第117話

 

「ロンドロンドには改めて遣いを出す。お主らは引き続き旅を続けてくれても構わん。勇者パーティを武力として人間に向けるのは禁止されておる。そのために、各国から寄せ集めたのだからな」


 と陛下は仰るものの。


「いえ、陛下。もし一カ国だけではなく、南大陸自体に侵攻を受けているというならば、今はそれどころでは無いのでは? 寧ろ、北上して他の大陸が占領される前に、我々が一戦力として参戦するべきだと思われますが。それに、まだ相手が人間だと完全に決まったわけではありません。裏で魔族が糸を引いている可能性もありますし、それに少なくともこの五大陸にある国家でないことだけは確実。どこから来たかはさておき、"内側"ではなく"外側"に我々という武力を行使するのは構わないのでは?」


 ドルーヨが自論を述べる。


「ううむ、それも確かにもっともな意見の一つ……か? ならば、各大陸の盟主たる各国に対し早急に使者を送り、勇者パーティを外敵に対する防衛力としてあてがうことを提案してみよう」


「なら、私が転移で送り届けます。使者が帰ってくるのを待つよりも、その方が断然早いでしょうし。刻一刻を争う事態であることは疑いようのない以上、行ったり来たりの悠長な議論を重ねている時間はありません」


 ベルが手を上げ提案する。


「そうか、すまん、頼めるか」


「ええ、もちろん。例え相手が純粋な人間だけの国家だとしても、この世界五大陸の人々の生活を脅かす以上魔族と代わりはありません。未だに燻る火種魔族の残党が各地に潜んでいる今、南大陸はまだしも、東西北の大陸は板挟みになればとても耐えられないでしょう」


 彼女のいうことはごもっともだ。魔族勢力は俺たちやファストリア王国国軍が北に少しずつ押し上げて行く計画であったが、ここで俺たちが離脱すればその分隙ができる。


 しかし、対応の緊急性ではたった一日でロンドロンドの国土を半分侵略したというそのポーソリアル共和国なる敵の方が高い。三日ほど経っている今だと、すでに他の国も攻撃されている可能性は高い。


 ロンドロンドの国土は、地球のチリを少し太くしたような形で、ニコちゃんマークの口の形に南大陸の下三分の一ほどの海岸線を細長く覆っている。その国土をさらにいつからの首領が治る小さな国々に分割しており、連邦国家として形成されている。

 なお、ザンバーリョン公国も元はこの連邦の一国であった。ある時出された連邦の方針に従えないと反旗を翻し独立した結果、今の犬猿の仲になったという経緯がある。


 西北に沿って遡上しているというポーソリアルの勢力は、恐らくもうそのロンドロンドの全てを手中に収めていると考えるのが筋だろう。


 そしてあの大陸は(他の東西北三つの大陸もだが)カットメロンみたいな形の扇型である故、海か陸かどういう侵攻ルートを通るにしろ、報告の通り西回りであるならば最終的には西大陸とここ、中央大陸に乗り出せる拠点を確保することとなる。


 侵攻スピードから察するに、もしかするともう他の大陸に手をつけていることすら想像できる。その場合、ファストリアも"射程圏内"となり、他国と悠長に交渉をしている時間すらなくなる。

 どちらにせよ、ベルが出向いてその勇者という立場、そしてファストリア王国の威光で他国に協力を迫る方が手っ取り早いと思われる。


「うむ、魔族にも気を配る必要はあるが、連携の低い今の魔族よりも、一塊となっている国の軍隊の方が危険度は高いだろう。では勇者ベル、早速頼めるか?」


「はい、お任せくださいませ、陛下」


 そして入ってきた官僚に連れられ、ベルとそれに着いて行くというドルーヨは退室した。

 ドルーヨも、大手商会の会長という肩書持ち。彼くらいともなると、俺みたいなそこらへんの木っ端貴族よりも遥かに発言力がある。


 生まれ持った立場がものをいうことも多いが、結局は金の力が大きいのはどこの世界でも同じだ。それに、仮に各国が強調して対処に当たることになった場合、トップダウンの判断で商会網を戦略物資の融通に利用できるという理由もある。


「お主たちも、今は一旦お開きとしよう。再びの旅立ちは延期となってしまったが、構わんな?」


「勿論です」


「はい」


「構わないでございまする」


「文句など言いようがありません、人々の安寧のためですから」


「皆様お気をつけください……私は武力を持ちませんので、戦闘面ではお役には立てませんが。ですが薬の調合を続け少しでも助けになるよう協力させていただきます」


 そしてエンデリシェがそう述べ、自らの意志を示す。


「是非よろしくお願いしますね、エンデリシェ様。陛下、私も、この後すぐに神聖教会に掛け合ってみます。恐らくはあちらにも既に情報は回っているとは思いますが、ドルーヨさんの商会と同じく情報・物流網を有効活用できるやも知れません。先に失礼いたします」


 ミュリーも、一足先に退室する。教会はその性質上、一国家と同じほどの諜報網を有しているし、兵士の治療という点では殆ど独占企業状態だ。防衛戦争が起こるとするならば、勿論前面に立って活動することになるだろう。


「それならば、僕も。ベルに送り届けてもらいます。帝国として何かできることがないか、進言して参りますので」


「うむ、頼んだぞ皇子殿」


「な、なら私もっ」


 椅子から立ち上がったジャステイズを見て、エメディアも慌てて腰を浮かす。


「いや、君は待っていてくれ、エメディア」


「なんで……?」


「その気持ちはありがたい。しかし、勇者パーティがこれ以上離散するのは避けた方がいいだろう。エメディア、デンネル、そしてヴァンの三人は、城に残ってくれた方がむしろ有難い。それにミュリーも大神殿に行ったのちには帰ってくるだろうからね」


「そう、わかったわ……気をつけてね?」


 エメディアは渋々だが受け入れるようだ。ここでゴネていても仕方がないのもあるだろう。


 だがフォトス帝国は、西大陸最大の国家だ。

 ジャステイズの立場を考えると、もし敵が西大陸まで侵攻してきた・もしくは既にしてきている場合、帝国その他大陸各国の防衛戦争の神輿として担ぎ上げられることは想像に難くない。


 エメディアの心配する気持ちも当然ではあろう。そしてその気持ちをわかっているからこそ、彼の方も恋人を巻き込みたくないと言う想いを持つ。お互いがお互いを大事に思っているからこそのこのやりとりなのだと推測される。


「大丈夫さ、僕を誰だと思っているんだい? フォトス帝国の第一皇子、将来国を継ぐ立場なんだよ? 民のために動くのは当たり前さ」


「だから心配なのに……」


「え? なんだって?」


「なんでもないわ! 無事を祈っているわ」


 などと難聴系主人公みたいなやりとりを交わした二人は軽い抱擁とキスを交わし第一皇子殿下は急いで退室する。


「では、すまんが残りの者は今しばらく城の中に待機ということでよろしく頼む。まさかようやく世が少し落ち着いたと思えば、時をおかずして再びこうして大きな騒ぎがやってくるとはな」


 改めて、陛下が俺たちを見回しそう要請なされる。


「確かに、何者かの意図を感じてしまうほど、休まる暇もありません。ですが俺としては、陛下に召し上げて頂いたおかげで、今こうしてベルたちと対等に戦える立場になれましたので嬉しくはありますが」


「そうかそうか、ヴァンは戦闘狂だったのだな」


「えっ!? ち、違いますよ陛下っ。そのような意図で申し上げたわけではありません。ただ、何と申しますか、彼女と横に並んで共に同じ道を歩めることに幸せを感じているのです。もちろん、人々が禍に苛まれているこの状況自体は一刻も早く打開しなければなりませんが。あくまで個人的な感情として、の話であります」


 俺も前まではベルとは違う世界で過ごしているんだというある種の劣等感を感じずにはいられなかった。しかし、今はこの情勢のお陰で、彼女と剣を、拳を並べ旅をできている。




 それに、先日の『あの一件』以来、何故かはわからないが異常にステータスが高くなったのだ。まさかベルと交わったから能力値が移された、というわけではないだろうが……それに、なぜかモヤモヤとした気になるのだ。何かとても大切なことを忘れているような。何かきっかけがあってこのような数値へとなった筈なのだが、それが何かわからない。


 その"モヤモヤ"自体、ミナスという少女に助けてもらって治療院で覚醒した時からずっとしこりのように残って渦巻いている。いつか、これの正体がわかる日が来るとは思うが、今はまだその時ではないという気も同時にしているのだ。


 なので、無理に思い出そうとしても意味はない。ともかく、今の人類最高と言っても過言ではないであろう力を手にした以上、それを人々のために有効活用するに越したことはない。




 何か得体の知れない敵もやってきたことだし、いよいよ俺のチートが始まるんじゃないかという期待も少し持ちつつあるのが正直なところだ。


「ほうほう、婚約者である娘の前に惚気を聞かせられる親の気持ちとはこういうものか」


「あっ、も、申し訳ございませんっ!」


 俺は慌てて陛下とエンデリシェに頭を下げる。


「ふふふ、冗談である。それにエンデリシェはすでに降嫁した身、私がつべこべ言う立場にはないからな」


「ヴァン、だからといって殿下……じゃなかったエンデリシェ様を蔑ろにしたらダメだからね? わかってる?」


「わ、わかっていますよ。陛下、お任せください。エンデリシェ様……いや、エンデリシェのことは『丁重にもてなさせて』もらいますから」


「うむ、頼んだぞ」


 流石に今です返品しますなどと言えるわけがない。社交辞令だけでもそう述べておくのが筋だろう。

 ただ、含みを持たせた言い方をさせてはもらったが。


「ヴァン様、改めてよろしくお願いしますね? 是非、『深いお付き合い』をさせていただきたく存じますわ」


「え、は、はい」


 しかし、当の新しいお嫁さんから釘を刺されてしまった。


 敵が侵略してきたというのに、俺はなぜこんなやりとりをしているのだろう…………


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る