第103話

 

 私はヴァンに"いってらっしゃい"のキスをした後、ドルガ様によりグチワロス様の部屋へと届けられた。女神タクシーはそのまますぐにUターンだ。


「これはどうも、久しぶりだね」


「はい、お久しぶりです」


 目の前には、日本で人気のマスコットキャラ『ぐちっしぃ』をそのまま具現化させたような人物がいつものようにちゃぶ台の前に座布団を敷いて座り、湯飲みをすすっていた。


「転生したとき以来、ですね」


「だねえ。まあさっき映像越しに会ったわけだけどね」


 私は、ヴァンとは別のタイミングでこの神様と出会していた。異世界転生すること。そしてその行先であるドルガという世界を救って欲しいことを聞かされた。

 後、私がどうやって死んだかも。トラックが突っ込んできて、ハジメちゃんが私のことを庇おうとしたところまでは覚えていたけれど、やっぱりその後は死んでしまったみたい。


 その時は女子高生らしく(?)その凄惨な光景事故現場を目に入れただけで嘔吐してしまった。まあ今となっては死体を見ても少しの悲しみを覚えるだけで、戻しもせず平気で次の行動に移せるようになってしまったが。これって女子失格?


 グチワロス様とは地球の神であるが故に必要以上のことは喋らず、また他のことは全て女神ドルガドルゲリアスから聞くようにということだったので、その後は今この場で再開するまで、直接お話しする機会はなかった。


 ヴァンはドルガ様から色々と話を聞いた結果、この神様のことをあまりよく思ってはいないようだけど、私はそうではない。当時少し出会っただけではあったが、言葉に表しようのない違和感を覚えたのだ。


 それがなんだったのか、今ならばわかる。この人からは、何かとてつもない『秘密』を感じるのだ。態度や言動と真逆の身に宿っている力があるように見える。

 それは、もしかすると私が『器』だから。つまりは神に近い強さを持っているからかもしれない。強者は強者の力を見抜けるという。自分で『私は強いぜ!』と痛々しいことを言うつもりはないけど似たようなものだろうとは思う。


「でしたね。しばらくお世話になります、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げておく。


「うんうん、親しき仲にも礼儀ありだね。ところで、どうしてヴァンくんを送り出すことに賛同したんだい?」


「ええ、それは……グチワロス様のお言葉もありましたけど、やはり彼自身のその信念に心を動かされたからだと思います。勿論大怪我をしないか心配する気持ちもありますけど」


「で、こうして今は僕のところに来て、彼の活躍を祈りながらじっとしているんだね? 大怪我の心配だけで済むなんて、きっと彼は君にずいぶんと信用されているんだねえ」


「ええ、ヴァンならきっとやってくれる。あの時、確かにそう思えたのです」


 親しい人を死地に送り出すのは誰だって尻込みするものだ。二度と会えなくなる可能性が高いのだから。

 特に今回は、人間が神の争いに参加するという前代未聞といってもいいであろう危険な"賭け"である。普通の神経をしていたらとても容認できないと思う。


 でも、私は彼のその言葉を信じることにした。

『危険なことをしないことは約束できない。だけれどもまた私の許に帰ってくることは絶対に約束する』と。

 なので思ったのだ。ならば、命さえあればまた会えるではないかと。


 ヴァンは少し残念なところもあるけれど、でも結局は私から離れられないみたい。それは"ハジメちゃん"として初めて出会った時から一緒。更に今ならばわかる、それはきっとお互いに依存しているからなのだろう。向こうでもこっちでも、幼い時から行動を共にしていた。もはや家族みたいなものではあったけれど、一方でお互いに恋愛・性というものを意識していたのも事実。


 結局地球では恋人になることはなかったけれど、『ドルガ』では早くから恋人となることができた。

 まあそのせいで色々と騒ぎも起きたけれど(主にヴァンのせいでだが。)、だからこそ彼のことを理解できた面もあるし、ここぞという守るべき約束は守ってくれると、きっと私のもとに笑顔を携えて帰ってきてくれると信じていられるのだ。


「死ぬ心配は正直していません。私と約束してくれたのだから、きっと這ってでもその顔を見せてくれることでしょう。ただ、婚約者としては五体満足で帰ってきて欲しいと思うくらいは許されますよね?」


「はは、そうだね。沢山の世界の未来がかかっているというのに、イチャイチャ惚気を見せるとはなかなか肝が座っているようだ」


「ふふ、すみません。でもそういうグチワロス様こそ、よくご無事でしたね」


 今、この六畳一間からは戦闘の匂いなど微塵も感じられない。至って普通の民家の一室と言った雰囲気を保ったままだ。


「驚いたかい? これでも、そこそこ強い方なんだよ僕は」


「ええ、驚きました。まさか貴方が複数のカオスを倒せるほどの力を有しているとは……失礼でしょうが、その見た目からは全然想像がつかなかったもので」


 それに態度もいつもぼんやりした感じするし。

 しかし先ほども述べたように、私は実はその力を普段は隠しているだけなんじゃないかと疑っている。その理由まではわからないけれど、それこそドルガ様だけではなくて、調律神様。すなわち十二神をも超える力の持ち主なのではないかと。


 だが、今それを指摘したところで意味はない。ともかくまずは、ヴァンが戦いやすいようにここでじっとしておくのが先決だ。無意味な波風を立てる必要はない。


「あはは、まあねー。気にしないで、自分でもわかっているからさ。寧ろこっちの方が、僕の姿と全く同じものを使ってしまった人間に驚くばかりだよ」


「人は、昔から信仰の対象を求めていますから。それがどのような形であれ現れたということでしょう」


「それはおべっかかい? まあいいや、取り敢えず座りなよ」


 と、グチワロス様があるかどうかもわからない指を鳴らすと、ちょうどその反対側に座布団が一枚現れ、中空からストンと畳へ落ちる。


「はい、それじゃあ失礼します」


 向かい合わせになるようにちゃぶ台を挟んで座る。


「ふう。ところでベルちゃん、もうそろそろだね」


「え?」


 と、座った途端に身体が発光し、光の粒が私の中から次々に抜けていく。

 と同時に、一気に血を抜かれたような感覚が遅い、グラリと身体が傾いてしまう。


「こ、これ……はっ……?」


 喋るのも億劫なくらいの倦怠感が全身に襲いかかる。


「うん。ドルガさんが、彼女の呪い--つまりはヴァンくんを抑えていたパーツ水差しとしての束縛を解いたからだね。そのせいで、君に貸し与えられていたステータスが全て向こうに移ったのさ」


 そう説明しつつ、グチワロス様は再び指を鳴らし布団を出す。そのまま開いたスペースにポトリと落ち、続いて私の身体を魔法で浮かせてそこまで運んだ。


「なる、ほど……ヴァン、がんばってね」


 更に、身体の防衛機能が働いたのか眠気まで襲ってきたので

 目も開けていられなくなる。まぶたがどんどんと重くなり、景色が暗く塗りつぶされていく。


「あ、別に襲ったりしないから安心して眠ってね〜。僕の好きな人は、今も昔も、そしてこれからもドルガさん一人だからさ」


 と、神の人間臭いセリフに頭の中でクスリと笑いながら、私はついに意識を失った。

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