第177話

 

「消えたとな!?」


 デンネルが立ち上がり、あたりを見渡す。だが女王陛下の声は全く聴こえてこず、姿形も当然どこにも見当たらない。

 ルビちゃん達も気配を探っているようだが、首を振る仕草をしているところから何も感じ取れなかったようだ。


「これは……ヴァンの魔法と似て非なるものじゃろうな」


「うん、確かにそんな感じがするね」


 ルビちゃんが何か感づいたようでそう呟く。妹の方もそれに同意するようだ。すると自然と皆の視線がホノカ様の方を向いた。


「ええと……すみません」


「ですよね。皆もわかってくれるかな?」


「商人としては喉から手が出るほどというのが正直なところですが。仕方ありませんよね」


「であるな」


「同じ妻のよしみということであとでちょろっとだけ……じょ、冗談よ」


「俺にもこの国にも色々と隠し事はありますから、当たり前ですよ」


「な、なんじゃ? みんな何を言っておるのかわからんぞ!」


 ルビちゃんはわかっていないようだが、妹がまあまあと落ち着かせる。本当、姉妹が逆転したような娘達なこった。


「簡単な話ですよ、ルビーさん。先程女王陛下は他国に教えられる技術ではない、秘匿しておきたい技を見せたということです。どのような意図からかは真のところは判断出来かねますが……大方、僕たちのような各国の、どころかこの世界の最重要人物と言ってもいい者たちに見せつける余裕を見せつけたといったところでしょうか?」


「えーと、そこら辺に関しても"あんまいえへん"、とゆうことでよろしゅうたのんます」


 ホノカ様はあえてだろう、冗談めかして方言を用いそう述べられた。


「ううむ? それは、嫁ぎ先の国にすら教えられんことなのかの?」


「お姉ちゃん当たり前じゃない。エンジ呪国はフォトス帝国の庇護下属国化には入るけれど、全てを差し出したわけではないのだから。もしそうだとすれば、わざわざこんな取引をする必要はないでしょ?」


「そういうものなのかのお」


「ホノカさんは、呪国の次期女王であったの。でも、それだけの立場の人物を差し出す代わりに、帝国による強大な支援を得た。帝国の方は、次期首領を好きに決められると言っても過言ではない影響力を呪国に対して保有することになるし。それは今まで東大陸に対してはあまり強い発言力を持たなかった帝国にとって大陸進出の大きな足がかりになるわ…………帝国が、腹の中で何を考えているのか気にはなりますけどね?」


 サファイアちゃんはエンシェントドラゴン族の一員であり、人間とは本来断絶した文化文明を持つ種族だ。なので、これだけズバリということができるのだ。エンドラ族はいざとなれば、この五大陸を余裕で滅ぼすだけの力を有しているだろうしね。


「何か物騒なことを考えていないかい? 帝国はそんな拡大路線を目的に婚約関係を結んだわけじゃないよ」


「そうですか」


 と、口ではいうものの、多分心の内では全く納得はしていないだろう。彼女は賢いが故に、時に疑り深い性格を見せる時もある。


「それに、帝国が呪国の技術を求めないのも、ほかに訳あってのことなんだ。流石に僕の方も、これ以上はみんなにベラベラ喋れないってことは理解して欲しいけど」


 普通ならば、属国化するということは、その国の持ちうる技術も含めて全てを差し出すのと同義だ。だが併合ではないという点が今回の取引のキモだろう。内政に関わる様々なリスクは当事国に押し付け、その統治国は遠くから上澄を汲み上げるだけでいいのだから、労力が掛からなくていい。

 だがジャステイズの言い振りからは、普通の属国化ではないと言うことがわかる。どちらかといえば庇護国・保護国化の意味合いに近いだろうか。


 帝国が何を考えているにせよ、今すぐに東大陸の地図を塗り替えていくような、悪く言えば戦を起こすレベルの過激な拡大政策をとる気がないのは確かだ。


「そうよね。ジャステイズは帝国の次期皇帝なんだもの。側室でいつも身近にいる私でも知らないことが沢山あるんだから、当然呪国との取引でも言えないことがたくさんあるのでしょうね」


 筆頭宮廷魔導師の娘であるエメディアにも知らされていない内部事情がある。そのことを敢えてこの場で言うことは、俺たちのことを信頼しているということの裏返しかつソレの示唆であろう。


 なんだか、女王陛下がここにいらしてから変な話の流れになってしまったな。どんどんと大きなコトの領域に立ち行っている気分になる。


「お母様の行動で皆様に混乱を与えてしまったことを申し訳なく思います。ですが決して悪いお方ではないので、その点だけご容赦を……」


「大丈夫ですよ、みんなわかっているはずです。ね?」


「おう」


「うむ」


「まあね」


「はい」


 謎な部分の多いエンジ呪国とその頭領。その一片でも垣間見る機会ができたことは、大きな収穫かもしれないと思った。




「私、どうすればいいのでしょう……さっきの話からつながりますが、まさか置いて行かれるとは思いもしませんでしたし。ここに来たもの、お母様に連れられて出したので。私はあのワザもまだ使えませんので、移動手段もないのです」


「えーと、それならヴァンに送ってもらうかな? それともドラゴンの旅でも?」


「空の旅なら任せるのじゃ!」


「ヴァンさんが一緒なら、私でも……いやむしろ私が----」


 等々雑談をしていると。


「----そういえば、皆様にはまだお仲間の方がいらっしゃるんでしたよね? 私、栄えある聖女代理に選ばれたミュリー=バリエンさんと勇者ベル様……ベルさんにお会いしとうございますが、城のどこかにいらっしゃるのでしょうか? それともお二人ともお仕事ですでに遠くに?」


 ホノカさん--様付けはやめてくれということなので皆で合わせることにした。当然向こうからもだ--がそう言い出す。


「ええと、ミュリーは今はまだ仕事ですが……実はベルは」




「私がどうかしたのかしら?」




「「「「!!!」」」」


 すると、そのうちの一人。ずっと引きこもっていたパーティリーダーが唐突に、部屋の奥の扉から姿を現した。


「あら、もしかして勇者ベル様でいらっしゃいますか?」


「そうだけど、あなたが、ジャステイズのお嫁さんなのね。私はベル=エイティア。今代の勇者だった者よ。魔王は倒されたから、過去形だけどね」


 ウィンクをし自己紹介をするベル。


「ベル、その…………もう大丈夫なのか?」


「え? なんのこと? 元気いっぱいよ、私は」


 ベルは本当に自然な笑顔でそう言う。皆でちょろっと視線を合わせアイコンタクトを取り、方針の一致を確認する。一部理解していない赤いドラゴンもいる気がするが放っておこう。


「そうか、それならいいんだ。ほら、おいでよ」


 俺は自分の横の空いている席をポンポンと手で叩いて示す。


「ヴァンのよこー」


 たたた、と早歩きで寄ってきた彼女はソファに座ると、俺の腕を使って頭を乗せてきた。


「おい、ちょ」


「いいじゃない。疲れた体にヴァン一本! 一家に一台よね〜」


「全く、何言ってるんだか……ああ、すみませんねホノカさん、お見苦しいところを」


「うふふ、いえいえ、お二人は仲睦まじいのですね」


「まあ婚約者なもんで」


「そうなんですか! おめでとうございます」


「ありがとう! そっちも、ジャステイズのことしっかりと尻に敷いておくのよ」


「おい、ベルっ! なんてことを言ってくれるんだ、そんな関係にはならないよ……ってホノカさん? なんで急に真面目な顔になるんですか? それにエメディアも」


「ねえ」


「ええ」


「ぇえ……」


「がっはっは! 実に愉快である!」


「ジャステイズもヴァンも、将来の姿が目に浮かぶようですね」


「くっ、ドルーヨ、独り身のくせに呑気な奴め……」


 そうして、後ほど戻ってきたミュリーも加えて、いつのまにか夜が明けるまで皆で語り合ったのだった。



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