第144話

 

「こんにちは〜っと」


 旗艦の甲板には、人っ子一人見えやしない。普通ならば一番守るべき船だし、大きさもあるのでそれなりの数の船員がいて然るべきだと思うが?


 そもそも結構大きな音を立てて障壁を破壊したのに気づかないはずがない。現にほら、横で守りを固めている沈まずに残った中型護衛艦の甲板には、慌てた様子でこちらを指差す敵兵達が集まっているし。


 お! ナイス。ルビドラサファドラ姉妹が、敵を撹乱するように襲いかかった。あれは今度こそ海の底にサヨウナラかな……


「ええと、何処から入ればいいんだこれは?」


 二人に親指を立て、よそ見はこれくらいにしておいて。さっさと船内を探索しに行こうとするが、この船にはなんと出入口がどこにも見当たらないのだ。

 この旗艦、主力戦艦と仮に読んでいるが、船員はざっと八百人程度いるとされている。この船だけ、他の船のような『マストのない帆船』の形ではなく、現代的な戦艦だ。それも戦前みたいなゴテゴテしたものではなく新型イージス艦のように角ばった構造物が貼り付けられている。

 更に特徴的なのは、前甲板に三連砲塔が二門備え付けられていることだ。ここだけ戦前の戦艦のように段々になった甲板に上下に一門ずつ配置されている。


 そこからぐるりと建物を囲むようにカーブが続き、斜め下に下がっていく。その前の二段目と地続きの形となっている後甲板はだだっ広く空いており、他の船と同じように左右に大砲が備え付けられている。

 前後で違うパーツをくっつけた船のプラモみたいだ。


「うーん、とりあえず武装だけでも破壊しておくか?」


 と、まずは前方の三連砲塔を魔法で破壊。

 ここにも強固な障壁が別個に張られていたが、俺の魔法の前ではひとたまりもない。だが、誘爆しても困るので、炎の魔法ではなく風の魔法で砲身を削り取るだけにしておいた。

 ゴトン! と大きな音をたて、六本の筒が甲板に転がり落ちる。


 続いて後甲板の大砲を。こちらは砲門は各砲台一門ずつであるが、その長さは現代艦の単装砲くらいあり、ここも他の船とは一線を化す武装具合だ。

 ……まあ、これもちょちょいっと切り落として差し上げるんですけどね。


 ううーん、なんだか呆気ないというか、一応は敵の陣地のはずなのに、どうしても作業感が拭えないな。もっとこう強敵と大立ち回り! みたいなのを想像していたのだが。

 でも無駄な労力を割かないで済むというのは、それはそれで助かる。まだ周りは混乱しているとはいえ、敵の真っ只中なのだ。いつ何時やけになった敵兵がこの船になだれ込んで来ないとも限らないし、さっさと大将を捕らえてしまおう。


「ここでいいかな」


 後甲板最前部にある、中央構造物のお尻の辺りに炎で電動カッターのように扉を無理やり作り、四角い穴を開ける。

 バタンと鉄の塊が奥に倒れ込み、俺はいよいよ建物内に侵入した。


「うん? 真っ暗だな」


 中は、何故か暗闇に覆われており、明かりが全く灯っていない。とりあえず蝋燭がわりに火の球を作り出し、浮遊させる。




 っっっっ!!!!


「な、なんだこれは!?」




 ただ暗いのではない。壁一面が赤黒く染められていたのだ。


「血、なのか?」


 指で壁の一部分をなぞってみる。感触や臭いは明らかに生き物の血液だ。それによく見れば他にも、肉塊のような物が張り付いたり落ちていたり。

 さらに見れば、船の灯りにまで飛び立った赤黒い絵具・・が空間を暗くしているのだと気づく。一体これだけの量の血をどこから持ち出して来たのか。


 いや、実は気付いている。これは恐らくは船員の成れの果てなのだと。主力戦艦の乗組員は、何者かによって大虐殺を受けたのだと。


「……これは、一段と用心しないといけないだろうな」


 もし仮に数百人もの人間を、この中から逃さず、外に漏らさず殺してしまうような存在が中にいるのだとすれば、今の俺でも少々手こずるかもしれない。ただ殺すだけなら俺でもできるだろう。だがここまで凄惨な光景を作り出すには、それ相応のパワーが必要なはずだ。

 あるいは、なんらかの特殊な魔法を使ったのかもしれない。

 ポーソリアルのことだから、まだ見ぬ新兵器が暴走したとか、そんな可能性だってある。

 なんにせよ、司令官でなくても誰か一人でもを捕らえなくては何がどうなっているのか判明することはない。まあ、当然望み薄なのだが……


「ふう」


 手元に出した灯りを頼りに歩いていく。どこが司令室かわからないが、まずは最上階を目指そう。


「しっかし、改めてなんだこりゃ全く」


 己でも知らぬうちに恐怖を感じているのだろうか、思わずブツブツと独り言を漏らしてしまう。しかし声に出してみることは、頭の中での情報整理にも繋がる。まあ誰も聞いていないだろうしいいだろう。それにもし聞いていたとすれば、声を頼りに寄ってきてくれるかもしれないし。


「だれかー! いませんかー!」


 出来るだけ敵意を感じさせないよう大きな声で定期的に呼びかけてみる。が、グルグルと歩き回っているのに全く返事がない。やはり全滅したとみるのが良いか?




 グチュ……クチュ……ヌチャリ……




「ん?」


 今、何か聞こえたか?


 …………ヌリュ、ベチョンッ、ポタッポタッ……


「気のせいじゃない。まだどこかにだれかが居るんだ!」


 俺は、音が反響してくる先に向かって駆け足で向かう。なお、血塗れになるのでずっと空中浮遊状態だ。あとさっき滑って足を取られかけたし。


「誰か、いるんですか! 返事をしてください!」


 --ベチャ!! バンンッッ!!


「くそっ、どこだっ?」


 やたら複雑な構造のため、なかなかたどり着けない。

 が、壁か何かを大きく叩く音が聞こえ、方向がだいぶ絞られる。

 どうやら上の階から聞こえて来ているようだ。


「あっ、あそこ!」


 そして今少しすると、天井に穴が空いているのが見えた。

 炎で照らすと、えぐられたように上階の床が砕けているのがわかる。

 俺は浮遊したまま、穴を突き抜け相手を捜索する。


 すると…………




「あ! いたぞっ! …………は?」




 いよいよ、生存者となんとかご対面と思ったのだが……明らかに様子がおかしい。いや、これはどう見ても。


「魔物かっ!」


 すぐさま戦闘態勢をとる。


「グオオォ………」


 魔物は、ヌルヌルベチョベチョと気持ち悪い音を立て、腕から肩にかけてら生えた何本もの大小太ささまざまな触手を引きずりながらゆっくりとこちらに近づいてくる。

 だがそれ以外の部分は、顔も含めて二、三十代だろう麗しい女性の姿を保っていた。

 服は破れたのか着ていなく全裸を惜しげもなく披露し、なかなかの大きさの乳房や尻があらわになっている。その身体つきからは、軍人だろうことも予想できた。


「ど、どういうことだ? もしや魔族なのか?」


 しかし、魔族特有の悪い雰囲気や、人間を下に見ている雰囲気を感じない。これは紛れもない、ただの魔物だ。理性的な意志を感じない野生の生き物。

 しかし、腕はともかく、見た目の殆どは人間。もしや、船員に寄生しているのかもしれない。だとすれば、中にいる魔物本体を倒せばまだ助けられるか!

 過去にもそういう魔物と戦った経験がある。魔物の種類にもよるが、殆どの場合は俺の『浄化の光』によって寄生主を傷つけることなく打ち滅ぼすことができていた(ベルの場合は当然ながら主ごと破壊してしまっていた)。ならば!


「グオッ、グオオッ、キヨエエェェェェ!!!」


「っっ!!!」


 しかし、"女性"の様子が急変する。

 耳や口、鼻、目。果てはお尻の穴まで。あらゆる器官からイソギンチャクか榎茸のようにびっしりと赤黒く染まった細長い触手を生やし、そのまま高速でこちらに伸ばして来た!


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