第80話

 

「そのようなことが……なんとも悍しい」


 一通り起こった出来事を説明する。と皆一様に鎮痛な面持ちとなる。


 ドルーヨも、普段の冷静な態度とは違い、憤りと悲しみを含んだ顔つきだ。


「ううっ、そんな、あの人が……村の方々もこんな姿にされてしまって……」


 お母様はというと、顔を真っ青にさせ足をしならせて地面へ座り込んでしまう。


「旅の間も人々の混乱や不安に乗じて酷いことをする奴らは沢山いたけれど、魔族の奴らはここまで残虐なことをしてくるのね。犠牲になった人々には申し訳ないけれど正直吐き気を抑えるのでいっぱいだわ」


 エメディアは特に顔色を悪くし、それっきり口元を押さえてしまう。


「あやつは自らのことを『元老院』の一員だといっておったか。このような強大な力を持つ魔族がまだたくさんいるということじゃよな。しかも自分は『末席』だとも。これはこれからの旅路心してかからねばならぬぞ? 思ったよりもきつい旅になりそうじゃ。我も力を惜しんでおればドラゴン族とていつまでも安泰というわけにはいかないじゃろうな。人類に手をかけた次は、きっと他の種族も害してくるに違いない。お爺様にも一度話をしておかなければならないじゃろう」


 ルビちゃんは腕を組み、考えたことを口にしながらも難しげな表情だ。


「ともかく、まずは村の状況をもう一度確認する必要がありますね。もしかするとどこかに生き延びている人がいるかも知れませんし」


「!! そ、そうだよな。なんでみんな死んじゃったと思い込んでいたんだろう。一人でもいれば、詳しい話を聞けるし。なによりこのような形で村がなくなるなんてあまりにも酷すぎる。せめてもの希望さえ見つけられれば……」


 俺は天にましますドルガ様へ心の中で一人祈りを捧げる。


「お母様とエメディアはルビちゃんと一緒にベルとミュリーから離れないようにお願いします。ルビちゃん、もしまだ何かあれば、みんなを連れて逃げてくれるか?」


「あいわかった」


「ええ……そうするわ。私も今はちょっと、動けそうにありませんから」


「二人で大丈夫? こっちはルビちゃんがいればなんとかなりそうだからついて行った方がいいんじゃないかしら?」


「そうか? どうかな」


「ですね。出来れば人手は多いに越したことはありませんし」


「それじゃあ決まりね。ルビちゃん頼んだわよ!」


「うむ、任せるのじゃ! 母君も、一旦立てるのじゃ?」


「す、すみません、腰が……」


 せっかく無事久しぶりにお母様を仲間に任せてしまうのは忍びないけれど、今は村の状況をいち早く調査しなくては。ベルの転移が使えれば、周りの村や街に増援を求められるのであろうが、彼女は気を失っているのだからそういうわけにもいかないし。


「行こうか」


「ええ」


「ですね」


 そうしてまずは村人の肉片が集合したオブジェスラミューイだったものへと歩み寄る。


「……改めて間近で見るとあまりにもむごいわね。戦闘をするためだけにこんなことを平気でしてくるだなんて、やはり魔族は赦しちゃいけない奴らだわ」


「ええ、エメディアさんの仰るとおりですよ。恐らくは彼らは彼らなりに何かしらの理由があって人間に戦争を仕掛けてきた。しかし、だからといってこのような命というものをなんとも思っていないとしか受け取れない暴力的な行動をすることが許されるはずありません。魔王亡き今、明確な目的が明らかにされないまま各地で魔族や魔物になる被害が未だ散発的に発生しています。早くなんとかしないと、彼らと同じような人々を生み出しかねません」


 ドルーヨも義憤に駆られているようだ。そう言ってもらえると、故郷をめちゃくちゃにされた身としては気持ちを共有してくれているように感じられ少しではあるが心が軽くなる。

 もしかするとドルーヨならばそれを狙っての発言かもしれないが、どちらにせよ悪戯に言葉を紡いではいないことは窺える。


「取り敢えず、燃やしてしまうしかないかしら? このまま放置していてもいいことはないわ。後から正式な葬儀をするにしてもこのままというのはちょっとね……」


「だな……」


 本当は一人一人の遺体を分けて、個人的にもお父様やソプラ達村人の中でもより身近な人々を探し出してあげたい。しかしそうすると時間がかかるし、いつまでも死体を漁っているのも皆には大変申し訳ないけれども余計と気分が悪くなりそうだ。


 今は俺自身なんとかしなきゃという気持ちだけでこうして立っていられてはいるが、精神的にも肉体的にもだいぶガタ・・が来てしまっている。中途半端で仕事を投げ出すよりも、効率的に物事を運んでいくべきだろう。


「ちょっと待って……私も一緒に立ち会います」


「お母様?」


 すると、先ほどまで座り込んでいたお母様が、いつのまにか立ち上がってこちらへ向かってくる。しかしその顔色は悪いままだ。


「領主がいなくなった今、ヴァン以外親族がこの場にいない以上引き継ぎがあるまでは私が『臨時領主代理』となります。彼らの最後を看取る責任があるでしょう」


 我が母親にして亡くなった領主の妻でもあるその女性は、震えながらも毅然とした態度でそう言う。




 確かにお母様の仰る通り、ファストリア王国の法では領主が何かしらの事情で急死又は業務の遂行が不可となった場合、その業務に一番間近で携わっていた親族が自動的に『臨時領主代理』となる。その後嫡子が正式な行政手続きを経た後正式な『領主代理』(一般的には次期当主や次期領主と呼ばれるが)となり、さらに王都で陛下から位を授かりその場で初めて正式な『領主』となれる。


 『臨時領主代理』はごく短期間の一時的な役職であることがほとんどではある(多くの場合は嫡子が成人後には本格的に領主の手伝いをし始めるため、その嫡子が『臨時領主代理』になるし、行政手続きが終わればそのまま正式な『領主代理』へと移行するからだ)が、今回の場合はお母様がお父様のそばでずっと業務を手伝っていた者となる。なので俺が『領主代理』としての手続きを終えて役職につくまでは現時点からお母様が実質的な領主となるからだ。


 何せ俺は成人年齢である十五歳を過ぎても王都で指導官をしていた。それに子供の頃も村の人たちの手伝いをしたことくらいはあれど、領主の仕事などほとんど手伝った事がなかったし。申し訳ないが、しばらくはお母様がメインとして働いてもらうしかないだろう。


 死者の弔い、つまり葬儀に関しては基本的には領主の管轄となる。と言うよりも戸籍に関わることは基本的に国ではなくその地域を任されている貴族の管理下に置かれるのだ。

 なのでこうなればもはや形だけとはいえども、お父様のかわりにお母様が葬儀を取り仕切ることとなる。敢えて表現するならば、"合同葬儀"という形になるだろう。




「でしょうね。僕も葬儀の立会人となりましょう。勿論エメディアさんも、ね?」


「当たり前だわ。というよりこれだけの人たちを火葬するには私が燃やすしかないでしょう」


 基本的には土葬文化の国なのだが、今回のようにたくさんの死人が出た場合には火葬で済ましてしまうケースも多い。一人一人埋めていく時間や場所には限界があるし、アンデッド化や腐敗した死体からの疫病蔓延なども起こりうるからだ。


「ミュリーはまだ意識を取り戻しそうにはないのかな? 無理そうならもう、司祭なしでやるしかないだろうが……」


 本来ならば違法ではある。が一応はミュリーがこの場に居はするので後からなんとでも言い訳はできるだろう。彼らの死後の旅路を祈るのに余計な雑音で汚したくはないものだ。


「どうでしょうか?」


「まだちょっと無理そうじゃな。魔力の回復が少ない。余程大量に使用したのじゃろう。スラミューイのやつも厄介な攻撃をしたものじゃな」


 話を聞いていたのかルビちゃんがこちらにやってきてそう言う。


「ならばもう仕方ないでしょう、このままじっとしていても夜がやってきます。すみませんがエメディアさん、お願いできますか?」


 ドルーヨの言うとおり、ずっと死体を放置しておくわけにもいかない。魔物や獣が寄ってくるかもだし、何より夜になれば死体がアンデッドになる確率が上がるのだ。


「ええ、それでは……」


「私も領主の妻。聖句くらいは詠めますので。ヴァン、始ましょう」


「はい、お母様」


 そうして村をざっと見て回り、死体をエメディアやルビちゃんの魔法で一箇所に集めた後、エメディアの杖から魔法が放たれ。


 ゴウゴウと立ち上がる炎を前にして、皆で涙を流しながらも村人達の最期を看取ったのだった。


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