第145話 ※マリネ視点

 

「お嬢様、いえ司令官殿。一体何をおっしゃっているので? そんな棄民政策のようなこと、共和国がするはずがありませんよ」


 女はしらばっくれるような態度でこちらの顔を見上げてくる。


「本当か? 何故そう言い切れる? もう一度言ってやろうか? 我が国が困窮しているのは紛れもない事実。人はいればいるだけ金も物も消費する。しかし、体の良い"出征志願"であれば、完全に合法的に国民を招集し、なおかつ中央地方の調査団に利用でき、捨て駒にすることができる。今回の遠征は、素晴らしい口実であったと褒める他ない。考えれば考えるほど、おかしなことが出てくるが、そのおかしなことを組み合わせれば、何もおかしくない。ソレに気がついてしまったのだっ」


「…………」


 今度は、俯きながら何事かを考える様子を見せる。


「では、もし仮にそれが本当だとして、司令官殿はどうなされるおつもりで?」


「ああ、そうだな。まずは停戦交渉に入る。まあ間違いなくこちらの不都合を勘繰られて強気に出られるだろうが、そこは交渉次第だ。いくらこの戦争の主目的が別のところにあろうと、国の利益を損失することはできまい。獲るものは獲るべきだろう」


「そして?」


「国に帰り、このことを告発する。共和国は民によって作られている民のための国なのだ。民のための政治を行わず、ただ強権的な国益強化を人命と引き換えに行うのはこの戦争の建前からも外れており極めて不適切。もちろん、私ともども大統領の立場も問われることになるだろう。しかし、それを承知の上でこんな作戦を立てているはず。まさか、責任は取らないが国民の命は自由に使わせてもらうなどと仰るつもりではないだろう」


「なるほど、ならばこの戦線の早期終結を望まれるわけですね」


「今すぐにでもそうしたいところだが、まずはこれ以上貴様に好き勝手な動きをさせないことが先決だ。その後、使者を送り停戦交渉に入る。もし同席させたら、こちらの意思に反してわざと敵を挑発するような要求をし、戦争継続に差し向けるかもしれないからな。はあ、どこから潜り込んで来たのか知らないが、やはりお前は怪しすぎる。一体誰のために動いているんだ?」


 大体この戦では参謀的立場としてこいつの言い分を殆ど聞いてやっていた。事実、言った通りの展開になったことが多かったし、あのバカみたいに強大な力を保有している少年ですらも、戦略によって一時的に封じ込め、支配地域を拡大できた。

 だが一方で、突然私の前から居なくなったり、かと思えばいつのまにかそばにいたりと不審な点があった。まあ、その隙を盗んで兵士たちに聞き取りを行えたのでラッキーではあったのだが。


 それに、国にいた時にも、大統領--お父様は、やけにこの女を信頼しているようだった。他の役職持ちを差し置いてだ。何か裏で取引をしているのか、単純に口が上手いだけなのか、この戦争の最高指揮官に私を推薦したのも女だと風の噂で聞く。


「はあ、それはもちろんポーソリアル共和国のためでございますが?」


 女は白々しく言う。だが本当にそうなのだろうか?

 もし今回の作戦が、この女が立てたものだとしたら……考えすぎかもしれないが、それは他国の利益を誘導するために意図的に共和国の弱体化を狙ったなんてこともあり得るかもしれない。


「済まないが拘束させてもらう、悪く思うなよ」


「残念です、お国のためにここまで頑張って来たと言いますのに……」


 そうして『魔導具』と呼ばれる、我らが開発した『魔導技術』により生み出された拘束具を使用する。因みに兵に支給している『ガン』と呼ばれる武器も魔導具だ。

 この縄は、万が一この部屋にあらかじめ備え付けられている、兵士が暴れた場合に素早く捕らえるためのもの。一度手首につけると、付けた人間かその人間が認証を与えた者の魔力を感知しなければ絶対に解くことができない優れものだ。

 また、相手の魔力も阻害する機能が付けられているため、無理矢理引きちぎるなども不可能。女はそれほど優れた魔法使いでは無いのでこれならば安心だろう。


「ふんっ、本当にそうかな? まあ、そちらの処遇についてはまた後ほど考えるとして。私は一旦高官たちに話を持ちかけてくる。一緒について来てくれるな?」


「……仰せのままに」


「おい、やけに冷静だな」


「そうでしょうか? これでも内心心臓がバクバクと鳴り響いていますよ?」


「どうだか」


 そうして縄を持ち出し、女に後手にさせる。背中に回った私がソレを結びつけようとした――――その時。




「まあ、嘘なんですけどね」




「!!!」


 そう呟いた俯き気味の女から邪悪な気配を感じ、すぐさま飛び退く。


「貴様っ、やはり!」


 幸い縄はつけられた。私は腰に備えるガンを抜き、構えて臨戦態勢をとる。


「フフフフ、そう慌てないでください、お嬢様。ここには私と貴方様しかおりません。それにここは機密上防音性能も高いのですから。意味は分かりますよね?」


「何をする気だ!」


 殺すしかないか……! ここで私と言う司令官を失えば、軍は混乱する。指揮系統はしっかりとしているとは云え、基本がトップダウンなのはどこの軍も同じ。最悪旗艦ごと敵のスパイかもしれないこの女を始末してしまう他ない!


「こう、ですよっ!!!」


「!!??」


 何かを投げて来たため、遠慮なしにガンを撃ち放す。


 しかし、ミートボールほどの大きさのソレは急に軌道を変え、弾を避けてしまう。女も予測していたのか、しゃがみ込んで回避した。


「なにっ」


 すぐさま数発を撃ち放すが、しかし私の目の前まで迫って来てしまったクリーム色のミートボールから、なんと気持ちが悪いほどの沢山の細い糸が生えた。


「ヒッ」


 クリーム色の球はさらに、その前方を覆うような大きな目玉を開く。

 パチパチと瞬きをすると、フワフワと空中に浮かんで目と目を合わせてくる。


「ま、魔物っ!」


 この女、魔族の手先なのか!? 敵国ですらなく、人間全体に仇為す立場だったとは。何故こんなやつをますます重役に据え置いたのだ!

 続けてガンを撃とうとした私だが。


「えっ」


 それを上回る速さで、無数の糸……いや、触手をウネウネと動かし、私の鼻に忍び込ませて来た!


「くはっ」


 そして続いて口、耳、と顔に付いている穴から次々と細長い触手が入り込んでくる。


「や、やめっ、きもち、わるっっっ、アヒッ?」


 耳から入ったしょくしゅはわたしのあたまのうみそクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュクチュ♡♡♡♡♡♡


「ら、らめっ、やっ、おほおっ♡」


 な、なにこれ、きもちよすぎっ!

 こ、こんなのしらない! はじめてっ♡


「ふふふ、ゆっくりとお楽しみください、お嬢様……」


 そ、そこ、おひりのあにゃひぐうっ! あっあっあっ♡


「これで、我らの作戦もまた一歩進む」


 どうやってかいつのまにか縄を解いた女は部屋を出ていく。


 が、私はそれに気づくことなく、ただひたすら触手による愛撫を堪能させられるのだった。


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