第175話 ※後半エセ関西弁注意

 

「ベル?!」


「ぐっ、ごめん、ごめんねアルテ……!」


「ベ、ル、サマ……ハイジョ……アリガトウゴザ……シマス……ハイ……サヨ、ナラ……」


 胸を刺された天使--アルテさんの身体が、光を中心に崩壊していく。いつぞや見た『破魔の光』の効果そのままだ。

 俺の『浄化の光』は通用しなかったのに、ベルの攻撃は通用した……これは一体?




「テキ、ハ…………カミ…………オ、キ、ヲ、ツ……ガハッ!」




 今なんと? 神が敵だって? さっきベルも同じことを聞いた風なことを呟いていたが……


 そして最後に残った部位であるその顔面も粉々に崩れ去り、それっきり、アルテさんの姿は永遠にこの世から消え去ってしまった。


「…………はあっ、はあっ、はあっ」


 息を止めたようにぴったりと動きを止めていたベルが、数十秒してからようやく荒い呼吸をしだす。それに伴って、周りの人々に流れていた固まった空気が少しずつ溶け出した。


「ベルっ」


 俺は倒れ伏そうとするベルの身体を、大幅跳びか縮地が如く地を蹴って飛び出し急いで受け止める。だらんと弛緩させた彼女の身体は、俺に抱きつくこともせず、ただ重しのように全体重をこちらにかけてくるのみだ。

 さらに、その顔面は涙やら鼻水やらで汚れているが、それすらも全く無視をして無言静止状態だ。息はしているし、気を失っているわけでもなさそうだが……


「おい、大丈夫か? と言っても、大丈夫じゃないよな」


「…………うん」


 また数十秒ほどの間が空き、そう返答してくるベル。それっきり本当に黙りこくってしまい、時たま話しかけるものの。今度は俺の背にぎこちなく両腕を回して抱きつき、静かに鼻をすする音のみが聞こえてくる。


 その後、日が暮れるまで。俺たちに話しかけてくる者は誰もいなかった。








 場所は変わり、王城。

 一晩たってまた夕暮れ時、俺たちに与えられた勇者パーティ専用の客室にて、数日ぶりに同じ部屋の中にほとんどの顔ぶれが介する。

 ただ、その場にはやはりというか、肝心のベルの姿がないのだが。


「ふう、こちらは大方の折衝が終わりました。ファストリアの官僚は話が早くて助かりますね」


「僕の方も、あの人・・・にきちんとお礼を伝えておいたよ。将来の義母に少しでもいいイメージを持ってもらいたいからね」


「ジャステイズも大変ね、早速ご機嫌とりだなんて」


「エメディアこそ、そんな余裕な態度で大丈夫であるか? 今回は例の王女も同行していると聞くのだが?」


「うっ、そそそれは…………い、いいのよ! 私の方が幼馴染でジャステイズと過ごした時間はずっと長いんだから」


「なんだか姑みたいな……いえ、何もありませんよハハハ」


 客室内は今、ジャステイズと例の女王様の話で談笑中だ。

 ベルに加えミュリーも兵士の治療やら、聖女代理としての執務やらでこの場にはいないが。彼女ももう少しすれば落ち着くらしいし、人事にはなるが頑張ってほしいものだ。


「うむむ、まだ痛むのぅ……のじゃのじゃ!? そんなところ触るでない、サファイアよ!」


「ご、ごめんなさい、かさぶたができていたのでつい……」


「全く、困った妹じゃ!」


 姉の方が十分困ったちゃんな気もするが。


「それにしても、久しぶりにこんなにたくさん食べました。なんだかんだついてきてよかったですね。戦闘の経験もたくさん積めましたし、お爺様の訓練の成果も多少は出せたのではないでしょうか?」


「うむ、パライバももう少し怪我が浅ければ、この高級クッキーを分けてやったものを。まああの歳で命の危険を顧みず身体を張った点に関しては、その勇気を素直に称賛するべきじゃが」


「ですね。戦傷の蓄積が本人や私たちの思ったよりも多かったようで、今は安静が必須みたいですし。まあ、本人も名誉の負傷だと胸を張って答えていたので大丈夫でしょう」


「そろそろ我の弟分にしてやるのもいいかもしれんな。今後もなんだかんだと付き纏う気がしてならんし」


「本人が喜ぶかどうかは別ですけどね」


「それはどういう意味じゃ? 言ってみよ、ほら言ってみよ。それそれ」


「お、お姉ちゃんっ! 頬に肉を押し付けないでくださいっ。あああ、せっかく新調した服に油が…………」


 そしてもう一つ。パーティもドラゴンズもみんな、あのアルテさんとの戦いには全く触れようとしない。明らかにそれぞれが気を使っていることがわかるが、それに感づいているという空気すらも出さないようにしている。


 ――コンコン


「はい?」


 話をしている途中だが、扉がノックされたので、近くにいた俺が応対する。


「皆様、お客様がご挨拶をお望みでございます。中へお通ししてもよろしいでしょうか?」


「お客様?」




「むふ、わっちのかわい〜義息子はどこにおるんかいな?」




「「「!?」」」


 いつの間に入ってきたのだろうか、俺ですら気がつかないうちに、部屋の中に一人の女性がいたのだ。


「あっらまぁ! ここにおったんやねぇ! ご機嫌麗しゅう!」


「女王陛下! お、おやめください」


 ジャステイズが自分の目の前に現れ、わざとらしく辺りを見渡した後、そちらを見つめつつ抱きつこうとする女性を遠ざけようとする。


「なんや、器のちっちゃいおのこやなぁ? 義母の挨拶くらいええ笑顔浮かべて受け入れんかいな?」


「そういう問題ではありませんっ! 世間体もありますし、公序良俗にも反します。それに何より、僕とあの方はまだ正式に籍は入れておらず、独身の身。無用な行動によって要らぬ噂を立てるのは厳に慎まれるべきだと申しているのです」


「ふうん、結構考えてるんやな? そうかそうか、まあ安心したわ。わっちみたいな美少女に迫られてホイホイ絆されるおのこやったらあの子を嫁に出されへんからなあ」


「そうですか、お眼鏡に敵ったようで何よりですが」




 ジャステイズが笑顔を引きつらせながらも相手をしているのは、将来彼の義母になることが決定している女性。東大陸に古くから存在する小規模国家『エンジ呪国』の長であるヒエイ=コカゲ女王陛下だ。


 四十歳になるというヒエイ陛下は、着物紛いの民族衣装に身を包み、その見事なプロポーションをこれでもかと強調している。実際、ジャステイズの腕にうらやまけしからん二つの丸い物体が押しつけられている。

 ヒエイ陛下の娘であるホノカ殿下は、ジャステイズの正室となることが決まっているらしく、決まってからはジャステイズに対してしきりにこのような義母ムーヴを取るのだと。




 そしてこの女王が、昨日行われた対天使アルテ戦において、一つの功績を打ち立てたのだ。

 それは、あの王都と防壁を守るように二重にかけられた魔法障壁である。


 あの障壁は、この目の前にあるおっぱいおばさんが一人で、しかもほとんど一瞬にして展開したものだという。当然俺は実際にその魔法を使う場面を見てはいないのだが、複数の証言があることから誇張ではなく間違いないだろう。

 つまりこの人は、ただの国家元首というだけではなく、同時にかなりの魔法の使い手だということだ。


 遥か昔から呪国にのみ伝わるという、『印術』。その正に御家芸と言える技術を用い障壁を張ったようなのだが、果たしてどのような技なのだろうか? 異世界での新たな未知との出会いに、少しワクワクしているのが正直なところだ。機会があれば、見せてもらえはしないだろうか。もしかすると、俺も使えるようになるかもしれないし。


 俺自身は、呪国について殆ど知らない。ジャステイズは立場上それなりには知っているようだが、ぶっちゃけ彼の婚約話とかあまり話す機会なかったし、それにエメディアがいる前で他の女性との結婚話をするのも気が引けたというのもある。

 だから今こうして、義息子の第二夫人となるだろう少女がいるところに平気で乗り込んでくるそのメンタルにも驚いている。やはり女王だけあってキモは座っているのだろうな。

 話し方や態度からも、警戒しておいた方がいい人種の雰囲気を感じるし。なんというか、底が知れないというか、大きな謎を感じるというか……言葉でうまく言い表せないがそんなところだ。


「うふ♡」


「え?」


 今一瞬、こっち見た? 何故? まさか余計なことを考えていたのがばれたのか? いや本当にまさかな、そんな頭の中を読めるわけじゃあるまいし。


「こほん、それでどうしてこちらに? 何か御用でもお有りなのでしょうか?」


「ああそうそう。いやぁやから、ただの挨拶やいうてるやん、挨拶。ほら、はいってき〜」


 ヒエイ陛下が手招きをすると。


 本来この人が入ってくるべき場所であったはずの扉の向こうから、一人の少女が入室してきた。



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