計画している可能性が高い。旅を続けると同時に、気になる情報が有れば随時知らせよ」
「「「ははっ」」」
「では、頼んだぞ、勇者パーティの諸君」
「ご一緒できないのは残念ですが、皆様のご無事を祈らせていただきます。ヴァンさん、また生きて必ずそのお顔を見せてくださいね?」
「ええ、勿論」
「私も、ですよ? エンデリシェ様?」
「あらあら、そうでしたわ。次いでに、ベルも」
「へ、へえ。ついでに、ねえ」
いたたたた、違うことで胃が壊れそうだ……あの一件以来、最初は俺たちのことを単純に心配していたエンデリシェも、それが元気になるとやはりあの部屋で 見せつけられたのを大分根に持っているようで、ベルに対しての当たりが強くなってしまった。
今は陛下の御前とはいえ、客間での私的な会合であるためエンデリシェも少し気が大きくなっているようだ。いくら父親とは言え陛下の前でギスギスしたところを見せていいんだろうか……?
エンデリシェは戦闘能力がほとんどないため、今回はお留守番となっている。
ミュリーに色々と慰めの言葉をかけはしたが、それはあくまでも勇者パーティの中でという話。そもそもが一般人と同等か、下手をすれば引きこもっていたせいでそれ以下であるエンデリシェをつれていくのはとても無理な話だ。
結婚の話も、しばらくは保留となってしまったし、どんどんと未来の自分に負担が押し付けられてしまっている気がしてならない。
頑張れ、将来の俺。負けるな、何年後かのヴァン=ナイティス。
「陛下! 失礼いたします!!」
突然、険悪な雰囲気を吹き飛ばすかのように、客間の扉が勢いよく開けられる。当然、近衛がすぐさま侵入者を警戒するが、服装を見るにどうやら国軍兵士のようだ。
「どうした、何があった」
このような形で緊急の伝令が来るということは、よほど即座に伝えなければならない事態が発生したということ。皆の間に一気に緊張が走る。
「はっ、手短に……! 三日前、南大陸にある国家ロンドロンドにおいて、沿岸にある都市が突然襲来した敵対勢力による攻撃を受け壊滅。その後各都市を撃破しながら敵は西北回りで現在もなお大陸を侵攻中とのことです!」
「なんだと? なぜこの時分に南大陸が! まさか、魔族が不意打ちをしてきたのか!」
陛下の驚かれた通り、南大陸は他の大陸に比べ格段と魔族による被害が小さい。というのも、北方の大陸の中でもさらに北の地域からやってきた魔族が、南の大陸に着くまでの余裕はなかったからだ。
その南大陸のさらに南の端にある、つまりは魔族の支配地域と両端に位置すると記憶している(一応は国軍指導官なんてやっていたので、最低限の地理知識などは有しているのだ)ロンドロンド首長国連邦に侵攻するまでに魔王が討伐されたのだ。
なので、今このタイミングでということは、魔族が再びなんらかの大規模な作戦を実行し始めたと考えてもいいだろう。
全く予兆が掴めなかった上でのこの報告、心して聞くべきだろう。
「いいえ、それが……相手は、人間なのです!」
「人間だと? この時世に、他国の隙を見て侵攻してきた国があるというのか! どこの大陸の国だ? やはりあそこと仲が悪いといえば、真っ先に思いつくのはザンバーリョン公国だが」
だがその考えも瞬時に否定されてしまった。
人間だというならば、ますますも困惑する。
ザンバーリョン公国は、首長国連邦と同じく南大陸にある、扇型の真ん中に位置する国だ。国土はそれほど大きくはないが、公王と呼ばれる王のもと、団結力のある国民が、その領土を他国からの侵攻をことごとく跳ね除けて変わらず維持していることで有名だ。
歴史的に、国土の真下に位置する海岸線を支配している首長国連邦とは折り合いが悪く、何度も小競り合いをしている。直近の戦争も、確か魔族が侵攻してくる直前まで続いていたはずだ。
魔王が倒された今、再び戦火を開いたと考えるのも不思議ではない。
「いえ、そうではありません。ザンバーリョンは侵攻を確認すると確かに一旦は火事場泥棒を狙ったようですが、すぐに方針転換をし援軍を送った後のことです」
「なに? 援軍を?」
しかしさらにそれすらも否定され、いよいよ敵の姿が全く見えなくなってしまう。
援軍を送るということは、短期間で大陸内で争っている場合じゃないと一国家が判断するほどの切羽詰まった状況が起こったというのか。
「はい、どうやら敵は大陸全土を滅ぼすと宣戦布告したようで。各国は慌てて団結して敵の侵攻を押しとどめようとしている模様」
「なに、大陸全土などふざけたことをぬかす輩が? 一体、どこのどいつだというのだ? 不埒物め、世界が魔族の脅威の余波に未だ犯されている最中だというのに!!」
陛下は、机を拳でバン! と叩く。ティーカップが音を立て転がり落ちる。
「ええ、それが、相手は『ポーソリアル共和国』と名乗っております」
ポーソリアル? 聞いたことのない名詞だ。皆の顔を見渡すが、同様の反応で頭の上にはてなを浮かべている。
「知らん、耳にしたこともないぞ。本当にそう名乗っていたのか?」
「はい、間諜からの報告ではそのように。私も確認いたしましたが、間違いないとのことでした」
間諜、つまりはスパイ。ファストリア王国はその歴史とそこから来る立場上、世界各国が仮想敵国となっている。有名税というわけではないが、名の知られるということはその分やはりやっかみも受けるもの。
そのため、実際に戦端が開かれる可能性が薄い国に対しても情報収集を怠ってはいないのだ。
「ふうむ、どこの誰だか知らないが、あいわかった。それで、状況は? 南大陸を滅ぼすと豪語するくらいなのだから、さぞ強敵なのだろうな」
陛下はしかし未だ半信半疑なようだ。その国があるかどうかは置いておくとして、南大陸全土を焦土に変えるなどファストリアであってもほぼ不可能だろうことは俺だってわかる。
「それが、その…………」
伝令は、なぜか次の言葉を渋る。
「なんだ、はっきりもうさんか。他国の一大事なのだぞ?」
「は、はっ、申し訳ございませんっ! 私が伝令から伝え聞いた最後には、あまりにも信じられない言葉が添えられていたもので……ロンドロンドは、最初の侵攻を受けた後、反撃を開始。しかし、北上する敵国によって、瞬く間に国土の半分が焼け野原に変えられてしまったとのこと」
「なに、具体的にはどのくらいなのだ?」
「はい。初日、とのことです」
伝令は声を震わせながら、陛下の催促に応答する。
「なに、すまん、聞き間違えか? 初日、つまり侵攻してきてすぐに、最低でもロンドロンドの五割以上が侵略されたと、そういうのだな?」
「ま、間違い無いとのこと。偽情報であることも疑いましたが、神官の聖魔法によっても正しい反応を示したため確実な情報としてご報告させていただきました」
「…………」
部屋が再び一気に重苦しくなる。
神官の使う聖魔法には、真偽を証明するためのものがあるのだ。聖魔法自体、神に祈りを捧げ行う技術であるのでその効力も疑いようは無い。
さらに、その魔法は使用したことを捏造すると問答無用で死刑となる。この伝令がそんなリスクを負ってまでわざわざこのような嘘をつく必要もないだろうし、いよいよ持ってどこかに住まう強大な人間の勢力による侵攻の最終的な証明がなされたわけだ。
「……わかった、下がって良い」
「はっ、失礼いたします」
兵士は敬礼をした後、部屋から退出した。
そして残された俺たちは、しばらく誰一人として口を開かないのであった。
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