第179話
結局、エメディアとホノカ。デンネルとジャステイズ。俺とベル。そしてミュリーとルビサファ姉妹という組み合わせで少しだけ仮眠を摂ることになった。
俺は婚約者の勇者様と共に客室に併設されたうちの一部屋に入る。何度か使用しているが、俺が国軍指導官の時に使っていた家具よりも明らかに数段豪華であり、今一度
「ふう……」
「ベル、早く寝よう。まだまだやる仕事がたくさんあるし、今はまだ混乱が一時収束しているけれど。これからさらに王国内の、対魔王軍残党のせいで変に沸き立った空気が収まればそうなる程、今度は復興支援等の話でドタバタすることになるだろう。俺たちも当然、色んなところに駆り出されるだろうし、精神的政治的な支柱としてこれまでよりもより利用される度合いは強くなっていくしな」
まあイの一番にホノカを母国に送り届けるという任務があるが。
「そうね。幸い、魔物や魔族はほぼ全て倒してしまったようだし。勿論、軍団から逸れた奴らやその地に残って相変わらず蛮行を繰り広げていた奴らはまだいるから、完全にってわけじゃないみたいだけど」
「ああ。そこは王国軍や援助を申し出ている他国の兵が刈り取ることになっていると聞いた。グアードが生き残ってくれたのは大きかったな」
まるで波のように押し寄せた魔物達であったが。戦力を集中させたあまり、俺たちによる反撃の猛攻でその勢力のほぼ全てを失ってしまったのだ。さらには、指揮官と思わしき魔族も、俺が捕らえた後に脱走しかけたものの。アルテさんの魔法によって完全に打ち滅ぼされてしまった。
つまり魔の勢力は、名実ともにただの残党、敗残兵となったわけだ。あとはプロにお任せして、せっせと某ゲームが如く狩りをしてもらうだけだ。
――――だが、ここで一つ、俺たちは大誤算をしてしまうこととなる。徹底的な討伐を行わず中途半端な対処になってしまった結果、魔物達はファンタジーなノベルではお約束の組織が出来上がるほどのこびりついたカビのような存在になってしまったのだ。
その問題が浮き上がってくるのは少々先の話になる。が、未来の俺は後悔先に立たずとはよく言ったものだと思うのだった。
「ええ。でも、幾らかの将校は犠牲になってしまったのでしょう? 後任の人事も紛糾するでしょうね」
「間違い無いな。今の軍務のパワーバランスは、グアードの派閥が主流。次いであのヤラカシの天才だった参謀長のジャムズ、そのさらに後ろに大将のブテーだな」
勢力の割合は8:1.5:0.5という感じだ。他の勢力は旧魔王軍との戦闘で瓦解してしまいそれぞれに吸収されてしまっている。
俺個人から見れば、グアード派が親ヴァン、ジャムズ派が反ヴァン、ブテー派が中立となる。
なおこれはいわゆる近衛騎士、つまりはバロメフェイス達に置き換えると真逆になる。バロメフェイスら親ヴァン派は二割、反ヴァン派は八割だ。こちらはキッパリと分かれており、好き嫌いが分かり易い。
別に俺一人の評価で国をどうこう動かそうという気は全くないが、自分がどれくらいの評価を得ているのか知っておくくらいは良いだろう?
因みにベルはこいつらを含めた王国民の全てと言って良いほどの支持を得ている。人望の違いに泣きたいくらいだ。一部ひねくれ者やアウトローな者たちからは疎まれているようだが、まあそこはある種の有名税でもあるだろう。
「そのうちのジャムズは死亡、ブテーも半身不随。唯一グアードさんだけが無事なのよね」
「これは逆に危険なんだよな。反俺という点だけじゃなく、もともと両派閥とも元帥としてのグアードを嫌っていた。ブテーの派閥も表向きは中立を装っているが、何を考えているのかわからない怖さがあった。そいつら計二割の兵士が宙ぶらりんになるわけだから、後ろ盾や統率者のいなくなった派閥がどんな暴走をするかわかったものじゃないよ」
「今のところはグアードさんの手腕に任せるしかない訳ね」
「それか、レオナルド陛下か。もしかすると、新たな人物が台頭してまとめ上げる可能性もあるけど。それも今すぐにってことはならないだろう。よっぽど人心掌握に優れていないと、この混乱の最中に異なる思想を持つ軍人を一つに固めるなんて殆ど無理だろう」
「グアードさんも、その方が助かるんじゃない? 自分の仲間の中に、自分を嫌っていながらニコニコしている人がいるのよ? 恐ろしいったらありゃしないでしょう」
「そうだな。寝首をかかれる可能性も大いにあるし」
比喩だけでなく、物理的にも。
「今ここで考えてもしょうがないし。昼からバンバン働いて、少しでも王国内を安定させるのが、奴の助けにもなるだろう」
「ええ。ところで」
「うん?」
ベルは今ほどまで俺と向かい合って座っていた備え付けの椅子から立ち上がり、ベッドへと場所を移して腰掛ける。
「聞かなくて良いの……?」
「な、なにが?」
「アルテの、こと」
「…………聞いて良いのか?」
「むしろみんなずっと気を使っていたでしょう? ありがたかったけど、逆に居心地が悪くもあったわ。きっと、私の中でみんなに申し訳ない気持ちもあるからだと思う」
「なんでベルが謝る必要があるんだ。あの時何故"光"を刺したのか確かに聞こうとはしなかったが。みんな、君が何か悪いことをしただなんて微塵も思っていないぞ」
「それは、私もわかっているの。その上でって話よ」
「はあ」
「実はね、あのあと、アルテと話をしていたの」
「え?」
「細かい話をすると長くなるから、手短に話すけど。彼女の精神体というか、魂というか。ともかく、天に連れて行かれる前の状態のアルテと話をしていたのよ。ちょうどここでね」
ううむ? 部屋にこもっていた時、そんなことをしていたというのか。霊と話をするなんて、そんなことあるんだろうか。だがしかし、これだけファンタジックな世界なのだ。俺が普段気にしていないだけで、その手の存在も実はそこらへんに普通に存在しているのかもしれない。
「それで、大体はどんな話をしたんだ?」
「一言で言えば、今までの感謝の気持ちを伝えられたり、逆に私からの想いを伝えたり。他にも、私と逸れていた間の武勇伝とかもねっ。でもごめんだけど、今は自分の中で噛み締めているところだから細かいところまでは話せないし話したくないわ」
「うん、わかった。それでいいよ。ベルの中できちんと整理がついた時に、また詳しく話してくれたら嬉しいかな」
「当然、ヴァンには話すわ。私の生涯のパートナーなんだし、アルテとももう知らない中じゃ無くなっていたでしょ? それにきっと、整理ができた時に私はソレをぶちまける相手を欲するはずだから。長くなっても逃げないでよね」
「大丈夫だ。どーんとこい」
俺は拳を握り胸を叩いて見せる。
「うふふ、ありがとう。あ、でも、アルテがなんであんな姿になったのか。それも聞いているから、そっちは先に話した方がいいわよね? でも、今は取り敢えず寝ましょう。ホノカちゃんを送り出した後にでも、時間取れる?」
「わかった」
きっと複雑な事象があるのだろうことはわかる。何せ、死んだはずの人間が生き返って目の前に戻ってきて、なおかつ聖魔法のエキスパートにまでなっていたのだから。
あの人も俺の受けた感じでは相当魔法を使い慣れていた。つまり覚えたてではなく、ある程度時間が経っていたという訳だ。結局出会ってから数週間足らずでお別れする残念な形とはなってしまったが、でもベルの人生にとってとても大きな出来事であったのは間違いないだろう。
後は、彼女自身の心の問題。俺が外からアレコレ言うのではなく、本人のいう通り己の中で決着をつけるべき問題だろう。でも様子を見る限り、少しずつではあるが落ち着きを取り戻しているようにも見える。それだけは、安心材料だな。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
とても久しぶりに感じる。同じベッドで横になり、ゆっくりとキスをした俺たちは、しばしの眠りにつくのだった。
「ヴァンさん、よろしゅうお願いします」
「ああ、ばっちこい!」
「ばっちこい?」
「なんでないです」
昼間。幾人かの兵士に見守られながら、ホノカを送り届ける時間になる。彼女は今日も美しく輝く髪の毛を垂れ下げ、綺麗にお辞儀をした。
「もうヴァンったら、やけに元気いいのね? そんなに美人さんとひっつけるのが嬉しいの?」
「そ、そんなことないよ。俺はベルだけしか見ないって決めたんだから。それにジャステイズの婚約者で将来の皇后陛下なんだぞ? 畏れ多いよ」
転移する時はなにかしらで接触している必要があるからな。別に手を繋いでいるのには大きな意味はないぞ? だからベル、爪を立てるのはやめてくれ。チートステータスの俺でも痛いものは痛いんだ。勇者ならわかるだろういててててスミマセン……
「ほんとかなぉ……」
ホントです。だからさりげなく観察外そうとしないでください、集中力途切れて転移できなくなるから!! 嘘だけど。
「気をつけてね」
「はい、ありがとうございます!」
「僕も時間ができたら、呪国に行ってみたいと思います。その時はよろしく」
「こちらこそ、未来の旦那様に故郷を案内させたいただきますね!」
ジャステイズとはそれなりに打ち解け。エメディアとは言わずもがな。ガールズトークに花を咲かせたに違いない。
「我も落ち着いたら修行のたびに出たいであるな」
「(ミュリーさんのそばにいられなくなるかもしれませんがいいんですか?)」
「(そ、それは困るのである……)」
少しだけと忙しい中で顔を見せたドルーヨが、デンネルに何やら話しかけているが。大体の内容が察せられるあたり、デンネルもコト
「では、転移するぞ。しっかり捕まっていろよな」
「お元気で!」
「はい、ベルさんも!」
「ばいばいなのじゃ!」
「さようなら!」
短い時間ではあったが、皆新しい仲間との暫しの別れを噛み締めている。
「よーし、ごー!」
そうして、目の前の景色が一瞬で移り変わる。
「ようきたなぁ、あんさんたち」
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