第90話
「幻滅……いや、待ってくれ。その前に。俺はベルのことが好きだ。前世の時から君という女性が好きなんだ。顔や身なり、身分やその立場じゃなくて、為人と君と一緒にいる時の雰囲気が好きなんだ。その存在自体が、恋愛対象であり、愛し守り抜き、また共に歩んでいく対象なんだ。まずそのことはこれからも覚えておいて欲しい」
「え、は、はいっ」
「そしてその上で。率直な感想を述べさせてもらうと……これはやりすぎだと思う。幾ら俺でも、流石に引く。これだけの愛をこちらに向けてくれていることは充分に伝わるし、今までの盗撮やらはまあ不問にしても良い。その上で、もうこんなことはしないでくれないか? 絵姿が欲しいというならきちんと何枚か撮らせてあげるし、どうしても我慢できないというのであれば、普段転写した後から俺に見せてくれれば許可できるものはそのまま持っていてもいい形してもいい。だから、こんな犯罪紛いのことをして困らせないでくれたら嬉しいんだ」
彼女の目を見据え、そう説得する。
「えっとそれはつまり、許してくれる……ってことかしら?」
「うん、まあ。怒る気持ちもあるし、コレを見たときはマジかと身体に冷たいものが流れるのを感じたよ。でもそもそもは俺に、それだけの愛情を受け止める器がなかったのが悪いんだよな。表現しきれなかった分がこんな形で表れた、そう解釈するんだが違うか?」
「その……そうかも、知らないわね。自分でも己の感情が重た過ぎると考えることはあったもの。けれどそれが自制できないのよ。この世のありとあらゆるモノよりも、貴方一人の方がずっと比重が重くて。ヴァンがこの世界で幸せに暮らせるなら何でもするってそういう想いを持って生きてきたわ。だから私自身、自らの想いと感情を出来るだけ表現しすぎないように気を付けていた分のタガが、今回いよいよ外れてしまったのかも知らないわね」
と、ベルは自嘲するようにフッと笑う。
「でもこっちもちょっと待って欲しいの。まずはだけど、今のこの溜まりに溜まった感情を消化しないと、いつまでも同じことを続ける気がするわ。ワガママを言うようで悪いんだけれど、私が満足するまでこの部屋で一緒に過ごしてくれたりしない?」
「それは、一旦『勇者ベル』を辞めるということか?」
「そうなるわね。おそらくみんな、私たちのことを探し回るでしょう。けれどさっきも言った通り、ここは世界で本当に私と貴方二人しか知らない場所なの。探そうとしてもそう簡単には見つからないわ。それこそエンシェントドラゴンや魔王であってもね」
「そこまでか……んー、わかった。その想いがどれくらいで通常の"重さ"に戻るかはわからないけれど、こうなったらとことん付き合ってやるよ」
俺は起き上がり、ベルをいわゆるお姫様抱っこをしてベッドに優しく下ろす。
「ひゃっ」
改めて見てみると、その服装は太ももくらいまで隠れるほどの裾が長めのシャツのような服一枚に、下には何も履いておらずパンツ一枚であった。
俺が意識を取り戻さなかったら何をするつもりだったんだ?
「今だけは、勇者様じゃなくてお姫様になればいいよ。ここは二人だけの城なんだから」
"姫"などと自分で言っておいて何だが、一瞬エンデリシェ様のことが頭に浮かんだ。しかし今は目の前の女性にとことん集中するべきだとかぶりを振る。
「は、恥ずかしいわよ」
「別にいいだろう? 今だけは、その役目を忘れて俺に甘えたらいい。我慢させていたことに気がつかなくて本当に悪かった」
その右手を手に取り、姫に誓いを立てる騎士のように軽く口づけをする。
「ヴァン…ありがとう。本当にこんな私でも、好きでいてくれる?」
「ああ、当たり前だろう。何度でも言ってやるさ。俺はベルのことが、君のことが好きだ。愛している、結婚してくれ」
改めて、プロポーズをする。
その彼女の愛が重たいのであれば、俺自身もそれを受け止められるように努力すればいい。相手の想いがどれほど大きいものであっても、これからは取りこぼしてやったりはしない。
俺だって馬鹿な行動を散々やってきたし、その度にベルに残念な思いをさせてしまっていた。それが余計と偏執的な愛情を育む要因になっていたのだろう。ならばそのぶんこちらからまっすぐな正しい愛を向けてやればいい。
様々な謝罪の意味も込めて今この場所にいる間は望むことをさせてやろう。
「ヴァン……はい、こちらこそ」
今までの俺が知っていたベルではなく、本性も含めたベルを受け入れてやる。こちらも共に歩む対象として選んでもらう。そのような意味を込めた言葉はしっかりと伝わったようで、彼女は一筋の涙を流しながら、仰向けに俺のことを抱きしめてきた。
――――だがこの時の俺はまだ、二つのことを理解していなかったのだ。
ベルの本当の愛情を受け入れることの大変さと。
殿下のことなどの問題を先回しにする危険さを。
それは後々自らの身に降りかかってくるのだが、時すでに遅し。この部屋で彼女の提案を許容してしまった時点で、どのように行動しようとも未来は確定していたのだ。
「ん、ベル?」
すると、ベッドから起き上がった彼女は、今度は逆に俺をその上に寝かすように押し付け、気絶する前の医療棟での時のように腹の上に乗る体勢をとる。
「えへへ、今だけは何でも言うこと、聞いてくれるんだよね?」
「あ? あ、ああ。でもここを出たら、もう変なことはしないでくれよな? 俺も、君を幻滅させるような行動は二度と取らないと誓うからさ」
「ええ、そうだわね。貴方の婚約者……いいえ、妻になるのは私だけ。もう三度目の浮気なんて絶対に許さないんだからね? 貴方のことを本当に愛している人間は今目の前にいる女性だけなんだと身体に染み込ませてあげるわ」
「その件については本当に悪かったと思う。でも今更言い訳するようでごめんだけど、俺自身、もう君と結婚出来ないのだと諦めていたからなんだ。自棄になって浮かれるようにしてはいけないことをした自分が恥ずかしい」
「でもこうしてお互いのいい部分も悪い部分も共有し合えたわね。それじゃあ次はこっちが浮かれる番よ」
「え?」
ベルは、着ていたワイシャツのような白い服の前についているボタンを、首元から一つ一つ外していく。
そしてお腹の辺りにあるボタンも外すと、その下腹部、ちょうど股間の上辺りに紋様が描かれていた。
「べ、ベル、そのマークは何だ?」
いわゆる『淫紋 』と呼ばれる、ハートマークの周囲に装飾が施されたような絵柄だ。見ようによっては子宮のようにも見える。
「これも魔法の一つなのよ。これを自らの体に刻むことで、妊娠しやすくなるのよ。それと、お互いの快楽の値を好きに変えることができるわ」
「何でそんなものを……?」
ベルは自らのお腹を撫で回す。
「決まっているじゃない、貴方の子供が欲しいからだわよ」
「そ、そこまでするのか?」
まさか本当に、子供を作る気なのか? 旅はどうするつもりなんだ、しばらくお休みするって、もしかして子供を育て切ったらとかじゃないよなっ? 流石にそれは受け入れるとかの話とは全く別になってしまうぞ。
「ええ、でもまだまだよ? これも併せて使うわ」
シャツの左胸についている外ポケットから、一つの小瓶を取り出した。
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