第164話

 

「なんだあいつは? さっきまで全く気づかなかったぞ?」


「<わ、私もですっ。まるで虚空から急に現れたような>」


「んな馬鹿な。とにかく行ってみないと!」


「<早く来るのじゃ、パライバたちが危ない!>」


 そしてルビドラサファドラと共に、急いでその場所へ。そこは、先ほどアルテさんたちがこちらは任せろと言って向かった先だった。


「あ、ちょっと待って。おい、来るんだ!」


「むぐぐ!?」


 その前に浮遊する拘束具で空に浮かんだままの魔族の指揮官を引き寄せ、念のため連れて行く。万が一にも逃げ出したら困るからな。


「むぎぎ、はひゃはひゃい、ひぬううう」


「うるせえから黙って」


「ごふっ……」


 睡眠魔法を使い、引っ張るロープの先にあるものだからブラブラと揺れる魔族を眠らせる。たとえ魔族でも、高速で飛翔する勢いには多少の恐怖があるようだ。翼が生えている割にひ弱なやつだなあ。まあ自分で飛ぶのと、他人に引きずられるのとは感じ方も違うだろうし?


 と細かな作業はあったものの、すぐさま目的地へ到着する。


 そこでは、パライバくんとアルテさん、それにベルの三人が怪物と必死の戦闘を繰り広げていた。


「グオオオオオン!」


「くっっ、ベル様、ここは一旦引きましょう! このままでは私たちの身が持ちませんよ!?」


「そういうわけにはいかないわ、こんなとんでもないやつを逃してしまったら、街の人々にどれだけの犠牲が出てしまうか……! たとえ四肢が曲げようとも、できうる限り引き留めるのよ! せめて、せめて最低でもヴァンがこちらに気づくまでは」


「ベル! いますぐそこを退くんだ!」


「!!!!!! ヴァン、やっぱりきてくれた!

 あなたっていつも、憎い登場の仕方するんだからっもう♡♡♡♡♡」


「<ニンゲン、大丈夫なのか!? この魔物、只者じゃないぞっ>」


「大丈夫だパラくん、俺に任せておけって」


「だから『パラくん』って呼んでいいのはって痛ぁ!」


 鱗を搭乗者ベルにちぎられながら、青いドラゴンが慌てて退避する。俺はその空いたスペースに向けて、魔法を叩き込んでやる。


「グオッ!? グギャアア!」


 異形の魔物は甲高い叫び声を上げながら、魔法から逃げようとする。うん、効いているようだ。


「グウウウ……」


「なに!?」


「<そんなっ>」


「<ばかな!>」


 しかし、怪物の攻撃が当たった箇所が、その傷を埋めるようにボコボコと泡立つと、瞬く間に自己修復を始めたのだ。そして跡には元どおりの肉体が再生されていた。んな馬鹿なっ!


 だがこの現象は、以前見たことがある。


「ヴァン、さっきからこんなのなの! だから、いくら攻撃したって全然意味がなくて……私たちもこの場で抑えるのに必死だったのよ」


「どうなってやがるんだ? まるで、あいつ----スラミューイみたいじゃないか!」


「そうね。ということは、もしかしてまたよくわからない上位組織みたいな奴らが関わっているということかしら?」


「でも突然現れるなんて、一体なにが目的で? 最初から残党軍に加わっていたら良かったろうに、何か秘匿する理由でもあるのだろうか?」


「ヴァン、こいつは、あの三つ首の犬なのよ。アレが私たちが倒そうとした直前、いきなり激しく暴れ出して。そして瞬く間に、こんな姿になってしまったの」


「三つ首の犬? 確か、あのトロールが乗っていた犬だったよな? それがこんな姿に?」


 俺は、魔法を撃ち続けて攻略法を探るその的となっている相手を改めて観察する。


 全体的な見た目は二足歩行のドラゴンのようだ。三つの首が、胴体から生えており、それぞれよく見れば微妙に顔つきが違うのがわかる。

 手は四本指で鋭い爪が付いていて、背中からは、トンボのようないわゆる翅が三対六つ横長に伸びており、足は象のようにずんぐりむっくり。その先にある尻尾は、頭と同じ三本付いており先っちょがいわゆるカエシのように刺々している。


 まるで、どこかの怪獣映画に出てくるような見た目だ。全身はテカっている濃い紫色で、腹の部分だけが薄紫になっている。色彩としてはパラくんを紫に染めたような感じだ。


 そんなドラゴンもどきの元犬な怪物は、やはりどれだけ攻撃しても、すぐさま元通りになってしまう。これは、以前ナイティスの村で戦ったスラミューイと同じ特性と考えられる。ということは。


「ルビちゃん、イアちゃん、パライバくん、それにアルテさんにベル。みんなで、時間稼ぎをしてくれないか!」


「え? あ、そうか! 『浄化の光』を使うのね! わかったわ、任せて。皆もお願い!」


「<うむ、確かに以前戦ったあの気持ち悪いウネウネと似た存在ならば、こやつに効くかもしれんな!>」


「<試してみる価値はあると思います!>」


「何のことかはわかりませんが……畏まりました」


「<いちいち命令するな、でもベルさんのお願いだから特別に聞いてやる!>」


 三者……いや五者五様だが今回は異口同音に作戦を了承してくれる。というわけでそれぞれがすぐさま行動に移る。


 俺の浄化の光は通常はあるべきものをあるべき姿に戻すというか、魔の力に犯されたものを文字通り浄化することからそう名付けられている技だ。


 だが以前あのスラミューイという魔族に使ったときは、その肉体が浄化どころか崩壊してしまった。これはベルの使う『破魔の光』と同じ現象である。一体なにが違うのか、どういう原理で別パターンの反応を見せるのかいまいちわかっていないが(何せ今のところあの一戦でしか発生していない現象だからだ)、今この目の前の敵に使ってみる価値は十分にあるだろう。

 魔物だから、たとえ失敗したとしてもどのみち退治しなければならない相手なのだから。元の見た目は少し変な犬とはいえ、人類の敵。余計な情けをかけてやるつもりは一切ない。


「では私から! はあっ!」


 アルテさんが早速、魔法を使用する。光魔法の雷弾だ。文字通りの攻撃で、敵に電撃の球体をぶつけ、火傷や麻痺、感電などのダメージや状態異常を与えるものだ。


「グアッ!」


 だが、怪物はその雷弾を翼を動かして跳ね返してしまう。あの翼、動くのか!? ただ単に羽ばたくだけではなく、ゴムの様にしなってバットで球を打つ様に弾き飛ばしてしまったのだ。んなことありえるのかよ!


「<まだまだです! やあっ!>」


「<我もじゃ!>」


 今度は、ドラゴン姉妹がそれぞれブレスを吐く。怪物の顔と首筋、羽の部分を狙った攻撃だ。


「グアッ!?」


 今度は聞いたようで、激しく高音の炎に晒されたその顔が、爛れてしまっている。また、上半身の一部分も同じく火傷状態だ。


 しかし、これまたすぐさまブクブクと泡立ち始め、修復が始まる。


「<そうはさせない!>」


 と、そこにパラくんが突っ込む。上体から突進し、噛みつき攻撃をした後、追い討ちをかける様に炎を吐き出す。


「グガアアアアア!!」


 怪物は堪らず叫び声をあげ、三つある首をそれぞれバラバラの方向に振り回す。


「ここだっ!!」


 その隙に、俺は天を仰いだ状態の首筋目掛けて『浄化の光』をなぎ払う。輪切りにする様に何回か往復して切り刻んだ後、それぞれの首を縦に捌き切る。


「ガッ…………!!」


 果たして、目論見通り、全ての首が半ばほどで胴体から切り離されて、一瞬中に浮き、その後大きなおとをたて、地に落ちる。

 残された身体は、数秒間静止した後、ブルブルと痙攣し始めた。


「<ヴァンっ、コアを! コアを攻撃するのじゃ!>」


「あっそうか!」


 スラミューイのときもそうだったが、核を攻撃しないと完全には停止しない様なのだ。しかもこの怪物、様子が変だぞ? 前の時は攻撃した部位はそれ以降復活しなかったのだが、こいつはなんと他の攻撃を喰らった時と同じく、泡立てて負傷部位を修復しようとし始めているのだ。


「だが、核はどこにあるんだよ!」


 スラミューイの時は半透明の敵だったのでどこに書くらしきものがあるのかほとんど見えていた。しかしこの怪物は他の生物同様、体は皮膚で覆われており、しかも紫色をしていて全体的に暗く余計と探しにくい。というより全く探せない。


「<ああっ>」


「<なにをもたもたしておるのじゃ!>」


 動揺しているうちに、また首が生えてきてしまった。まるで竹の子だ。


「くそっ、やり直しだ!」


 厄介な相手だな、全く……!



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