第180話

 

「ど、どうしてここにっ」


「女王陛下!?」


「お母様!」


 転移先。ミュリーの母国であるバリエン王国の王都バリルエ。かつて俺が運び込まれた治療院がある街の入り口付近には、何故か昨夜出会ってそのままどこかに消え去ってしまったあの女王陛下がいたのだ。


「そんな顔せんでもええんちゃうか。それとも、こんなおばさんの顔見たってうれしゅうないっちゅうことかいな?」


「そんなことありませんが……どうしてここに来ることが? それが不思議です」


「簡単や。娘への愛や! な?」


「え、ええ、そ、そうですね」


 あれ、ホノカもなんか引いてない? ねえ娘にドン引きされてない?


「もう、可愛い子なんやからぁ」


「きゃっ、お母様っ」


 陛下は自分の娘を抱き寄せ、グリグリと頬擦りをしまくる。

 だが言葉とは裏腹にそれを嫌がらないあたり、なんだかんだ仲の良い親子であることは窺える。


「それで陛下は如何様で我が国へ?」


 ミュリーが訊ねる。すると、ヒエイ陛下は娘を離し、閉じた扇子の先で城の方角を指した。


「聖女代理はんのお父上に会いにきたんや。そしたらなんや

 わっちの娘がここに来る気配がしてなぁ。待ち伏せしていたら見事大当たり! な、すごいやろ?」


「はあ」


 つまり勘で当てたと言いたいのだろうか? 本当か?


「お母様、ともかく私は今から国に帰ります。元々勇者パーティの皆様方への顔見せが目的でしたので」


「ほんまにええんか?」


「え?」


「せっかく仲深める機会作ろうおもて、敢えて置いて帰ったんやけど。親の想い汲んでくれへんとか悲しいわぁ」


「そうだったんですか? すみません、普通に置いていかれたのかと……」


「そんなことするはずあらへんやん。大事な一人娘なんやで? 理由もなく狼どもの巣に放って帰るわけあるかいな」


 狼どもって。それ俺たちのことですか?


「ですが、もうここまで連れてきてもらってしまいましたし」


 ホノカは俺の顔を見る。


「あんさん」


「え? はい」


「おかえりなはれ。わっちの大切な宝物預けさせてもらいますわ。きっちりたのんまっせ?」


「本当に宜しいのですか?」


「ええ、ええ。ええよ。そんかわり、護衛は任せるで? まだこの娘はそれほど強ぅあらへん。身を守る術も少ししか持たん。最近何かと噂の勇者様の婚約者様なら、防衛力としても充分やろ?」


「まあもちろん、そうなれば全力で守らせていただきはしますけど」


「それと、そっちの聖女代理はんも」


「は、はいっ」


 ヒエイ陛下は今度はミュリーの方を向く。


「わっちらは弱い国や。しかも、いわゆる女神様、『ドルガドルゲリアス』を信仰しておらん。だから、いざというときにこの世界のほとんどの国にある教会網をつかえへんねん」


「はい、それは存じております」


 このヒエイ陛下は、俺たちは便宜上女王陛下と呼んではいるが、正しくは『祭祀長』なる役職に就かれている。彼ら彼女らの国は、『ミタマ様』という神様を信仰していて、その神様のもとに仕える『ナナホシ様』という総称の七柱の神様も信仰対象となっている。

 さらには、地域ごとにそのナナホシ様やミタマ様の分身体と考えられている神様を祀ってもおり、いわゆる多神教国家であるのだ。

 呪国はミタマ様以下神様を信仰するその宗教を"全ての道に通じる"という意味で『ヤドウ教』と呼称しており、そのトップがヒエイ陛下というわけだ。


 その故、完全なる一神教である神聖教会はその教会網から呪国全体を意図的にハブっており、それが余計と彼の国の孤立・独立を強調している。


「だから、聖女代理はんがこの娘を宗教的に庇護して欲しいねん。言うてること、わかるよな?」


「……はい。残念なことに、違う宗教だというだけで過激な排除を唱える方も少なからずいらっしゃいますから。特にそれは歴史の成り立ちから正当性を訴えやすくもあります」


 神聖教会は初代勇者パーティの1人が創った宗教だ。それはイコールでこの五大陸の歴史そのものと言っても過言ではない。人々の歩みとともに常に教会は寄り添っており、その立場を明確により強固にしていった。

 そこに異物であるヤドウ教なるものを信仰する者が入り込めば、当然反発は大きくなる。しかも、この勇者という一番神に関係のある存在の身近になのだから、余計とだ。


 さらには、フォトス帝国だってこの五大陸ではかなりの強国ではあるといえども、神聖教会に完全に逆らうことはできない。ジャステイズだって将来の皇帝とはいえ、その身分を保障しているのは神聖教会といっても過言ではないのだから。


「やねんなぁ。プリナンバーやっけ? 知ってるで、神聖教会も立場ってもんがあるからしゃないけど、でも娘をそんな"敵地"に送る以上は敵の中の味方を作らなあかんわけや。その時に教会でも一目置かれているミュリー=バリエンに頼れるっちゅう状況がどれほど助かることなんか。想像できまっか?」


 であればこそ、ミュリーという教会内で上位の存在、この前の戦争において聖女代理にまで選ばれるような女性に護ってもらえることがどれほど心強いか、容易に想像できるというものだ。


「ええ。私も、持てる限りの力を使って協力させていただきます。神のために人々が争うなど、本来あってはならないことですから。でもそうは言いましても、人の世では派閥や権力争い、ねたみやっかみはつきもの。ホノカ様の為人は半日でもそれなりに理解することはできましたし、既に悪い方でないことは間違いないと断言もできます」


「あ、ありがとうございます」


 ホノカは少し照れ気味だ。


「わかってもらえてるんなら何も言うことはあらへん。とにかく、娘の身に危害が及ばへんようだけど頼みまっせ?」


「もちろんです、お約束いたします」


「うんうん、その言葉が聞けて良かったわぁ」


「え?」


 女王陛下は頷くと、扇子をその豊満な懐に雑に仕舞い込む。


「これで交渉がしやすくなったっちゅう話や。娘はんから、つまりは王女殿下からこれだけ心強い言葉を得られたんや。エンジ呪国としてもそれ相応のお返しはしなあかんやろ? あんたさんは確かに教会のお偉いさんでもあるけど、その前に一国のお偉いさんでもあるんやから。礼には礼を尽くすべきやろ」


「はあ」


「んじゃ。そーゆーことで。もう一度、パパはんとお話ししてきますわ」


「えっと、はい。お達者で?」


「ありがとさん」


 ヒエイ陛下はミュリーに投げキッスをすると、そのまま城の方向までスタスタと一人歩いていってしまった。


「…………なんか、向こうのペースに持っていかれてしまった」


「え、ええ。最後のやりとりはなんだったのでしょうか? まあともかく、ホノカ様のことはきっちりとお守りさせていただきますので、改めてよろしくお願いしますね?」


「こちらこそ、よろしゅうっ」


 女性陣はお互いに笑顔で礼をする。


「んーと、それじゃあ、帰る?」


「そう、ですね。そうした方がよろしいでしょう」


「あ、でもその前に……」


「どうかしたのか?」


 ホノカが上目遣いに、控えめに何かを言いたそうにしているので先を促す。


「か、観光なんか、したいかなぁって……本当に私、生まれてこの方ほぼ母国から出たことがないものですから。ファストリア王国も、城に行っただけでしたし」


「ああ、なるほど! 遠慮することないよ、な?」


「もちろんです。是非、我が国を楽しんでいってくださいね?」


「わあっ、ありがとうございます!」


 うむ、この娘はこういう顔が一番いいな。そのためにも、よりつく虫や害は排除しないと。これからジャステイズと共に歩んでいくこの娘は、きっと一生俺たちの仲間にもなるのだから。


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