第四章 神界大戦編
世界の真実
第89話 17歳
「……んんっ、あれ、俺は確か……?」
気がつくと、いつのまにか拘束が解かれていた。だが今度は部屋全体が薄暗く感じられる。
確か、意識を失う前にベルに魔法を……そうだ、ベルは? 殿下は?
慌てて部屋を見渡すが、それらしき姿はどこにもない。というよりも、この部屋には窓が無いようで、そのせいで殆どなにも見えないのだと気づく。しかし人の気配はしないし、物音も全く聞こえないので俺以外に部屋の中には誰もいないという事はわかる。
あたりを静寂が包み込み、不気味だ。別に幽霊とかを信じているわけじゃないが、もしこんな空間に長時間閉じ込められたらおかしくなりそうだ。
「おい、だれかいないのか! ベル! 殿下、いらっしゃいませんか!」
一応叫んでみるが、案の定返事などない。
「……ベル、一体どうしちまったんだ、あんなことまでして」
人前で、しかもそれが先ほど結婚を告げられた相手であるエンデリシェ殿下の前で二人乱れあうなんて。どう考えてもおかしな行為であった。俺自身、快楽に流され最後まで致してしまった訳だが、ベルは会話の中で子供がどうとかプレゼントがどうとか。
そのようなことをのたまう彼女の様子からは狂気を感じられずにはいられないのが本音であった。
「俺のために戦ってきたと、そう言っていた。そのこと自体は嬉しい」
知り合いのために家族のために、軍に入ったり魔物を討伐しに行く者は当たり前のようにいる。彼女もその人たちと同じ気持ちで旅を続けてくれていたというのは正直に感謝の気持ちがあるし、普通ならばより一層の愛を深めるのも吝かではない。
しかしあの時の彼女はそういうのとは違う感情を披露していたように見えた。好きとか守りたいとかそういう想いを遥かに超えた執着や偏愛とも取れる発言をしていた。俺はそれをどう受け止めたらいいのだろうか。
ガチャリ。
先ほどの出来事を振り返っていると、いきなり扉が開き部屋の中に明かりが差し込む。俺は反射的に剣を手に取ろうとするが腰にはなにもぶら下がっていない。
仕方なく、ベッドの影に隠れるように身を翻した。まさか、ここに来て敵襲か? いやしかし俺はベルに気絶させられたはずで。
「……あれ、ヴァン? どこなの?」
だがその心配も杞憂であったようだ。声を聴くに、やはり彼女のようであった。その証拠に手に持つ灯りに照らされた顔はベル=エイティアその人だ。雰囲気や立ち姿からも察せられる、伊達に長い付き合いはしていないからな。
「こ、ここだ。すまん、敵かと思って身構えてしまった。何せこんなに暗いんだから先制されたら苦闘すると思って」
「ああ、ごめんなさい。そうした方がよく眠れるかなと思って。それに
先に? なにをだ?
だがその答えも直ぐに判明する。ベルが魔法で光を出し、部屋全体に照明を入れると、そこには。
――――しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅき――――
延々と同じ文字が壁一面に書かれていた。
そしてその文字の上部には、一枚一枚俺の顔や後ろ姿、はたまた日常生活の一場面などを写したとみられる写真を切り取ったような、写実主義にもみえるリアルな絵(恐らくだが。少なくともこの世界には撮影技術はまだ存在しないので)が貼り付けてある。見方によっては、絵一枚一枚のタイトルが『しゅき』である展覧会であるかのようだ。
それが四方どころか六方。壁や床に至るまで、まるでこの部屋を丸ごと使ってアルバムにしているかのように整然と並べ貼り付けられている。中には、いつ撮った(?)んだと言いたくなるような場面まで。アイドルのポスターを自室にベタベタ貼るオタクなんてとうに通り越した狂気じみたナニカを感じずにはいられない。
「ひっ、ここここれは一体っ!?!? ベル、なんなんだ、俺がたくさんっ」
驚いた反動で、ベッドから転がり落ちてしまう。俺はそのまま壁際までずるずると尻餅をつきながら後退した。
「そうよ、ここは私と貴方の愛の巣。ここに写してある絵は、密かに集めた大事な大事なコレクションなの。場所は明かせないけれど、この建物自体も勇者パーティを含めてこの世の誰にも教えていない所なのよ」
「なんだって? つまりは今ここには、俺とベルしかいないってことなのか? 殿下は、ジャステイズたちはどうしたんだ」
「ええ、勿論お引き取り願ったわ。というよりも、転移をしてここに連れてきたのだから、彼らに居場所がバレるわけないわ。隠蔽魔法も何重にもかけているし、外観だって周りの景色に溶け込むような造りをしている。おそらくここは世界で一番安全なところよ」
俺は、監禁されている、ということなのか。
「小さい時から、一つだけ頑張って覚えた魔狼があるの。生活魔法の一つなんだけど、転写魔法って言ってみた景色をそのまま焼き付けることができるものなのよ。勿論、現代には存在していない魔法なんだけど、まだ幼いある日お父様の書籍で『失われた魔法一覧』という本を見つけて、その中に書いてあったの。他にも色々と役に立つ魔法が書いてあったけど、とにかくまずはこれは覚えておくべき! と思って密かに練習していたのよ」
そんな昔から、魔法を覚える努力をしていたのか? その転写魔法云々は置いておくにしても、俺ですら初めて知る情報だ。そんなそぶりは見せていなかったはずだが、また幼児の頃から演技をする力があったというのか。
だがしかし考えてみれば、彼女も俺と同じく高校生から転生したわけで。俺がその時代に感じていたように、転生した体の精神や肉体に前世の魂がある程度引き摺られていたとはいえ。幼児のふりをしながらとんでもない行いをしていたものだ。
俺もその時のベルをどうしても子供としてみてしまっていた。五年間も"凛"だと知らなかったため、また二人でこの世界はこの世界の俺たちだと決めたのもあって、それ以降もまだまだ発展途上の娘だという認識でいたからだ。
「そのおかげで、貴方のお家に居候するようになった時、つまりは五歳になる頃にはもう使えるようになっていたわ。ドルガ様から私の持つ『この世界に存在する・した魔法については頑張ればなんでも覚えられる』ギフトについては転生前に知らされていたから、諦めることはなかったし。だって一度覚えれば、どこでだって貴方の顔を見ていられるのよ?」
ベルはその行いが、さも当たり前であるかのような素の笑顔で言う。
「最初のうちは、たまにグッときたお気に入りの顔をこっそりと紙の裏に写したり。一旦枕に写したものをまた消して、別の表情を楽しんだりしていたわ。けれど、転移魔法を使えるようになってからは、誰にも言わずにこの拠点を構築して、一日一日のシーンを保存するようにしていたのよ」
彼女はそのうちの一枚を眺めながら話を続ける。
「これなんて、ヴァンの肉体を限りなくカッコよく写せたと思わない? えへ、実は貴方が城でアレコレやっていた時も、盗撮していたの。勿論私が出向くのは無理があるから、鳥や虫を使役してだけどね。お陰で魔王討伐の旅路でも、夜のオカズに困ることはなかったし? その顔を見て元気をもらった事も何度もあったわ」
「と、盗撮? そこまでしていたのか……」
確かによく見回すと、見覚えのある光景や行動が写っている絵が沢山ある。ベルの言う通り、シャワーシーンや筋トレをしているところ、更には自慰行為をしているところまで飾ってあった。
「ベル、お前、お前は本当にベルなのか? 俺の知っている、ベル=エイティアなのか?」
恐怖か、怒りか、はたまたこれほどまでに愛されていたことへの感動か。身体を細かく震わせながら問い質してみる。
「何を言っているのよ、ヴァン=ナイティス。私は昔からなぁーんにも変わっていないわよ? ただ、本当の私がバレないように少し演技していただけ。私の中の私は、貴方のことが好きで好きで、好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで、常時愛液を垂らして潮を吹いて涎が溢れ出て鼻血が噴き流れて発狂しそうなほど愛しているの。ヴァンが私の世界の全てで、私がこのドルガという世界に生きていられる理由なの」
俺の存在が、彼女の世界の全て。それほどまでに愛されている。そのことを素直に喜ぶべきなのか、いい加減にしろと怒るべきなのか。
拒絶して逃げ出す?
むしろ俺も同じ"沼"にハマる?
今からでも、この場で俺の知っている彼女を取り戻す……そういうわけにもいかない。
本人の言う通り、ベルという女性は今も昔も彼女のままなのであろう。それを隠していたことを見抜けなかったこちらが悪いとさえ言える。
「どう? こんな私に幻滅したかしら?」
目の前の婚約者たる勇者様は、俺に近づくと、その場にしゃがみ込んで目線を合わせた。
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