第163話
「こ、こっちにくるなぁ!」
「お前たち、落ち着け!」
「ですが上官、こんなの相手にしていられませんって!」
「何を恐れている、最近の若いもんはロクに腰が入っておらんで嘆かわしい。金の代わりに命と忠誠を捧げる、それが侯爵軍の兵士に求められる絶対条件じゃろうに」
「翁、侯爵邸はよろしいのですか?」
「うむ、お主も大変よのお、このようやくまともに剣を振れるようになった小僧まで面倒を見なければならんのだからな!」
「それが私の仕事ですので」
「翁ぁ、上官っ、どうするんですか本当にいいい!」
「案ずるな、死んだら歯の一つくらいは持ち帰ってやる。まあ当然、ワシらも一緒に肉塊になってなければというぜんていでじゃがな」
「そ、そんな〜」
「んん? あ、あれは!」
「むむ? なんじゃなんじゃ?」
「ひえええ、今度はでっかいトカゲまで!? もう終わりだああああ…………あれ?」
「イアちゃん、そのまま空に待機していてくれ」
「<はいっ! くっ、寄ってこないでください、可愛くない鳥ですね!>」
何やら騒いでいる兵士たちに近づき、空から飛び降りて侯爵領都の中に入る。
空に浮かぶサファドラは、襲ってくる飛行する魔物の相手を取ってくれている。
「大丈夫ですか?」
「お主、誰じゃ、所属と名を申せっ!」
頭が寂しい感じになった白い髭を伸ばしたおじいさんが問いかけてくる。同時に、先ほどまでおじいさんと一緒になって騒いでいた高価そうな鎧を来たおっさんや、俺と同じか少し下くらいの歳と見受けられる青年。そしてその他周りにいる大勢の兵士たちが取り囲んでくる。
「ええ、もちろん。俺はヴァン=ナイティス。ナイティス騎士爵家の当主にして、勇者パーティの一員です」
「ナイティス……どこかで聞いたような」
「ああ、確か……国王陛下の"お気に入り"とか、甘い蜜を吸うハエとか言われている者か」
「えっ」
ナニソレ。
「ああ、あの例の、勇者様の婚約者の! まさか本物に出会えるとは感激です!」
おっさんとは対照的に、青年は純粋にキラキラとした目でこちらを見てくる。
「何かよくない噂が飛び交っているみたいですが……こほん、まあとにかくそれは置いといて。俺は皆さんを助けに来ました、ご覧のとおり、仲間たちも一緒です。あのドラゴンたちは、俺たちに協力してくれているので攻撃しないでくださいね?」
「ドラゴン? あれがドラゴンなのか! 話には聞いていたが、なんと恐ろしい姿なのだ……」
「とととトカゲとか言ってすみませんでしたぁ! ……く、食われませんよね?」
「何を馬鹿なことを言っておる。ふむ、ナイティス騎士爵、見た通りワシは劣勢である。言葉がきついようで悪いが、たった一人と、数体の空を飛ぶお仲間でどのような協力を為されるというのかな?」
おじいさんは現実的な思考のようだ。確かに、ドラゴンのことを聞いたことはあるだろうが、それがどれほどの強さなのか、実際に己の目で見なければわからないだろう。ましてや相手は魔の軍勢なのだ、そこらへんの野生の動物を狩るのとはワケが違う。
「うむ、こうして話をしている間にも、傷つき斃れる仲間は増える一方だ。無駄話をしに来たというならば、即刻お引き取り願いたい」
おっさんがいう。周りの兵士も似た格好で頷いているのを見るところ、どうやら領都の兵たちの指揮官のようだな。
「あ、あの、いくら何でも失礼では?」
「お前は黙っていろ! とにかく、今すぐにでも何かを為していただきたい。正直なところ、大分と切羽詰まっているのだ」
「大丈夫、大丈夫です。ご安心を。では今から俺一人で、領都を取り囲んでいる魔物を消し去って見せましょう」
「は?」
「一人で???」
なんだかムカつくなあ。と思い少し仰々しい喋り方をしてみる。
俺は再び空に浮く。今度は自力で魔法による浮遊だ。
「え!?」
「なんじゃと!? 空を!」
空を飛ぶ魔法は俺が創り出したもの。この世界の理には引っかからなかったようで作れたのだ。いまだに正確な基準が分からないが、少なくとも空を人間が飛び回るのは神様の許容範囲らしい。
「馬鹿な、一時的な浮遊ならまだしも、鳥のように空を飛び回るとは……これは幻想か? いやそんなはずはないか……」
やけに威圧的だったおっさんも驚きを隠せない様子で、内心ガッツポーズ。
俺はそのまま障壁の外から、先ほど宣言した通りに街を取り囲むようにして今にも攻め入らんとする敵を殲滅し始める。
「まずは、これだ!」
手始めに、魔法で火の球を作り、それを絨毯爆撃の要領で空から地上に向けて次々と撃ち出す。
「ウギイイイ!!」
「ゴギャアッ!」
「ポミュポミュ!」
大小人動物異型様々な姿形をした魔物の大群が、次々と消し炭に変えられていく。
「まだまだあ!」
さらに今度は、地上に近づき火の球を炎に変える。
広範囲に使用できる火炎放射を両掌から発射し、火あぶりだ。
さらに、風の魔法で一瞬にして五体を切り刻む。土魔法でトゲの柱を地面から突き出し針山で串刺しにする。水魔法で窒息死させたり、体内から爆発四散させたり。
と、敵にワンパターン攻撃で予兆を悟られないよう多彩な技を持って退治していく。時折、魔法ではなく武具を用いた物理攻撃も行い、返り血を浴びながらも敵が街から距離を取るようになるまでひたすらなぎ倒しまくった。
「ふう、こんなものかな」
「<おお、ヴァン! いつの間にこんなことに? こちらもあらかた片付いたのじゃ!>」
「おうそうか、ご苦労。ありがとうな!」
「<私の方も、空の魔物は引き付けてから焼き鳥にしました。今晩のおかずにどうですか?>」
「いや、それはちょっと……」
空から改めて辺りを見渡す。街の周りには、宣言通り魔物や魔族の姿はいなくなり、こちらから距離をとって遠巻きに様子を伺うようになった。指揮官をこちらが捕縛したというのも大きいだろう、ドン引きした残党軍は次の行動を判断しかねているようだ。
そしてちょっとすると、二体の竜がこちらに近づいてきて報告をくれる。図らずも、同じくらいのタイミングで空と地上両方の制圧が完了したようだな。
「あり、え、ない……!」
「恐ろしや」
「す、すごいです! あれだけの数の魔物たちを一人でやっつけてしまうだなんて!」
二人には待機を命じて、街の中に戻り、兵士たちに完了の報告をする。
「どうですか? これで、少しは見直してもらえましたかね?」
「ううむ、なんという力だ……ありがとう、ナイティス騎士爵。非礼をお詫びする」
「これはなんと素晴らしい活躍か。街の安全が守られたことも併せて、侯爵閣下に報告せねば!」
「あっ、では僕も! 失礼します!」
おじいさんは年齢を感じさせない素早い走りで街の中へ戻っていってしまう。慌てて青年もついていく。おじいさんは恐らく侯爵軍の重鎮なんだろうが、彼はどのような立場なのだろうか?
「わかってもらえたようで嬉しいです。こちらも、色々と作戦を立てる手間が省けたので助かりました。実の所、現地の人々に色々と配慮するのって疲れるので」
利権とか、メンツとか、どれほど厳しい状況にあっても己や周囲の利益を最大限守ろうとする人間はどこにもいる。ましてやそれが軍というどんな自治体においてもウェイトの大きな組織ならば尚更だ。なので今さっき、好き勝手に魔物退治ができたのはとても気楽でいいという話だ。
「<むっ? おい、パライバが!>」
「ん?」
「どうかされましたかな?」
「あ、いえ」
「<ああっ! 不味い!>」
「えっ? 何があった、今いく! 待ってろ!」
「あ、ちょっ」
突然、ドラゴン姉妹の焦燥した念話が届く。俺は、嫌な予感がしてすぐさま空に浮かび、街の周囲の様子を改めて伺う。
「!!! あれは! な、なんだ、あいつ!?」
遠くに見えたのは、先ほどまで全くその姿が見受けられなかった、異型の怪物であった。
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