第162話

 

「な、なにをするっ?!」


 大砲を構えていたトロール型の魔物は、その両肩に置いた筒ごと上半身が吹き飛び、血飛沫をあげながら下半身が犬の背を離れ地に落ちた。

 余波を喰らった三つ首の犬もギャウンッ! と鳴き声らしき悲鳴を上げ、続いて興奮したのか二股の尻尾を振り回し始めた。


「お、落ち着け、このっ!」


「ウギイッ!」


「キュイキュイ!」


 慌てて周りにいる魔物や魔族がそいつを抑えようとするが、寧ろ尻尾やら爪やらで被害は拡大の一途を辿るばかりだ。


「くっ、お前たち、なにを慌てふためいている、あそこだ! あの人間をさっさと攻撃しろ!」


 指揮官らしき、空を飛んでいる翼の生えた魔族は俺たちのことを指差し指示を出す。それに気がついた魔王軍残党のいくばくかが、慌てて今度はこちらに向かって接近してくる。


「………やっぱり違うわ」


「急にどうした、ベル・・?」


「「<!?!?>」」


「あの指揮官、首領と見られている魔族と違うのよ。ここにいるのは本隊じゃない可能性が高いわね」


「そうなのか、じゃあもう魔族は奥深く、中央の近くにまで進軍してしまっているかもしれないな」


「ええ、早く片付けて後を追わないと、少なくない数の敵が王都を襲ってしまう可能性がある。そうなれば、南にいる軍やパーティの仲間たちが合流するまえに王国が滅びてしまうわよ!」


「ああ、まずはとにかく魔物たちを倒して、侯爵と連携できればそうしてみんなで王都に応援に行かないと…………あれ?」


 おかしくね? 聴こえないはずの人の声が聴こえた気がするんだが? というか俺、普通に返事してしまっていたよな。


「ベベベベベル!? な、なんでここにいるんだよ、あれだけ念押ししただろう! 約束守らないつもりか?」


 横を向くと、案の定、いてはいけないはずの人が空に浮かんでイアちゃんの隣にパラくんごと並んでいた。


「お久しぶりでございます、ヴァン=ナイティス騎士爵様。その点について、私から説明させていただきます」


「あ、はあ……って、もしかしなくても、アルテさん?」


「はい。エイティア男爵家に仕えさせていただいておりますアルテでございますよ」


「これはどうも。いやいやそうじゃなくて、なんでこんなギャグみたいな展開になってるんですかっ!?」


 数年ぶりに見るかつての知り合いのお姉さんポジションだった女性は、パラくんの背中に、ベルを抱きしめるようにして座っていた。

 こちらを向き、主人に負けじと平然とした態度で自己紹介をする。


「<おい、なにがどうなっておるのかわからんが、無駄話は後回しじゃ! 今はとにかく……とりゃあ! この鬱陶しいハエ共を叩き潰してしまわねば!>」


「<ですです、敵さんもだんだんとこちらによってきてますよ! えいっ!>」


「プギイッ!」


「アリガトウゴザマシェアッッ」


 ドラゴン姉妹が、空を飛ぶ魔物を撃退しながら念話をしてくる。思わぬ登場に気を取られてしまったが、魔物たちは俺たちを排除しようと、犬のことを片付け終わったようでどんどんこちらに寄ってきている。


「ベルっ! とにかく一旦下がれ、くそっ、一気にきやがったぞ……!」


 彼女は残念ではあるが俺たちとこんな混戦の中共闘できる状態じゃないはずだ。ステータスが下がっただけではなく、怪我の影響だって残っているはず。だから安静療養を約束したのに。


「ううんっ、大丈夫! アルテ、頼んだわよ!」


「はい、お任せください。はあっ!」


「えっ?」


 ドラゴンの上に乗ったメイドさんは、いきなり掌に光の粒を集め始めた。そしてものの数秒で槍の形に具現化させたそれを、空に浮かぶ魔族の一体に向けて投げつける。


「ぐへへ、ニンゲン、殺してやる----ぐへぇ!?」


 槍はそのまま直線的に魔族の胸を貫き。そしてさらになんと、反転したまま上昇すると、今度は頭の上から足元にかけて落下し再び魔族を貫いた!


「ぐぎ、なん、だと……! この、俺、が……あああああ!」


 魔族は叫びつつ力を抜き、白目を向いて身体をだらんと弛緩させた後、一気に地に向かって落下する。そしてその落下地点にいた魔物たちを何体か巻き込みながら、嫌な音を立てて全く以降動かなくなった。


「い、今のは?」


「はい。細かい説明はまた後ほど行わさせたいただきますが、私は聖魔法を使えるようになりました。これは、そのうちの光魔法にあたります。一言で言えば、魔族を殺せます、ですので皆様はまずは魔物を優先的に攻撃なさってください。魔族には、聖魔法が有効ですからね」


「確かにその通りだが……ううん、わかった。イアちゃん、頼めるか?」


「<はい! お任せください!>」


「<ならば我は適当に暴れさせてもらうのじゃ! あのデカい犬とか、戦い甲斐がありそうじゃしの!>」


「あ、ちょっと!」


 ルビドラはそう言うと、そのまま地上に向かい滑空して行ってしまう。


「<もうお姉ちゃんったら、勝手なんだから! ヴァンさん、私たちも行きましょう、あそこにいる魔物が、どさくさに紛れて領都に侵入しようとしていますよ!>」


「お、本当だ、早く行かないとっ」


 サファドラが首で刺す先には、確かに彼女の言う通り障壁に攻撃を加え突き破ろうとする魔物の一団がいた。あれはまずいな、早く気づけてよかった、ナイスだ!


「何ゴチャゴチャいってんだ、ぁあ!? 俺様のことを怒らせて、無事に帰れると思うなよ雑魚共ガァ!! 逃すかよ!」


 先ほどアルテさんが倒したのとは別の魔族----ここに来たとき最初に見た、空に浮かんでいた指揮官らしき魔族----が再びこちらを指差し叫ぶ。先ほどまでぽかんとしていたが、我を取り戻したようだ。


 そして街に行こうとした俺に向かって、黒い塊を飛ばしてくる。魔族がよく使う攻撃だ。当たれば物理的な威力と同時に、その被弾箇所が瞬く間に壊死してしまうと言う嫌らしい攻撃である。硬い鎧もひん曲げたり穴を開けてしまうほどのもので、直撃したらただでは済まないこと間違いない。


「うるせえ、そっちこそ黙っていやがれ!」


 しかし、今の俺は『勇者でない勇者』。つまり超絶チート状態である。ということは?


「イアちゃん、ゴー」


「<はいっ、えいっ!>」


「おっ!?」


 ドラゴンの飛行能力で一気に敵に肉薄すると、そのまま風魔法を使用する。一瞬にして風の刃を作り出した俺は、その両手足をこれまた一瞬で切り落としてやる。


「ギャアアアッ!」


 四つの人間の肌では到底あり得ない色をした棒が胴体から切り離され、ダルマ状態の魔族が出来上がる。

 続いて今度は背中から生えたコウモリのような黒い翼を切り刻んだ。


「ぐえっ」


 痛みでロクに声も出ないのか、潰れたカエルのような音を鳴らし、浮力を失った魔族はそのまま落下しかける。が、俺はまたすぐさま魔法を発動し、何かに使えるかなと使っておいた水魔法と風魔法を複合した空中束縛の魔法を使用する。


「おおっ!? ぐ、に、にんげん、ひ、きょう、だぞ!?」


「何が卑怯だ、そっちこそ散々悪いこと酷いことをしてきただろう、余計なことを言わずに口を閉じておけ!」


 更に、土魔法を使って相手の口をいっぱい開いたくらいの石の塊を作り出し、そのまま口腔へ突っ込んでやる。


 これで、浮遊する水のロープで出来た束縛具で拘束された芋虫魔族の出来上がりだ。後で尋問にでも使えるだろう、暴れない限りは生かしておいてやる。ま、そうそう簡単にはこの拘束から抜け出せないんだけどね。それくらいの自信はある。


「あらあら、私の出番が一つ減ってしまったようです。ベル様、ならばあちらに向かいましょう」


「うん。パラくん、お願い。ヴァン、また後でね!」


「ああ!」


 そのまま俺たちから離れ飛び去っていく二人と一体を見送ると、すぐに街に向かって降下する。今度こそ!


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