第91話
小瓶の中には、何やら怪しげな半透明紅色の液体が半分ほどまで満たされていた。
「それは?」
「これは一度飲んだら十二時間は身体が滾って仕方なくなる薬よ。以前、エンデリシェが試薬品として作ったのを貰ったの。あ、効果は確かめているから薬害とかないし安心してね?」
この前の夢のやつといい、お仕置きの時といい、殿下は普段からどんな薬を作っているんだっ! 調合が趣味とはいえ媚薬のようなものまで作成する必要があったのか?
「そ、それをどうするんだ? まさか、俺に飲ませて……か言うんじゃあ」
「え、その通りだけど? 失われた時間を取り戻すことは、出来ないけれど、我慢していたことを後から発散することはできるわよね? それとももっと違う言い方をして欲しいかしら? 私今とーっても興奮していて、ヴァンのことを隅々まで愛したくて愛したくて堪らないのよ♡」
ベルは瓶の蓋を開けると、液体を舌の上に流し込むように垂らしていく
「お、おいっ?」
静止する暇もなく、そのまま俺に覆い被さり口腔へ舌を重ねてきた。
「むぐっ!?」
「んんっ」
そのまま、蛇の交尾のようにお互いの舌が絡み合う。
「や、やめっ」
「んじゅ、はぁっ、もっとぉ」
一度口から離れた後、残りの液体を今度は俺の口へとラッパ飲みの要領で突っ込んできた。
「んんん!!」
ゴクゴクゴク、とエンデリシェ様お手製媚薬が流し込まれる。あまりに喉越しがいいものだから、吐き出す事ができずに液体は胃の中へと一気に注ぎ込まれていく。
「んふふ、これでぇ、かんぺきだわね」
「べ、べりゅっ!?」
まるで強い酒を一気飲みさせられたかのような酩酊感に襲われてグワングワンと視界が揺れる。その隙に彼女は再び口と口を重ね合わせ蹂躙してきた。
「うぐっ」
すると、雰囲気に流されながらも残っていたはずの理性が一気に吹き飛んだ感じがし、俺の方からもその舌に絡め合わせる。揺れていたはずの視界も収まり、身体中からエネルギーが溢れ出てくる。
これってやばい薬なんじゃ、ともう一人の俺が自制を促している気がするが、ブチリ、と本能に理性が負ける音が頭の中に響いた後、ベルのその綺麗な白い肌目掛けて襲い掛かった――――!
「ベル、好きだ、ベル! 愛している。あぁ、俺の婚約者はなんでこんなにも素敵な女性なんだ……! いますぐにでも全世界の人たちに見せびらかしてやりたいくらいだよ」
媚薬の効果なのか、それに淫紋によって発情した彼女のフェロモンも感じているのだろう。今までこんなに臭いセリフを吐いたことはないっていうほどに様々な表現で彼女のことを褒め称える。
これ、朝起きたらきっと悶絶するんだろうなあ……と思いつつも、もう一人の俺はとどまるところを知らずただひたすらに横に寝そべる彼女に向けて延々と言葉を紡ぐ。
「きゃっ、ヴァンんったら、甘えんぼさんなのね、よちよち」
そしてベルの胸に顔を埋めると、彼女は母親が赤ちゃんにするように優しく頭を撫でてきてくれる。彼女の方も、さっきの行為を経てだいぶ気分が高まっているのか、普段絶対にしないようなことを平気でしてくる。俺たちは今アブノーマルな世界にいることを認識していながらも、それを受け入れてしまっていた。
そして顔を上げた後、今度は優しく長いキスをどちらからともなく始める。
目の前で火照った様子のベルを見て、見て俺は、また情動が激しく燃え上がるのを感じた。
な、なんなんだこれは? ここは普通は一度落ち着く場面じゃないのか?
「ん、どうしたのヴァン?」
「いや、その……また、いいかな?」
「んふ、いいわよ。きょうはお互い気が済むまで愛し合いましょう。私もそのつもりで準備してきたんだからね?」
「ありがとう、ベル。それじゃあ……」
「きて……♡♡♡」
その後、ベルの言う通りに体感だけでも十時間以上は交わり続けた。
そしてだいぶ経って、ようやく少し落ち着き始め。一度身体を洗うために彼女の上から退くと。
きっとこの姿が世界に配信でもされたとしたら、人々の中にある勇者像は一瞬にして崩れ去ることであろうというほどの姿になってしまっていた。
「あう、ヴァン、しゅきぃ♡」
四つん這いになる俺の下に寝転ぶ婚約者は、だらしなく顔を弛緩させ、それを隠すように慌てて腕を自らの目元に当てる。
「お、おい、大丈夫かっ? ごめん、薬のせいとはいえ激しすぎたか」
「ら、らいじょ、うぶ」
上がっていた息も少しずつ整ってきて、ようやく互いに落ち着き始め、俺は後始末をしなければと急いで行動を始める。
「あ、その、ちょっと待っててくれ!」
俺は慌てて彼女と自分に対して魔法を使い、身体を綺麗に洗い始める。続いてベルを浮遊させベッドから持ち上げた後、そのシーツやらも綺麗に洗い流す。
部屋の中にも淫靡な匂いや雰囲気が濃く漂っているため取り敢えず最初に彼女が登場した扉を開けて廊下に空気を流し換気もする。
するとようやく、今まで酷い有り様であった"展覧会場"が元の通りに(といっても性行為の間は意識していなかったが、その前に話をした時のまま俺の顔やら身体やらの絵が飾られているのだが)戻った。ベルはその間にだらしなく力が抜けていた肉体や表情も己の意識で動かせるようになったようだ。
「んふ、ごめんねヴァン、片付けさせちゃって。最後に淫紋が反応したわ」
「え? ソレってつまり」
「ええ、たぶん受精したのだと思う。普通は二十四時間くらいはかかるらしいけど、あれだけ長時間だったし。実は今日とっても危ない日だったのよ」
「そ、そうなのか。うん」
どう反応すればいいのか、前世も含めて恋人なんてベルが初めてだし、子供ができることを素直に喜ぶべき? それとも勇者であるその身体を俺が束縛してしまうことを世間に謝るべき? わからない。が、少なくとも目の前でベッドに腰掛ける女性は子作りができたことに満足そうな笑顔だ。
「ねえ」
「ん?」
俺も隣に座り、お互いの肩を寄せ合うような格好となる。
「ありがとう、私のわがままを聞いてくれて」
「いや、いいさ。さっきも言ったけれど、その心に秘めていた俺が受け止められていなかった分の愛情は、この際出しきってくれていいんだぞ?」
「そう? ふふ、じゃあもうちょっと甘えさせてもらおうかな」
「ああ、もちろんさ。でももう変な薬は使わないでくれ。そんなことしなくても、求められればきちんと愛してやるし、もっと素のベルと抱き合いたいよ」
「ええ、そうだわね。私も薬や魔法の力に頼ってしまっていたわ。ヴァンが私の本性を知った時に本当に好きでいてくれるか不安だったもの。でもそう言ってくれた方が、嬉しいわね。単純にたくさんそういう行為ができたことに喜ばれるよりも、私という女性と繋がれたからこその言葉だと信じていい?」
「ああ、その通りだ。だからそんな心配しなくていいさ。全く、盗撮なんて大胆なことはするくせにそういうところはウブというか……そっちも以前付き合い始めた時に俺とするまでは処女だったんだよな?」
「え? そうだけど? もちろん前世でもよ。凛だった私はハジメちゃんにあげるって決めていた記憶があるけれど、結果的にこっちでヴァンにあげられたからオーライなんちゃって」
「あはは、二度も同じ魂から好かれるなんて体験する人はそうそういないだろうからな。本当、ベルとこの世界で再開できてよかった」
「うん、私も」
そして一分ほど軽い口づけを交わし。ベルはベッドから立ち上がる。
「ん、どうしたんだ?」
「ええ、ちょっと。他の部屋に荷物が置いてあるから着替えをとってくるわ。もちろんヴァンの分もあるわよ。今日はもうピロートークってわけじゃないけれど、二人で落ち着いた話でもしたいと思って。いい?」
「そういうことなら全然、頼む」
「うんっ」
そうして彼女が部屋の真ん中あたりまで歩いたところで――――
唐突に、部屋中に赤い飛沫が飛び散った。
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