第140話 ※ベル視点

 

 エンドラ族の里を出てから三日ほど。

 パラくんはまだ成竜ではないし体つきも子供なため飛ぶスピードはそれほど速くない。なので今はまだ北の領地にたどり着く道中である。


 それでも、一生懸命に飛んでくれているのでありがたい。

 今の私はステータス上の数字は前と変わらないはずなのに、その分の力が引き出せないという状態異常になってしまっている。

 何故そうなったかは分からないが、最低でも私とヴァンが記憶を失った前後に何かがあったのは間違いない。それが何かを二人とも全く思い出せないのが又問題なのだが。


 その影響により、私は以前使えていた能力が魔法を含めほとんど使用できなくなってしまっている。その中の一つ、転移魔法もだ。

 なのでこうして背中に乗って目的地へ空の旅をしているわけだが、ヴァン達が転移で一瞬にして消え去ったのを見ると、羨ましく思えてしまう。


 移動時間が短縮できるというのは何に勝る大きなメリットがある。

 敵のど真ん中に強襲することもできれば、ある程度多量の魔力が必要だが物・人を一瞬にして大量に運ぶこともできる。

 他にも通信士のような役割を果たせるし、細かいことを言うなら忘れ物を遠くにしてしまってもすぐに往復できるなんてメリットも。


 また、ヴァンと一緒に最初ポーソリアルへ戦を仕掛けた時も、彼との実力差や己の使えなさにとても驚き悲しみを覚えた。たった百人程度の兵に囲まれてしまっただけなのになんの抵抗もできず彼と友軍に迷惑をかけてしまった。

 ヴァンは怒ることもなく、寧ろ今までと同じように私のことを愛してくれている。だが、こちらとしてはようやく横に並んでくれたヴァンが、瞬く間に何キロも先に進んでしまい追いつけなくなった気分だ。いや、寧ろ私が後退したから、そう見えるだけなのか? どちらにせよ、『勇者ベル』の勇姿は今や見る影も無くなってしまったのだ。


「<ベルさん、どうかしたの?>」


「え?」


 すると足元から、頭にツノを生やした男の子の声が響いてくる。パライバドラゴンが念話を飛ばして来たのだろう。


「<なんか悲しそうに見えたから>」


「そ、そうかな?」


「<うん、わかるよ。だって僕、ベルさんのことならなんでも……!>」


「なんでも?」


「<ななななんでもないよ、うんっ!>」


「そう? おかしな子ね」


 そうして私は乗っているそのドラゴンの背中を優しくさすってあげる。


「<は、恥ずかしいよ>」


「誰もいないからいいじゃない。ありがとう気にかけてくれて」


「<ううん! 当たり前だよ。あんな男じゃなくたって、僕ならベルさんのこともっと労ってあげられるし、困ったことがあればなんでも話を聞いてあげられるよ? 好きな女性を放っておいて遠くに行ってしまうなんて、恋人失格!>」


「こーら、そういうこと言わないの! ヴァンはヴァンなりに頑張ってくれてるのよ。それともパラくんは自分さえ良ければ他の人がどうなってもいい、なんて悪い考えを持っているのかな?」


「<そんなことない! 僕だって頼まれた仕事はきちんと全うする! 人間を守って、魔族をやっつける。そうすることで、ベルさんも皆んなも喜んでくれるんでしょ?>」


「うん、そうだよ。なら良かった、頼りにしてるからね」


「<大丈夫大丈夫、まかせて! あのお爺様の厳しい訓練のお陰でちゃんと強くなれたんだから>」




 パラくんも含めて、一週間のエンドラズブートキャンプはそれなりの成果を上げた。四人(一人プラス三匹だが)共側から見ても色々と洗練され強くなったように見受けられるし、パラくんは一段と大人の竜に近づいたように感じ取れる。

 まだ成人していないとはいえ、一端のドラゴンとして十全に力を振るってくれることだろう。


 だがなおさら、そうなると私の立場は相対的にどんどんと弱くなっていく。

 別に、人々から崇められるのが快感だとか、そんな下衆いことを言うつもりはない。

 ただ、私という勇者を信じて集まってくれたパーティの仲間達、そして旦那様(正式にはまだ婚約者だ)であるヴァンが悪く言われるのが嫌なのだ。


 例えこれまでどれほどの仕事を成し遂げて来たとしても、現状の私を見て陰口を叩く者、それすらなく表立って批判をする者は既に何人も出て来ている。そこから関連づけて、親しい人たちにまで攻撃口撃を加える者が相次いでいるのだ。


 それも、ただ悪口を言うだけならまだしも、まるで皆が詐欺の被害者のような言い方をしたり、一段飛ばして国を批判したり、はたまたエイティアの街等出身地にまで話しを飛躍させるのだ。

 食らいつける物にはなんでも噛みつくピラニアのような、もっといえば私という死体を弄るハイエナのような行為を平気で為してくる。それが人間という生き物だ。


 そして肝心の私が"逃げ出した"理由であるお父様。

 あの人だって、最後には私にゴミを見る目を向けて激しく罵って来た。きっと、魔族との防衛戦において精神的に追い詰められていたのだろうことは推測に容易い。

 だがあの時の私自身も精神的にやられてしまっていたし、飛び出してドラゴンに拾われて以降、療養という名目もあったことから顔を合わせに行きづらい状態が一ヶ月以上続いていた。


 街に帰る頃には一月半ほどになるが、それでもお父様が正常になっているとは考えにくい。出来れば出会わずにもうしばらく過ごしていたいところだが、パラくんを紹介しないといけない手前そんなわけにはいかないだろう。

 お父様はこの北部の要衝であるエイティアの領主なのだから、軍組織的にも政治組織的にも"異物"を加えるのには許可をもらう必要がある。


 ……ここからは、私の戦いなんだ。皆んなが武力で戦っているなら、私はせめてでも心を戦わせないと。逃げてばかりじゃ何も解決しないんだ。相手が親であろうと、腹を割って話をしなければ得られる物は何もないのだから。








「<見えて来た! あの街でいいんだよね?>」


「うん、そうだよ。間違いない」


 そしてそれからまた二日が経ち、いよいよ見覚えのある建物が目に入った。エイティア男爵領を象徴する街一番の建物、『鐘つき塔』だ。定時に鳴らす他にもお祈りの時や、緊急時に住民に避難を知らせる役割も持つ重要な建造物となっている。


 そしてその鐘つき塔の近くには教会、男爵邸がある。

 まずは、あのお父様がいらっしゃるところへ降り立ってもらうことにする。


「パラくん、あの建物見える? 大きな塔の横にある広ーいお屋敷」


「<うん、あそこに行けば良いんだね>」


「頼むわ」


「<任せて! しっかり掴まっていてよね!>」


 そしてそのまま城壁を越え街の中に。眼下に広がる街並みを行く人々が天に向かって指を指しているのが見えるが、今はともかく目的地へ向かうのが先だ。一々説明をして回っている暇はない。


 いくらパラくんが子供だとはいえ、街を横断するのにそれほど時間は掛からない。ゆっくりめに飛んでいはするものの三分もしないうちに男爵邸上空まで辿り着いた。着いてしまった。もう後戻りはできないぞ私。


「な、なんだ! 新手か!?」


「魔族がドラゴンまで使役しているなんて聞いてないぞ!」


「であえであえー! 死に物狂いだー!」


 案の定大騒ぎである。この国でドラゴン騒ぎが起きるのはこれで何回目なのだろうか。


「いや、まて、誰か乗っているぞ!」


「ん? 本当だ、あれは……」


「あっ、ベル様じゃないかっ。おい皆、魔族じゃない。ベルお嬢様だ!!!」


「おお、ベル様がお帰りに! もしかして、ドラゴンを捕まえに行ってらっしゃったのか?」


「流石は勇者様だ、なされることのスケールが違うぜ!」


 なんか好き勝手に言われているが、ともかく降りても大丈夫そうだ。思ったよりも悪い騒ぎにはなっておらず、何故か私がドラゴンを連れて見せびらかしに来たという雰囲気に変わっている。


「……パラくん、なんかごめん」


「<いいよいいよ、ベルさんになら僕は別に……! っごほんごほん、な、なんでもない!>」


「そう? じゃあ、降りてくれるかな。皆スペースを開けてくれたみたいだし」


 男爵邸の庭に集まった兵士たちや使用人たちが輪を作るように一部分を開けてくれる。また、チラリと屋敷の外に目を向けると住民たちが何事かと集結しているのが見える。


 そこに少年ドラゴンがゆっくりと着地し、私はいよいよ一ヶ月半ぶりに生まれ故郷の地を踏むことになった。


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