第94話

 

「反乱軍、だと?」


「ヴァン、こんな奴のいうこと聞く必要はないわ。さっさと倒す方法を考えましょう!」


「ベル……?」


 彼女はカオスのやつをぶった切る気満々のようだ。だがその口調はどこか忙しなく感じる。


「ふむ。勇者よ、何を焦っているのだ? まるで"誰かに何かを口封じされている"かのような狼狽具合だぞ?」


「……そんなことはないわ、ヴァンに適当なことを吹き込まないようにさっさと倒したいだけよ! 私の婚約者を惑わせないで欲しいわね」


「惑わす、か。しかし本当に人間を惑わし、誑かし、嘘をつき操ってきたのはどこの誰かな? 勇者ベルよ、貴様は女神ドルガと密約を結んでいる!! 違うか!」


「なに?」


「!!」


 俺は自然とベルのことを見てしまう。すると彼女は何故か、苦々しげな顔で額に汗を掻き始めていた。


「ベル、カオスのやつは何を言っているんだ、さっきからドルガ様が俺たちを騙しているだとか、ベルが俺の知らない秘密を握っているとか。嘘だよな? 嘘だと言ってくれっ」


「…………」


「ベル!」


「…………」


 カオスのやつは俺たちの会話を嘲笑うかのようにローブをゆったりと揺らしながら部屋の中を歩き回る。


「勇者が自ら説明する気がないと言うのであれば、私の方から全てを説明してもよいのだぞ? だがその場合、そちらが説明するにあたってぼかしたりわざと言わなかったりするであろうことも包み隠さず教えてやるがな」


「くっ………………いえ、わかったわ。私が話す! だからお前は黙れっ! これでも私は勇者なのよ。何事においても勇気を持ち立ち向かう。逃げることは許されないの! 例えそれが好きな人に酷い話をすることになろうともね。それに、こうなった以上もう何も隠したりはしないわ」


「ふん、だったら最初からそう言うべきだ」


 ベルはカオスを無視し、こちらを向く。


「あのね、ヴァン、よく聞いて。今まで色々と黙っててごめん、アイツの言う通り、この世界には……いいえ、『異世界転生』というシステムには重大な秘密が隠されているのよ」


「ベル、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。必死になってまで謝らなくていい、その顔を見る限り、騙したくて騙していたわけじゃないということくらいわかる、だからせめて、包み隠さずその言えなかったことを教えてくれないか?」


 そう言い、彼女の髪を撫でる。血が流れるほど唇を噛み、様々な感情を堪えるように体を震わせている目の前の女性に対して、俺は怒ることも悲しむそぶりも見せず、淡々と要求する。その方が、あちらも話しやすいだろうからだ。

 先ほどは俺もかなり狼狽してはいたが、お互いに感情的になってもいいことはないと思い直し、静かに深く息を吐き冷静に努める。


「うん、ありがとう。ふう……まず一番大事なことを教えるわ。私は、そこにいるヤツが誰なのかを知っているの」


「え?」





「カオス、その正体は…………神の世界、つまりは天界を滅ぼそうとしているテロリストなのよ」





「テロリスト? あっちもさっき自分のことを反乱軍だとか言っていたが、つまりは神界を武力か何かで制圧しようとしているのか?」


 以前森で出会った時は、『混沌をもたらすもの』だと言っていた。もしかするとあれはこの世界ドルガをめちゃくちゃにしてやるというわけではなく、その上にある様々な世界を管理している(らしい)神界を指していたというわけなのか。


「これはこれは、"テロリスト"とは心外。私たちは別に無差別に破壊を楽しむわけでも、己の力を示したいわけでもない。きちんと信念を持ち、行動計画を立て、あるべきものをあるべきところに。おかしなものは再構築する、それだけが目的であるのに」


「それは、そちらの視点に立った話だわ。しかも、犯罪者の側の一方的な主張よ。放火魔が家の見た目が汚いから燃やしたと言っているのと同じ。意味不明な理屈を並び立て、人々に混乱を巻き起こすことはなにも生み出さないわ!」


「果たしてそうかな? 勇者よ、そちらも神々の言い分を鵜呑みにしている、神だから正しいことを言っているのだという思い込みがあるのでは? それに、奴らは神気を纏っている。その空気を浴びるだけで、人間という下等生物は言うことを聞かなければならない気になるのだからな。丁度先ほど、私がそこのかわいそうな少年に使ったように」


「なんだと?」


 神気にそんな力が? だからドルガ様はあれほど神々しく絶対的な存在だと認知していたというのか?

 いやしかし、それが本当なら、このカオスという奴らも神ということになるが? だがこんな奴らが神だと言われても到底信じられない、むしろ悪魔だと言われた方がまだ納得できる見た目と行動だぞ。


「いいえ、そんなことはない。私は私なりに、色々な話を聞いた上で神たちの言い分を信じ、こうしてこの世界で勇者をやっている。ヴァン、ともかく、こいつらは神界を滅ぼして自分たちのいいように作り替えようとしているのよ。テロリスト、というよりはクーデターと言った方が正しかったかもしれないわね。どちらにしても、武力を持って神界に圧力をかけるつもりなのよ」


「何故そんなことを? 神界には一体なにが……いや、そもそも神とカオスはどんな関係なんだよ」






「あいつは――――他の世界の『元勇者』なのよ」






「……え?」


 勇者? ベルは、こ、こいつが、俺たちと同じか似たような存在だというのか。


「その通り。私を含む我らカオスは、元々はお前たちと同じ転生者であったのだ! しかも、そこの少年と同じ『パーツ』の方のな!」


 ……パーツ?


「そんな言い方はやめて! ヴァンはそんな道具なんかじゃないっ。確かに、勇者というシステム上その力を借り受けているわ。だけれども、ヴァンはハジメちゃんという一人の人間として生きてきて、こちらの世界でも同じく尊い存在として息を吸って吐き、寝食をし、戦い、悲しみ、笑い、私を愛してくれているのよ!」


「だがそれでも結局は勇者という存在を引き立てるための道具に過ぎないではないか。貴様よ、先ほどのステータスは覚えているな?」


「あ、ああっ、それがどうしたっ」


「私は先ほど言ったはずだ。勇者が貴様から力を借り受けているのだと」


 確かに、そんなことを言っていた。ステータス上も、謎の数字や単語が並んでいた。勿論それを信じるかどうかは別にしてだが。


「ヴァン、よく聞いてね。これから話すことは、とても複雑でかつ信じられないことだと思うわ。だけれども、それは決して貴方が軽視されているわけでも、道具として扱われているわけでもないの。そうしなければならない理由があるからなの。そのことをまず頭に入れておいて頂戴」


 ベルはカオスのことをチラリと見た後、こちらの肩に両手を置き視線をまっすぐと向けてそう言う。


「あ、ああ。どんな話なんだ?」


 口ぶりから察するに、今から言う話は俺がすぐには理解できない、またはしたくないことなのだろうとは察せられる。

 だがベルが勇気を出して教えてくれると言うのだ、俺自身も逃げずにきちんと耳を傾ける必要があるだろう。


「私、つまり勇者と、ヴァン。つまりその帯同者は、二人で一つ。一心同体なのよ。これは比喩とかじゃなくて、そのままの意味なの」


「一心同体?」


「そもそも、異世界転生というシステムは。"元"となる世界から"引越し先"となる違う世界に適合する魂を探し出して移し替える作業のことなのよ。そして肝心なところなんだけど、その作業には勇者、つまりはその異世界を平定する存在と、その勇者とともに転生してサポートする存在が必要なの」


 サポート? 勇者となる魂は一人で転生すると何か不都合でもあるというのか。


「魂が惹かれ合うって表現、あるでしょ? あれは比喩じゃなくて、本当にそうなっているのよ。その世界に生まれ落ちる魂という物は、似た魂に引き寄せられていくの。異世界に転生する魂は、その惹かれ合う魂とセットになって転生することで、よりその力を引き出すことができるのよ」


 ???

 魂という存在は、概念とか比喩とか、何か朧げで説明のつかないものをそう呼んでいるものだと思っていたが。その言い草だと、魂という物質が世界には満ち満ちているような雰囲気だ。


「でもその魂というのは、どこの世界にどのようにして生まれるのかは完全にランダムなの。適合する世界に生まれるかもしれないし、そうではない世界に生まれるかもしれない。その上で時たま、世界に異分子が発生することがあるのよ。それが一般的には魔王と呼ばれたりするわね。魔王も、私たちと同じ魂を持って生まれた一人の人間なのよ」


 魔王が、人間だと? 魔族という俺たちと違う生き物のオサではなかったのか?


「魔王は、その世界に最初から"適合しすぎた"存在なの。その魂はその世界に留まれば留まるほど世界そのものと同じ存在となってしまうから、やがて反発して暴走してしまう。存在してはいけないものが競合してしまう結果、自らでも制御できないうちに負の力を有してしまうのよ。その負の力は勿論、世界の方にも影響を与え、お互いにますますと悪い方向へと向かって行ってしまうわ」


 ベルは一度小さく息を吐く。


「で、そのまま放っておくと、魂はやがて世界そのものと入れ替わってしまう。だから、悲しいけれどその魂を滅ぼす役割が必要なの。それが勇者というわけ」


 なんだと? つまり魔王は自らの意思で何かをしていたわけではなく、魂に肉体が乗っ取られるようにして暴走状態にあったというのか?


「勇者は、魔王とは違いその世界では不適合だけれども、他の世界に行けば"丁度いい具合に適合"させることができる魂のこと。"勇者"は世界と反発はせずにむしろ共感することができる。故にその魔王が生まれてしまった世界に飛んで、魔王を滅ぼして世界の方を守る役割を担うのよ」


 負の存在である魔王を、正の存在である勇者が滅ぼすことにより、世界そのものを守るというわけか。小を捨て大を守るわけだな。この解釈が合っているか分からないが。


「で、さらに。勇者とは、簡単に言えば神界が遣わす『器』なのよ。サポート役は、その勇者の力を強化するために注がれるための『水』を溜め込む『水差し』なの。器となる魂と、水差しとなる魂。この二つで一つがセットになって初めて勇者となるの。勿論、これは例え話だから、ヴァンのことを悪く言っているわけじゃないわ。他にいい例えが思い浮かばなくて……ごめんなさい」


「いや、いい。続けてくれ。今は言葉の綾よりも理解することの方が大事だ」


 ベルが嫌味で話をしているわけではないことはわかっている。俺だって伊達にずっとその姿を見てきたわけじゃない。


「う、うん。ありがとうっ。それじゃあ続けるね? 何故そんな回りくどいことをしなければならないかと言うと、器側の勇者の魂。つまり今ここにいる私の魂は、分割されたものだからなの」



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