第178話
「あ、もうこんな時間! すみません皆様、付き合わせてしまったようで」
カーテンから差し込む光を見て、ホノカさん--ホノカが言う。
「ぐごおおぉぉお……」
「かああぁぁああ……」
デンネルは途中で寝てしまい、ご覧のようにいびきをかいている。もう一人は……お察しだ。
「お姉ちゃん、起きて、起きて」
「かあああ……んむにゃ? くっきぃ……」
「クッキーならここにあるよ」
「むぐっ!? ボリボリ……かあああ」
「えっ」
妹がいたずらついでに皿に残ったクッキーを口に突っ込んで起こそうとするが、それを噛み砕いた姉の方は再び寝入ってしまう。寝ていてもなんと言う食い意地なのだ……
「すー、すー」
そしてベルもまた、寝てしまっている。きっと向こうの部屋で会話に加わろうとするまで、アルテさんのことも含めてここ最近起きた色んなことを寝ずにずっと悩んで考えていたのだろう。まだきちんと聞けてはいないが、こっちにきたということは、なんらかの進展があったということならば嬉しいが。またきちんとフォローしておかないとな。
「ふぁあ……あ、すみません私としたことが。魔力を使いすぎてしまったものですから、少し疲れていまして」
欠伸が出そうになって慌てて噛み殺したミュリーが謝る。
「いえ、寧ろこちらこそ長いこと付き合ってもらって。皆様お優しい方でよかったです、本当にありがとうございました」
ホノカも俺たちの意図に気がついているようだ。彼女をこの言ってみればアウェイの土地で一人別室に放置というのもなんだろうということで、自然と俺たちは言葉にはせずとも協調して話し相手をすることにしたのだ。そのことを察しているあたり、彼女も頭は悪くないようだ。
「僕もそろそろお暇させていただきましょうかね。まだ昼から細かな交渉の予定が入っていますので、仮眠しておきたくて」
「ああ、またな」
「お疲れ様」
「おやすみなさいませ」
「じゃーね、しっかり疲れをとるのよ?」
「ありがとうございました! 勇者パーティとしてだけではなく商人としてのいろいろなお話も聞けて楽しかったです」
「では失礼しますね、僕も貴重な機会を設けていただけて感謝していますよ。ホノカさん、またお会いできる日を楽しみにしています」
「はいっ」
ドルーヨが恭しく礼をとって退室する。彼も商会長として仕事が山積みなようだが、俺たちと一緒にしてくれるあたり優しい奴だ。もしかしてこれも商売のきっかけにするつもりなのかもしれないが、それくらいは役得というものだろう。
先ほどまでの話の中にも出ていたが、エンジ呪国にはドルーヨの持つイエン商会の流通網がほとんど無いらしい。というか普段から他国との取引もほとんどせず、ヒエイ女王陛下が個別に定めた商人を介してしか取引できないのだとか。
魔王軍が攻めてきてからは、呪国はその国土全域を覆うように巨大な障壁を張り巡らして、魔物や魔族ごとモノの出入りを全て遮断してしまった。その流れからジャステイズとホノカの婚約話が浮き上がったらしい。何故そんな極端な防衛策を取ったのかは定かでは無いが、これからは少しずつでも他国との交流をしていくという意思表示なのだろうか?
「ねえねえ、ホノカ」
「はい?」
ドルーヨが出ていくのを見て、エメディアがジャステイズを挟んで座る"夫人仲間"に声をかける。
「せっかくだし、私たちも少し仮眠しない?」
「え? で、でも、馬車も用意してもらっているんですよね?」
確かに既に王宮に話を通して、ホノカを母国に送り返すために陸路の馬車、それと海路の船も王国負担で用意してもらっているが。
「大丈夫よ。ね?」
「え? ああ、そういうことか」
「どういうことなのでしょうか?」
「大丈夫、俺が送っていくよ」
「はい?」
ホノカは今一理解できていないようで首を傾げる。その前髪をおかっぱ触角にした、きめ細やかな髪質が特徴のストレートの黒髪がさらりと揺れた。
「俺の転移魔法で送っていくってことだよ」
「転移魔法、ですか」
「知らないのか。てっきりその手の情報は既に伝え聞いているものだと」
俺の転移魔法は、別に隠しているわけでは無い。というかそもそも既に色んなところで実際に見せてしまっているし、ベルという前例のおかげで軍事的な抑止力が働くこともわかっている。いつでもどこでも瞬時に飛んでいけるという能力は、特に為政者にとってとてつもない恐怖になるものだ。二十四時間どこにいようとも寝首をかかれる可能性があるのだから。
なので別に軍事機密だとかそういうこともない。俺という存在が既に"やばい"やつだということは少しずつではあるがこの五大陸に広まってきている。特に、ここ中央大陸から南大陸にかけての対ポーソリアル戦役(巷ではそう呼ばれつつある)においては、多数の国家の前で転移魔法を使っていた。
なのでこれからはさらに加速度的に俺の強さや使える魔法についての情報が広まっていくことだろう。当然王国も、彼らが見た以上のことは聞かれても話さないようにしているし、その点が憶測を生み魔法の性能に尾鰭がつく利点も発生している。
そもそも、情報というものは必ずしも隠し通せるものではない。どんな方法を使うかはその時々によるが、各国間での情報戦により機密が漏れ出すこともある。だからなおさら、呪国の秘密がずっと隠し倒されてきたことは謎が謎を呼ぶ状況であるのだ。
決して大国ではない独自の文化や技術、政治体系を育んできた一国家に対しての注目は今後俺に対してと同じくらい集まることになるだろうな。
「はい、お母様達からは何も。それはどのようなもので?」
「まあ一言で言えば、行ったことのある場所に飛べる魔法だ。大まかな指定でも大丈夫なんだよ。だから、東大陸にあるバリエン王国に飛んで、そこから陸路で貴国に向かえばいいって話」
「バリエン王国ですか。確か、ミュリーさんの」
「ええ。なんでしたら、私もついて行きますよ? 王国に話を通せば、馬車など貸し出しを頼めるでしょうし。もし滞在したいと仰るのでしたら、寝床も用意させますよ?」
そして当然、その分の恩も呪国に着せることができる。聖女代理を動かすという大きな仕事をするのだから、直接求めるかどうかは別として、それ相応の見返りを貰える状況を生み出すということ自体に意義があるからな。
「そうですね。ではせっかくですし、まずはここでエメディアと数時間だけ寝床を共にしましょう」
「やったー、うふふ、今朝は寝かさないわよ?」
「エメディア、それじゃあ意味がないじゃないか。きちんと寝るんだ、いいね?」
「冗談よ、わかっているから。あ、なんならジャステイズも一緒にどう?」
「!?」
エメディアの冗談に、指名された本人だけではなく、ホノカやミュリー達も反応する。特に女性陣(俺以外は全員そうだが……だってデンネルは未だ寝ているし)は、一気に顔を赤くさせてしまう。
「な、なにをいってるんだっ、だめに決まっているだろう! まだきちんと話しをするようになってから幾日も経っていないんだぞ?」
「ででででですよ! そ、そんな同衾だなんて」
「え? そこまで言っていないけど……ホノカって実は」
「はわわわわわ!? 違います、違います〜〜〜!」
エメディアの笑い声と、その他大勢の慌てたり怒ったりする様子をよそにいつまでも寝ている二人がある意味羨ましく思えた。
★ルビーの夢の中★
「ふんふーん」
今日はとても良い日じゃ! 空は晴れておるし、しかも天から時たまクッキーが降ってくるのじゃ! この地域にはこんな気候もあるのじゃのぅ。
「む? なんじゃこれは?」
そうして歩いておると、道端に一つの家が。
その家はなんと、全体がクッキーでできていたのじゃ!
クッキーのドアにクッキーの円筒。屋根に窓に柱。少し飾ってみたが、外観全てが思った通り食べられるのじゃ! これはすごいぞ? 一生おやつに困らんではないか!
「むふふ、お邪魔するのじゃ!」
扉をかじり穴を開け中を確認すると、ちょうど誰もいないみたいで。我は堂々と中に入る。
「ほぅ、あれもこれもそれも、クッキーなんじゃな」
机に椅子、ベッド。果ては食器に灯りまで。全てが外装と同じく宝の山じゃった。
「うむ、決めた! 今日からここを拠点とする! 急いでサファイアやヴァンのやつに知らせなければ!」
もしかすると、我と同じ考えのものがあらわれるやも知れん。この家はもうこのルビードラゴンの者、他の誰にも私はせんぞ?
「む?」
じゃが、椅子から立ち上がり入り口に向かおうとすると。先ほど開けた穴から誰かがこちらにやってくるのが見えた。
「しまった、既に住民がいたのかの? しかしこの我の手にかかれば、一瞬に消炭にしてやるわい!」
とは思ったが、ひとまず物陰に隠れる。ま、万が一があるやもじゃからな!
「ほーら、ただいまビス〜」
「ただいまケット!」
「きゃっきゃっ! ビスビス!」
「こーら二人とも、パパの足が欠けてしまってますよ、もう」
む!? なんじゃと!?
扉を開けて中に入ってきたのは----
「なんでビスケットなんじゃ!!!」
この後
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