第146話

 

「うへえっ!?」


 き、気持ち悪っ! 寄生されてる人には悪いけど、完全にホラーじゃんこれ……

 と余計な感想を抱きつつ、ウネウネと出てくる触手を切り落とす。


「ギャアアアア」


 えっ、まさかこれ、痛覚があるのか?

 切り落とした先から血が出ているということはないが、それでも痛みを感じてはいるようで、女の身体をした魔物? は触手を剣で切り落とす度に叫び声を上げる。

 これ、大丈夫なのかな? 元に戻った時に、痛みのせいでショック死してましたとかないよね? ね? そもそも意識があるのかすら怪しいのではあるが。


「くっ、だが仕方がない。ごめん!」


「グガゲヒャアアアアッッッッ!」


 ざっくりとまとめて切り飛ばしてやると、敵は一際大きい叫びをあげる。つんざく声で耳が痛いくらいだ。

 その隙に床を蹴って後退し、『浄化の光』を出現させる。


「くらえ、これでどうだ!」


「キシエエエェェエ!」


 しかし、女もすぐさま立ち直り、その両腕を丸ごと変化させた一際大きな触手を突き刺してくる。


 お互いに特攻覚悟のアタックだ。

 そして光と触手がぶつかり――――





 ★






「ワ、ワタシ、ハ」


 む、胸が苦しいっ! 頭が痛いっ!

 まるで全身に猛毒が走っているかのようだ。


 気がつけば、髪長女はすでに居なくなっており、私の身体は一点を除き何の異常も無くなっていた。

 しかし、その一点が大問題だった。何故か、己の身体であるはずなのに、全く言うことを聞かないのだ。まるで、私の中にもう一つ脳があるような、別々に操作をしている感覚。


 端的に云えば、乗っ取られたのだ。


 その後は、自分の意思に全く反してガリア峡谷沖に待機していた全軍に勝手に進軍命令を出すわ、その進水中に急に身体が暴れ出して、船内の兵員味方を全員抹殺するなんて暴挙に出るわ。更には今こうして身体中から触手を生やし、どうやってか侵入して来た敵兵らしき少年に襲いかかるわ。

 あの女があの謎の生物を持ち出した時点で、完全に私のプランは崩壊したのだ。もはや、頭でぼんやりと思考するだけしかできない、身体を触手に自由に弄られるだけの存在となってしまった。ああそうだな、これを入れたら二点・・か……


 しかも厄介なことに……この触手は、出現するたびに、凄まじい快楽を与えてくるのだ。人を殺めていると言うのに、兵を殺そうと意思に反してあちこちからニョキニョキ出てくる触手が振るわれるたびに、脳がジュワジュワと快楽物質で満たされていく。こんな背徳的な状況に置かれ、私は自分で自分のことをイヤというほど呪った。


 でもどうしたってどうしようもない。客観的に自分の体を見つめている状況である今、ただ返ってくる反応を甘んじて受け入れるしかないのだ。いっそのこと意識がなかった方がまだマシだったろう。どうしてこんな辱めを受けなければならないのかっ。


 くそっ、あの女、本当にどこに行ったのだ!? 意識を取り戻した時に聞いた会話では、急用で支配したオカの駐屯地に向かった設定になっていたが。果たしてそれが本当かどうか? まあ少なくとも、この艦で今のところ一度もすれ違っていない。私の体を遠隔操作しているのだろうか? それともこの私の行動はあの球の形の魔物が意思を持って独自に為していることなのか。どちらにせよロクな状況でないことは確かだ。





 ……さて、そんな状況なわけだが、私の目の前には、一人の少年がいる。

 そう、ああ私たちを散々苦しめてくれた、強大な力を持つあの魔法剣士の少年だ。


 どこから入ってきたのか、この船は入り口を強固な認識阻害魔法迷彩で隠匿していたのに。それに万が一に備え、艦に施された魔法障壁よりも一段と硬質なソレを司令塔を覆うように設置してあったはずなのに!

 やはり、警戒に警戒を重ねておくべきであった。ただでさえ、あの輸送艦の魔導砲を防いだというのに、みすみす旗艦に侵入を許してしまうとは……!


 と、怒ったところでどうしようもない。何故ならば、これも私の意思に反してとは云え私の身体が成したことが要因だからだ。そう、本来この艦を守っていたはずの選りすぐりのエリートたちを含めみーんな触手で抹殺してしまったからだ。そりゃあ、警備がいないんだから"空き巣"し放題ってものだ。

 恐らく彼の目的は、私を殺すかもしくは捕縛することであろう。遊軍として指揮官を狙いにきたことくらいは想像にたやすい。これまでも、独立した行動を採っているのは確認済みだ。だから尚更要注意人物としてこの身体が乗っ取られる以前、口酸っぱく幹部たちに言い聞かせておいたはずなのだが。


 そもそも、この船だけじゃなく、周りの船にも優れた者たちは沢山乗艦しているはずだ。そいつらはどこに行った? まさか、今の私みたいなのが沢山現れて戦争どころじゃなくなったとか? でもそれならば、少年はここにはおらず外の事態を先に収集しに図るはずだ。この艦内だけであれば、言って仕舞えば被害に遭うのは敵兵だけだ。でも外であれば、敵味方なく被害にあうのは間違いない。やはり、敵の戦略や戦術に嵌められた考えるのが筋ではないだろうか?


「くっ、当たらないっ! ちょこまかと鬱陶しいヤツだ!」


「キヒェキヒェ、オボボボボンヌ!」


「くそっ、どうなってるんだ、急に動きが激しくなるだなんて……やはり浄化の光を恐れているのか? 見た目はアレなくせに、なかなか知性があるじゃないか」


「ボヒィッ!」


 少年は独り言が多い性格のようだ。でも私だって、訳のわからない叫び声をあげているな、うん。

 というか、股から触手出すのやめてっ、そんなビロビロさせないで! なんか誘っているみたいじゃないか! まだ処女なのだぞっ!

 少年がアブノーマルな性的嗜好の持ち主じゃなくてほんとう良かった。世の中には考えられないような趣味を持つ下衆が沢山いるからな。こんな姿であろうとも、触手違いはほぼ私の限界をとどめているのだから、若い女の裸を前にして興奮する者もいるだろう。


 ……私、やけに冷静になったなあ。最初のことは慌てふためいていたけれど、今となっては脳内実況まで行なっている始末。慣れって怖いな本当。ああお父様、ごめんなさい。貴方の娘はキエエエとかオボオオオとか叫ぶ子になってしまいました。


「これで、どうだっ!」


「キヒェッ!?」


 なっ! 素早い動きで腕から伸びる謎の光の柱を躱していた私だったが、少年はそれを読んでいたのだろう、敢えて地面に突っ込む形で股の下に潜り込んだ後、私の股間の間から頭にかけて、光を突き刺したのだ。


「オオオオオオオオオオオオ!?!?」


 え、ちょ、なに、これ、き、きもち、いっ……!


 最初に寄生された時とは全く違う、優しい、柔らかい快楽が脳を包み込む。

 ああ、まるで心に羽が生えたみたいだ。暖かい何かが血液のように身体中を流れていくのがわかる。いったい、何が起こっているのだろうか? でも今はどうでもいいや……


「オヒッ、ギヒョェッ、オホオオオゥ…………♡」


 …………ちょろろろろっ


「やった、のか?」


 ああっ、漏らしてしまった、恥ずかしいっ! ……てあれ、なんで? 身体がいうことを利く! 尿を漏らしたのを直に感じる!


「ア、カハッ、ウゴ、ク、ケ、ワタし、うごけっ! あああああああ!!!」


「うおっ!?」


「あああああああ!! っっっっっやった! やったぞ!」


「え、は、はい? あの、大丈夫ですかうおっと!?」


「やった! 元に戻った! ありがとう少年! すごいぞ君は! こんなの前代未聞、勲章モノの功績だ!」


「ええっと、ありがとうございます? あれ、なんで俺敵さんから褒められてるんだろう……」


 己でも訳がわからない気分の高揚だ。しかし、自分が自分の元に戻ってきたのがこんなに嬉しいとは思わなかった。私って案外感情の起伏が激しいのかな?


「ふう…………すまない、少し取り乱したようだな」


「少し? あ、いえなんでも、ハイ」


 五分くらいしただろうか、ようやっと落ち着いた私は、少年の身体を全身を使って思いっきり抱きしめてしたことに気が付き、冷静に努めて離れる。


「改めて礼を言おう、少年よ」


「はあ、どうも」


「私は、今回の戦争における最高司令官にして、ポーソリアル共和国大統領の娘。マリネ=ワイス=アンダネトだ」






 ★





 あの……助けた女性が、敵の大将だった件について。


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