第181話
「ただいまー」
「おかえり……ってあれ? なんでみんないるの?」
ファストリアの城の中庭に再び転移をし。兵士に訊ねるとまだ客室に数人滞在しているということだったので、舞い戻ることにする。
中には、ベルとドラゴン姉妹、それに加えてようやく元気になったようであるパライバくんの四人がいた。
「いや、実はな----」
バリエン王国での思わぬ再会と、ミュリーが交渉についていくというのでその場で一旦別れたことを話すと。
「なるほどね、女王陛下もなかなか食えないお方のようね……流石は一国の王を務めるだけはあるわ。それに、呪国という国の性質も相まってるし」
「お母様は少々サプライズ好きと申しますか、結構自由奔放なお方ですので」
「まあそんな気はしていたが」
それだけじゃない事も当然わかるが。
「ねえベルさん、この女の人は誰なの?」
すると、パライバくんが会話に割って入ってくる。人間形態の身体は所々に包帯が巻いてあったりガーゼが止めてあったりと結構な有様ではあるが、元気そうだ。きっとドラゴン形態でもおんなじような見た目なのだろうが、少なくとも動けるまでに回復したようで良かった。
「これは、挨拶が遅れました。はじめまして、私はホノカと申します、以後よろしゅう。それにしても可愛らしい方ですね。どなたかの弟さんで?」
「我らの弟分みたいなもんじゃ。こやつもドラゴンなのじゃよ」
「ええっ、そうなんですか?! ヴァンさんたちって一体どんな交友関係をお持ちなんでしょう……」
「あはは、まあ驚くのは無理もないか。そういやパライバくん関連のことはまだ話してなかったっけか?」
と、出会ってからの一部始終を軽く説明する。
「なるほど……伝説のドラゴンにも認められるなんて、素晴らしいと思います。きっと勇者パーティの大きな助っ人になるでしょうね」
「まあね。でも、ジャステイズだって頑張っているのよ?」
「はい、わかっております。ヴァンさんとベルさんのように、私もあの方とお互いに支え合っていけるいい関係になれるよう努力していこうと思います! 人はそれぞれに強みがありますし、弱みだってあります。まずはそこを隠さずに曝け出すところからでしょうかね」
ホノカは政略結婚だというのに、それに対する不満などは一切感じさせない。己の運命を受け入れ、人生を少しでも良い方向に持って行こうとする気概を感じる。まだ出会って一日少々ではあるが、本当に芯の強い子だなと思う。まるでベルちゃんとイアちゃんを合わせたような性格の娘だ。
自分自身を隠さずに曝け出す、か。俺たちも、そこそこな時間をかかって、ようやく今の関係が構築されつつある。長い道のりかもしれないが、二人には是非しあわせな夫婦になってほしいものだ。
ベルだってまだ俺に話してくれないことは沢山あるけれど、それは話したくないのではなく話せるようになっていないだけだと自分で言っていたし、俺からもそのように見受けられる。アルテさんのこととか、力を失ったこととか、ソレは一人で抱え込むものではなく俺にも共有したい感情だろう。
だが彼女が心の踏ん切りをつけるのを焦らすのは絶対に良くないことだし、そんなことで言葉を紡いでも余計と拗れるだけだ。俺はドーンと構えて、いつでもキャッチボールをできる姿勢を整えておけばいいのだ。
ジャステイズとホノカはきっとすぐにお互いを支え合う関係になるだろうという勘があるが、それはイコールで俺たちに当てはまることでもない。同じパーティの仲間だとしても、人それぞれに歩み方があるし、当人同士にしかわからない距離感というのがある。それをまたお互いに尊重し補助し合うのが、このパーティに求められている姿なのではないかと思った。
----十日後。
我が国に帰られたレオナルド陛下も交えて事後処理が本格的に行われ始め。ジャステイズとホノカをフォトス帝国に送り、ミュリーをバリエンから連れ戻し。俺たちは短い休暇の後の長い仕事の時間を過ごしている。
「指導官、人員整理の書類なのですが……」
「指導官、要塞の修復に関する書類なのですが……」
「指導官、隊長がゲテモノで腹を下して……」
指導官、指導官、指導官。そう、俺は何故か再び、ファストリア王国国軍指導官の役職を
かつて、ベルのパーティに入るときに任を解かれた筈なのだが。レオナルド陛下は今回の二つの戦での消耗による国軍の人材不足を嘆かれ、急遽白羽の矢が打たれたわけだ。
そしてその矢は偶然か必然か、俺の頭に突き刺さり、こうして様々な事務処理を任されているのだ。
……だが待ってほしい。国軍指導官というものは、文字通り実務に関する指導をする役職であって、こんな仕事をする肩書では無いはずだ。実際、以前就いていた時にはこんなめんどくさい事務処理なんてほぼ無かったし。
だが現実に、目の前にある机の上には今まで見た事もないような書類の山が置かれている。そしてその紙に書かれているはずの署名欄は富士山やエベレストも驚くほどの真っ白だ。
こんなの、一人でできるわけないだろう!!
「なあ」
「はい」
「辞めていい?」
「ダメです」
「どうしても?」
「ダメです。私も同じ状況なのですよ? 頑張ってください。それに、畏多くもありがたき陛下の勅命なのですよ?」
「…………はあ……」
執務室には、横並びでグアードの机が並び。彼もまた、様々な書類と格闘している。
こうなったのも、グアードが生き残り、ジャムズが死に、そして何故かブテーが辞任したからに他ならない。以前説明した通りに、国軍は本来三つ巴の派閥だったはずが、実質的にグアードの一派に全て吸収されてしまったからだ。
だが当然、反発するものは出てくる。後ろ二人派に所属していた幾らかの将校は辞めてしまい、グアードのシンパであった者も戦による疲労で辞めてしまい。他にも兵士に下士官等々中から下にあたる役職の者も辞めてしまっている。
要は、人手不足だ。やる気のあるものを無理やり昇格させたりはしているが、それでも絶対数が足りない。人を率いるには、ある程度の頭も必要だし、そこには当然これらの書類整理云々も付属してくる。白羽の矢とは言ったが、言い換えればこれは貧乏くじなのだ。ババをひかされたのだ。はあ……
--コンコン
「はい?」
ため息をつきながらも次々と書類を決済していると。不意に扉が叩かれる。同室していた臨時の秘書官が俺に似合わない無駄にシックなその扉を開けると。
「久しぶりだな」
そこにいたのは、つい先日俺が助けた敵の総大将であった。
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