第248話
一週間後の平日初日、私たちはレクリエーションも終えいよいよ本格的に授業を受け始めます。この学園では朝のうちに実技、昼からは座学・室内実習と定義されており、今日の実技は各々が選択した例の選択授業となります。
そして私は、マリネと別れ……ミナスと共に弓の授業を行う射撃場に向かいます。そう、ミナスも私と同じく弓矢を選びました。マリネは一人違うのを選んでしまった事を少し残念がっていましたが、しかし選択授業は友達と一緒に受けたいからというノリで判断するような性質のものではありません。座学も実技も、どんな授業にも言える事でありますが、学園に入ったからには己のなせる最大限の努力をこなす、そうしなければ狭き門をくぐりここに入った意味は無くなってしまうのですから。
「ミナスは学園には少しは慣れました?」
「うーんまあまあかな。私は貴族じゃない上あまり外に顔を出す人間じゃないから実家が豪商と言ってもそこまで上流階級のコミュニティを知っているわけじゃないし。でもクラスメイトのは顔とプロフィールを覚えたかな」
「もうですか? 顔や名前はまだしも人物像まで全てとは」
「商人の子供はみんなそういう教育を受けるものなのよ。人脈が命、この一言につきるからね」
「なるほど、人と人とのやり取りで成り立っている職業でしょうからね、特技というならば納得です」
私たちが所属するAクラスの定員は四五名。その全ての生徒の顔と名前、そして経歴が一致するというのですから流石というものです。
「ですが一方の私は……もう少し頑張らないとですね……」
「…………そうね」
クラス内では既に学校特有の"グループ"に分かれ始めています。肩書を持ち出すのはご法度とされていますが、ですがやはり上の人間と下の人間が同じ立場で話をしにくいのは間違いありません。例え学園内では皆平等の精神であっても、卒業した後のことまで保証してくれるわけではありませんから。コミュニティにずけずけと入り込んでしまい不興を買うとなれば、本人たちが手を下さずとも親伝いに遠回しに嫌がらせをされてしまう事だってあり得るのです。
とは言いましても、私は自分で言うのもなんですが国内に限らず国外でも最上位の家柄、誰かの顔色を伺って生活していく必要はないのですが……この世界に来てからそうなりつつあるこの内気な性格が災いしたのでしょうか、今一他のグループには溶け込めていません。ですのでいつも、マリネやミナスと共に三人で仲良くしています。
「ーーそれにしてもエンデリシェはなかなか罪な女だね」
「えっ?! どういう意味でしょうか」
「どうって……まず、その外見!」
「は、はい?」
そんなこんなで射撃場につき服を着替えていますと、ミナスが突然、そんなことを言い始めました。さらには、同室のクラスメイト達からの視線も感じます。
「このたわわな実りはなんなのっ??? 体内でフルーツでも育てているの???」
「は、えっ? ミナス? ひゃっっっ」
いきなりの話についていけない私を放置して彼女がモミモミモミ、と唐突に私の胸を揉み始めたのです。
「さらにはこの、太ももっ。なんなの? 劣情を誘うのが趣味なのかしらっ?!」
「何を急に、んふっ、怒り出しているのですか、ひぅ、やめてくださいミナス」
スベスベスベ、と今度は手を下にずらし足の付け根付近を擦り始めます。
「そして極め付けは……この美貌っっっ! 女性ですら憧れてしまうような神をさえ思わせる整った眉、目、鼻、口、耳!!! どこをどう取っても完璧すぎるわよ!!!」
「「「「「そうだそうだ〜〜〜〜!!!」」」」」
太ももを触る反対の手で、頬を撫で付けてきます。しかも何故がミナスの演説(?)に女子達は皆賛同の声を上げるのです。い、一体何が起こっているのでしょうか!?
「あのねエンデリシェ、さっき貴女は自分が仲良くなれない事を自分のせいみたいに言っていたけれど、それだけじゃないのよ? いいえ、むしろ貴女自身よりも私たちの方が主原因なのよ。まあその原因を作っているさらに大きな原因がエンデリシェと言えなくもないのだけれど」
「あの、みなさん、いったい何を……?」
ジリジリ、と少しずつ近づいてくる生徒達。その姿はまるでゾンビ映画に出てくる感染者のようです。
「貴女ね、本当に完璧すぎるのよ」
「どういう意味でしょうか、というかそろそろ手を離してくださいっ」
バッ、とミナスから離れた私は、慌てて壁際に逃げます。しかしその行動が大悪手だと理解するはすぐのことでした。出入口は反対側、しかも周りをゾンビの群れに取り囲まれている。これは詰みですね。
「外見だけじゃない、家柄もそう、頭もいい、しかも人柄もヨシ! 貴女あまり自分のことを褒めないけれど、そういう態度も含めて! 全てが素晴らしすぎて尊いっっっ!!」
「「「「尊い!」」」」
「なのでエンデリシェ……いえ、エンデリシェ様。どうか一つ拝ませてください。ははぁぁ〜〜〜〜っっっっっ!!!」
「「「「ははぁぁ〜〜〜〜っっっっっ!!!」」」」
「えっ、あの、えっ!?」
にじり寄るかと思えば、今度はいきなり地面に手をつき土下座のように頭を下げる皆さん。これは一体何事なのでしょうか、理解が全く追いつきません……話の流れ的にはどうやら私のことを褒めてくださっているというのはわかるのですが、それがどうしてこうなるのでしょう? まさか私が知らないだけで実は定期的にクラスメイトを褒め称える学園のしきたりがあったとか……な訳ないですよね、ええ。
「と、とりあえず皆さん顔をあげて下さい、恥ずかしいですし申し訳ないです!」
「わかった」
私が懇願すると、全員が揃って音も立てずにスッとたちあがります。その顔つきは皆一様に神妙なものです。そう、まるで教会で神様を称える信者のような。
「ええと、それでこの状況はどう収めれば」
「うん、もう少し具体的に説明すると、さっき言った通り貴女が素晴らしすぎてみんな近寄りがたいんだって。だから偶然仲良くなれた私が代表して、貴女の置かれている立場を説明したわけ。理解できたかしら?」
「近寄りがたいという点がよくわかりませんが、ともかく皆さんが私と仲良くされたいというのは理解できます。なるほど、私が人見知りなだけだと思っていたのですが、何やら別の事情があったと。はい、でしたら私としましても、みなさんに仲良くしていただけると嬉しく思います。せっかく同じクラスになれたのですから、出来れば仲良く円満な生活が送りたいではありませんか? どうぞよろしくお願いします」
「だってさ」
「や、やった……!」
「あのエンデリシェ様が、私たちと仲良く!」
「なさりたいと!」
「仰った!」
「きゃっきゃっ♪」
なんか大袈裟な気もしますが……一応これで女子生徒の皆さんとはお友達になれたということでよろしいのですよね?
「で、では私から!」
「私も!」
「ちょっと、みんな落ち着きなさ……もうっ!!」
「あは、あははー……」
まさかの事実が判明したわけですが、ともかく友人が増えたことは今の私に取ってとてもありがたいことでした。
王城では(自業自得とはいえ)除け者にされ、学園に入ってからも避けられているのを見るとやはり嫌われ者なのだと思っていましたが。少なくとも、このクラスメイトの女子達からは悪く思われているわけではないようですしね?
周りから才色兼備と思われているのは恥ずかしいことではありますけれど、せっかく異世界に転生したのです、少しくらい得をしたって誰も怒りませんよね。私も一応は女性なのですから、人から容姿を褒められて悪い気はしません。
王城を含めた大人の世界は見た目だけでやっていけるような甘いところではありませんけれど、学生間であればそのような智謀を巡らす戦いはそうそう怒りうることではありません。それにまだみんな十歳なのですから、これからませていく時期でもありますしね。
というわけで私は、しばらく周りを取り囲む同窓生の相手をせざるを得なくなったのでした。おかげで授業に遅れそうになってしまいました……
ですが、私はこの時、ある生徒がすでにさっさと着替え終わりこの場にいなかったことには気がつかなかったのでした。
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