第176話

 

「はじめまして皆様。エンジ呪国の女王ヒエイ=コカゲの長女、ホノカ=コカゲです。以後よろしゅう頼んます」


 そう挨拶した少女は、その美しい光沢を持つ黒色の触角ヘアを垂らしながら、丁寧にお辞儀をする。どことなく和の雰囲気を感じる仕草だ。


「そうやねん、今回ここに来さしてもろうたのは、この娘を皆さんに紹介するためなんですわぁ。ほら、あんたさんがたってお仲間なんでっしゃろ? 仲良ぅしてもらいとうて、せっかく中央大陸まで来たんやからここ王都に寄ろうおもたら、なんやけったいな事になってたもんやし。ちょろっと手を出さしてもらったわけですわぁ」


「お母様、そのようにお一人で喋られると、皆様が置いてけぼりになってしまいますよ。いつも申しているではありませんか、自分のペースに引き込もうとするのはやめてくださいと……」


「んん? そうかいな、すんません」


 とはいうものの、ヒエイ陛下は全く悪びれる様子は見せていない。逆に、それが当たり前であるかのように、空いていたジャステイズの右側にごく自然に腰掛ける。


「さて、皆さんなんの話をしてはったんですか? おもろい話なら混ぜてもらいたいわぁ」


 俺たちは一瞬顔を見合わせ、どう説明したものか考える。


「まあ、ただの雑談ですよ。ここのところ戦闘続きでしたからね。落ち着いて話す機会も余りなかったものですから。こうして城の一室をお借りして改めて親睦を深めていたというところでしょうか」


 すると、みかねたドルーヨが代表してそう答えた。


「なるほどなるほど、じゃあ挨拶に寄さしてもろたんは正解やったというわけやね。ほら、ホノカ、ここ座りぃ」


 女王陛下は納得という顔を浮かべた後、己の座っていたところから退き、娘を座らせようと誘導する。


「え、でも」


 娘の方は、しかし躊躇しているようだ。その微妙にチラチラとしている視線の先を追ってみると……エメディア?


「え? 私? な、なんでしょうか?」


 するとその視線を向けている相手も気がついたようで、ビクビクとしながらそう訊ねる。


「いえ、その…………」


 なるほどこれは……各々の夫人としての立場を気にしているのかな? 確かにエメディアもさっき王女様に対抗するような意地張りをしていたな。流石に聴こえてはいなかったと思うが、いきなりこうして密室で顔を突き合わしてもどんな態度で望めばいいのかお互いに困るだろう。


「んん? なんやホノカ、気にせんときぃや。あんたが正室、第一夫人で、このが第二夫人、側室なんは間違い無いんやから。そういう約束で嫁に出さしてもろたんやで? あんたもそれなりの振る舞いしてもらわんと困るわほんと」


「でも」


「でももだってもないで。これから一生一緒に過ごしていく仲間なんやから、はよう打ち解け合わな、気まずいんは二人だけやなくて皇子さんもなんやで。考えてみいや。自分の嫁さん達がいつまで経ってもギスギスしたままの夫の気持ちを」


 陛下は手に持つ扇子のようなアオギを娘にピシリと突きつける。


「それにあんさんもや。幼馴染なんか知らんけど、貴族の世界には貴族の世界の。国家間には国家間の取り決めや風習、求められる態度っていうものがあるんやで。ホノカは呪国の、あんさんは帝国の女性として二国間を橋渡しをする役目を求められているんやから。そのために、側室には一切口出しをしーひんっていう約束まで結んだんやから。きちんとそれ相応の働きをしてもらわな困りますえ?」


 今度はエメディアにも、容赦なく言い放つ。


「陛下、エメディアは」


「わこうてる。まだまだ覚悟も立場の自覚も出来てないってことくらいはな。でもな、時間というものは待ってくれへんのやで。いつまでも子供のままの、ジャステイズくんとエメディアちゃんではいられへんのやで? これからは、皇帝と皇后を支える裏方としての忙しい役目も求められる。そうなったら、親睦を深めるどころやあらへん。魑魅魍魎の伏魔殿で死ぬまで暮らすんや。だからこうしてわざわざ引きあわしたんやろ。結婚する直前にいきなりよろしゅう、なんて辛いってもんやあらへんで」


「お母様……」


「陛下……」


 二人とも、ヒエイ陛下の熱弁に心を打たれたのか、目頭を熱くする。母心、親心というものか、二人には辛い世界に立ち入るからこそ共に仲良く協力して欲しいという思いで語ったのだろう。


「ま、わっちが助けられる時は助けたる。これでも一国の主やからな、動かせるモンはそこそこあるで。でもまずは、二人が仲良ぅしてもらうのが一番やっていう話やね。あ〜恥ずかしいわぁ、年甲斐もなく語ってしもうて。きゃっ」


 陛下は己の両頬を手で挟み、まるで初恋を知った乙女が如くいやんいやんと顔を動かす。


「え、エメディア様」


「は、はいっ!!」


 ホノカ様はそんな母親から顔を逸らし、今度こそとしっかりと目を見据え己の"同業者"となる女性に声をかける。


「色々とご迷惑をおかけするとは思います。ですが、ともに手を取り合って三人で歩んで頂けませんでしょうか? お二人の仲に横入りするのは気が引けます。ですが、お母様の語られたこともまた事実。結婚が決まっている以上、いつまでも逃げることはできませんね。ですから、よろしくお願いしたいのですが……?」


「こ、こちらこそ。ホノカ様は、とても謙虚なお方なのですね。大国の正室になるのいうのに、こんな側室の私にも横柄な態度は全く見せられませんし」


「当たり前ですっ。私の方が、新参者なのですから」


 なるほど、話を聞いてわかったが、ホノカ様はエメディアとジャステイズの仲を引き裂くような、割って入るのをとても気にされているようだ。


「そんなことありません。ホノカ様がおっしゃった通り、三人四脚でゆっくりとでも歩んでいく。それが大切でしょう。僕も、二人が反発し合わず、手を取りあってくれることを望みます。当然、僕としてもそうなるように協力して行きますから。ですからほら」


 ジャステイズは立ち上がると、二人に向かってそれぞれに手を差し出す。


「あっ…………じゃ、じゃあ」


「うん」


 エメディアとホノカ様が顔を見合わせ、その手をいっせーのと握る。そして、二人同士もまた。


「いい光景やわぁ。ぐすん」


 ヒエイ陛下が、互いに手を握り合う三人の子供達・・・を見ながらいつの間にか取り出した手拭いで涙を拭う。


 ま、ちょっとシュールだけどこういうのもいいよね。




「ふう………んじゃ、そゆことで。わっち帰らせてもらいますわ。ホノカ、後よろしゅう」




「えっ? えっえっ?」


 陛下の立っていたところに、ポンッと一瞬藤紫色の煙が立ち上ると。次の瞬間には、そこにいたはずの女性の姿が、なくなってしまっていた。

 たった一枚、お札のような紙がひらひらと舞い落ちるが、それも地面に触れた瞬間に焼き尽きて、この部屋にヒエイ陛下がいた痕跡は無くなってしまったのだった。



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