神界大戦
第102話
ドルガ様に連れられて外に出ると、いつか見た神殿のような荘厳な部屋はその内装がほとんどボロボロになっており、中心から展開された障壁の内側だけが、元の状態を保てていた。勿論俺たちもその中にいる。
「マキナ卿! 大丈夫ですかっ!?」
「おう、帰ったか。まあな、見ての通りだいぶ荒れてしもうたが、『泉』は無事じゃ」
目の前におわす調律神マキナは近くで見ると人間の老人と変わらないような姿のお方だ。どこからあんな力が湧いてくるのだろうか?
そのマキナ様が指差す先には、盆に水を張ったような半透明の円盤が宙に浮いており、その水面には大陸のようなものが映し出されている。まさかこれが、俺が先ほどまでいた世界の地図なのか?
中心に丸い大陸があり、その周りを扇型の六つの大陸が取り囲んでいる。丸い大陸をよく見ると、さらにその全体をミニチュアにしたように、四つの扇型の陸地と、その中心には丸い陸地がある。
……あれ、中央大陸ってこんな形だったっけ?
だが、その思考もドルガ様の声によりすぐにかき消されてしまう。
「なんとかご無事なようで、何よりでした。私たちも話し合った結果、彼――ヴァンさんが協力してくださることとなりましたよ」
「ほうほう、お主がかの娘の相方というわけじゃな? ワシは調律神マキナ。十二神なる大層な役職を授かってはおるが、まあ長生きしただけの存在じゃから謙らんでも良いぞ」
「いえ、そういうわけには。先ほど地上からその戦いぶりを拝見させていただきましたが、強大な力をお持ちのようで。俺も微力ながら頑張らさせていただきますのでよろしくお願いします!」
「うむ、その心意気じゃ。ドルガ様、まずはどうする? ここはまだワシで抑えられるが、他のエリアでは既にカオスと他の神々との争いが勃発しておるぞ?」
老神はかっかっ、と笑った後すぐさま深刻な表情を浮かべる。
「そうですか、ならば彼らももう後には引けなくなっているようですね。ですが助太刀をしに行く前に、まずはこの世界の設定を変えておきましょう。ヴァンさんが戻った時に、浦島太郎状態になっていたら困りますものね?」
「そんなことできるんですか!?」
というかドルガ様、『浦島太郎』なんて知ってるんだ。グチワロスから聞いたのかな?
「ええ、世界の進む時間は、神々が調整できるんですよ。まあ、緊急の場合以外は普通変更しませんけどね。しかし今回は間違いなくその緊急にあたるでしょう」
と、女神が盆の縁を指で押すと、SF映画の宇宙船で使うようなホログラム的な半透明の板がビュンッと立ち上がった。
「先ほど言ったとおり、今は十倍になっています。これを十分の一にしてっと……よし、これでヴァンさんが向こうに戻っても、こちらで過ごした分の殆どはズレが生じることはないでしょう」
出てきた板をなれた手つきで操作し終わるとそう仰る。結構な幅があるんだな。でも神界にあるいろんな世界が、こんなコンソール一つでどうとでもなるというのはちょっと怖くもある。
「さて、ではカオスを落ち着かせましょう。でもその前に、その呪いを解いて、祝福を差し上げませんとね?」
「!!」
遂に、やってくるのだ。俺が、自らの力を十全に発揮できる時が。
「神の祝福には様々なものがあります。ですが、与えられるのは一人につき一人だけ。つまり、今持っているその『グチワロスからあたえられた神の祝福』の効果は消えてしまいます。それでも構いませんね?」
「そうなんですか? でも、もう既に一度死んでいますし……大丈夫だと思います」
「本当にいいんですね? グチワロスは黙っていたようですが、実はその祝福は、一度だけ生き返るなんてちゃちなものではありません。普通の人間と同じく、通常生き返ることのできない水差しであっても、器と同じように『何度でも復活できる』という大変有用な能力なのですよ? 改めて問いますが、私の祝福がなくとも呪いを解くだけで、百パーセントの力を出せます。私が今から与えようとしているのは、その力をさらに五倍にするもの。命の保証と引き換えにパワーアップを望むのか、という問いです」
「望みます」
「即答ですか」
「だって、そのためにここに来たんですよ? 確かに、俺が死んだらベルを一人にしてしまうことになります。ですが、彼女はそれでも待っていてくれると約束してくれましたし、それに俺もそもそもチートをしないと地球にいる人たちから怒られてしまいそうですしね」
と少しおちゃらけた風に言う。
「うふふ、そうですか、ヴァンさんはやはり面白いお方ですね」
ドルガ様は口元に手を携えクスクスと笑う。
「ふう、わかりました。その意気込みが無駄にならないよう、私もサポートさせていただきますね?」
「はい、よろしくお願いします!」
「では……」
ドルガ様は、ブツブツと何かを唱え始める。その言語はどこのものなのか、全く理解することはできない。
しかし、しばらくすると、俺の身体が淡い水色に発光し始め、黒と紫が混じったような色の粒子のような丸いツブが湧き出てきて次々と天へと立ち昇っていく。
「おお?」
それが収まると、俺は自らの力が高まるのを感じた。どうやら成功した様だ。
「どうじゃ?」
マキナ様が様子を確かめにくる。どうやらカオスの襲撃は一旦止んだようだ。だがまた攻撃するだろう、何せここは彼らにとっての重要拠点らしいからな。
「はい、まさかここまで己の強さを感じるとは。本当に、ベルに貸し与えていたんですね」
「現状、先ほどのお前さんよりも十倍の強さになっているはずじゃからの。だが、持て余して暴走するようなことはないようにな?」
「はい、気をつけます」
「次、行きますよ」
今度は女神の両掌がこちらに向けられ、そこからオーラのようなモヤが発せられる。それが俺の身体にぶつかると、くるくると渦を巻いて胸のあたりから体内へと入り込んできた。
「お、おおっ?」
すると先ほどよりも更に力が高まるのを感じる。
エネルギーが身体の奥底からどんどんと湧き出てくる感じだ。
「すごい、これがドルガ様の祝福……!」
「ふう……成功ですね。マキナ卿も仰ってましたが、力がついた分、今までと感覚が違うところもあると思います。勢い余って身体の制御ができずに自滅する、なんてことはないようにしてくださいね?」
「はい、気をつけます! ありがとうございますドルガ様!」
「これでお主は、その世界の中にいた時より五十倍ほど強くなっているはずじゃ。神々相手でも、二、三柱程度なら相手取ることができるじゃろう」
「そうなんですか?」
ならば俺の頑張り次第で早期の収束も出来そうだ。
「しかし油断は禁物。人間と同じように、神の中でも力の差は勿論ある。特にワシと同じ十二神の席を賜っているものは要注意じゃぞ? ワシがドルガに協力していたように、カオスに協力しているものもいるやもせん。組織自体の動きは監視できても、その裏までは完全に調べることは出来ていたかった故にな」
「わかりました、ご忠告ありがとうございます」
先ほどのマキナ様の魔法の出力を見る限り、今の俺では同じかそれ以上の相手となれば一人で戦うとなると苦戦するだろう。
周りの協力も得つつ、敵戦力の中心となるものは確実に潰して行かなければならない。
「では、そろそろ。マキナ卿、引き続きここの死守、よろしくお願いしますね」
「任せるが良い、歳を取ったとは消え、まだまだ若いもんには負ける気はせんからな!」
どうやら老神は幾ばくかの戦いを経て、テンションが上がっているようだ。
「そうですか、ならば私たちも尚更負けてはいられませんね?」
「ええ!」
こちらを向いたドルガ様と、互いに微笑み合う。
「それでは、私についてきてください」
「はい。って、どうやって?」
戦闘区域に行くにしても、俺は転移の魔法はまだ使えないんだが? 今創り出したとしても、いきなり使えるものじゃないし。
「こうやってですよ」
「うおっ!?」
だが、ドルガ様は俺の腕を取ってギュッと密着してきた。
「あ、あの!?」
突然の行動に驚き固まってしまう。な、何ですか!? 俺はいい匂いやら身体の柔らかさやらを感じドギマギする。
「しっかり捕まっていてくださいね!」
「え……うわああああああっ!?」
だが、その突然やってきた幸福も、また突然やってきた感覚により一瞬で霧散してしまう。
洗濯機に放り込まれたのかと思うほど目の前の景色が一瞬にしてぐるぐると高速回転する。
手を振り見送りをするマキナ様もボロボロに壊れた神殿も何もかもがごちゃ混ぜの絵具のように判別できなくなり、そのまま俺たちは転移した。
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