第226話
その後はとんとん拍子に事は進んだ。
まず、ポーソリアル軍の撤退。マリネさんとシャキラさんの二人の共同作業によりすぐさま全部隊が撤収。
そして停戦調停の締結。これは連合軍全体として結ぶと同時に参戦した各国として個別に結びもした。
何故そんなことをするかといえば、戦後の賠償問題など様々な事柄に関しては、個別にやってくださいという方針に変わったからだ。戦前に建てられていたプランであるまとめてもらった分を各国に振り分けるのではなく、各国が欲する分を各自の力量で勝ち取ってくださいという形にしたのだ。
これによりあれやこれやと文句を言っていた各国の首脳も何も言えなくなった。もし否定すれば己の国が"そんなこともできない"弱小国だと周辺国家に宣伝するも等しいし、国民からも頼りないリーダーと見られてしまう。それはすなわち死活問題なので大きな声で否定できないわけだ。それでも一部の初めから割り切っている国は反対していたが、そこがどうなるかは後の歴史で証明されることになるだろう。
そしてあれから数ヶ月後。俺とベルもそろそろ十八歳になろうかという頃、俺は領地であるナイティス騎士爵領の本村落、ナイティス村にて数人との会合を持っていた。
ナイティス村も復興が進み始めており、ファストリア国軍指導官の任を解かれている今、お母様と共に着実に未来への道を開拓している。
「ありがとう、改めて礼を言わせてもらう。助かったよヴァンくん」
「いえ、こちらこそまさかシャキラさんがあそこまでなさるとは……いえ、なんでもありません」
真顔でこちらを見つめる金髪美女に怖気付いて、慌てて否定してしまう。幾ら力が強くなったところで怖いものは怖いのだ。お化けとか恐妻とか……ゲフンゲフン。因みに今日の彼女はロングヘアーではなく縦ロールのお嬢様ヘアーだ。
シャキラさんは戦後処理のためのポーソリアル共和国軍臨時総司令官に就任した。国元にいる有能な政治家複数と手を組み、今も戦後処理に邁進している。
というのも、元々がマドルナ家は政治家の家系であり、そんな理由でマリネさんのアンダネト家とも付き合いがあった。で、昔からマリネさんの追っかけみたいなことをしていたシャキラさんは、マリネさんが遠征軍の司令に命じられることを知ってすぐさま入隊。その頭脳と軍事的才能によって、瞬く間に第四参謀までのし上がったのだ。
なので文武どちらとも国家の中枢にパイプがあり、ここ『中央地方』の各国家とも顔繋ぎができていることから、戦後処理――――和平交渉と停戦交渉は別だ。賠償問題はまだまだ根深い――――の代表を務めているわけだ。それに顔やスタイルも良いしね。
「でも確かに、どうして大統領……我が父を躊躇いなく切った?」
マリネさんは既に父親の死を乗り越えている。短期間ではあるが、それだけの心を持つ人物ということだろう。だがたまに寂しそうな顔を見せることもあるので完全に割り切れた訳ではなさそうだが、周りが何を言っても無駄だ。時間に解決してもらうしかない。
「改めて考えましても、咄嗟の行動でしたので。マリネ様が危ない目に遭ったらと思い衝動的にというのもありましたが、一番は最近の大統領閣下を見ていて不安を覚えていたからですわ。そしてそれが、あの場でのナイティス卿との会話で表面に現れたということだと思います。自分でもまだ充分に説明しきれる状況ではありませんが、ですが間違った判断だとは思っておりません。マリネ様にはお悔やみと謝罪の言葉を幾ら申し上げても足りないくらいではありましょうが」
シャキラさんは椅子に座ったまま机に額がくっつくくらい深々と頭を下げる。
「いや、いいんだ。確かに父親を亡くした悲しみはあるが、しかし昔と変わってしまったあの人があのまま生きていても、きっとロクなことにならなかったと思う。民のためにあるはずの大統領が私利私欲のために命を財を無駄にするのは看過できない事態だからな」
アンダネト大統領の"蛮行"は、ヤツの周りにいる結構たくさんの人が薄々気付いていたのだという。しかし元々カリスマ的な指導力を武器にのし上がった人間、そう簡単に逆らえる人間もおらずこうなってしまうまで放置されていた。衆愚政治は社会の仕組みや文化が成熟していけばいくほど表面化する。しかしだからといって強権的な指導者になる国民の絶対統制も避けなければいけない事態。その両方が重なってしまっていたポーソリアルは、今この時生まれ変わるチャンスを得たと言えるだろう。
シャキラさんのおかげで、少なくとも今は悪政を敷こうと考える
「シャキラのやったことは、法治国家としても民主主義国家としても褒められたことではないだろう。だが毒をもって毒を制すというわけではないが結果的にポーソリアルが変わるチャンスを得られた。だからこそ、お前を持ち上げる人々がいるのだろうよ」
「嫌な話ですわ……でも死刑になるよりはとことんこき使われたほうがましですから仕方がありませんわよね」
彼女は超法規的措置として無罪放免となっている。そこにもいろいろな力が働いたり裏取引が行われたりしたんだろうけど、敵国の内部事情までいちいち感知する必要はないのでどうでもいい。ただもう今後こちらに手を出さないという確証が得られればそれでお終いだ。
「ヴァンくんも、これから大変だろう。どうだ、私をここの住人にしてみる気はないか?」
すると、マリネさんがそんなことを言い出す。
「え? でも、王宮は?」
マリネさんは現在、王宮にて身柄を預かられている。というのも捕虜の交換も各国家それぞれで交渉してくれという条件だからだ。ファストリアとしては彼女を保有しておくことでポーソリアルとのやりとりがしやすくなるし(主にシャキラさん的な意味で)、聞き出したい情報は尽きない。今日だって俺のいるところなら間違いは起きないだろうという陛下の判断によって外に出られただけで、本来は軟禁の身なのだから。
数ヶ月もの取り調べなどによって身も心もかなり疲弊しているはずなのだが……なかなか丈夫な精神と肉体なようだ。
「そろそろ取り調べも終わりそうだ。戦後の和平交渉の方もな。そうだろう?」
「はい、少なくともファストリア王国とはそれほど揉めることなく話は進んでおりますので。レオナルド国王陛下は物分かりの良い方ですから、無意味なゴネ方もなさりませんし。まあ他の国はと言いますと」
「その話はよせ。滅多なことは言うことではない。どこから話が漏れて交渉で不利になるやも知れん。お前の立場も危うくなるぞ?」
「そうですね、すみません」
「こほん。んまあそういうことで、そろそろヴァンくんのそばに居たいわけだが……どうかな?」
「どうかな、と言われましても。ベルとも相談してみないとわかりませんし、こんなこと俺が言うのも恥ずかしいのですがずっと片想いのままでいいんですか?」
「ちょっと困るが、なんとかするよ」
「なんとかって、マリネ様まだこの男のことを諦めていらっしゃいませんの!?」
シャキラさんが机に手をつき勢いよく立ち上がる。
「逆に聞くが、じゃあなぜ彼のもとにいたいと言い出したと?」
「美人局かと」
「はっ!?」
「にゃ、にゃにをっ!?」
俺が驚く横でマリネさんは顔を真っ赤にする。まだそういう行為はしたことがないって前に言っていたし、相当なウブなのだろう。
「しょしょしょんにゃわけ、ないだろうっ。私は純粋に彼のことをだなあ!」
「つーん」
いや、口でつーんって。
「はあ、全く、シャキラは。ともかくイエスかノーか早めに返事が欲しいのだが」
となんとか落ち着きを取り戻したマリネさんが言うと。
「その話、聴かせてもらったわ!」
どこからか現れた勇者様が、目の前の恋敵に指を刺して仁王立ちしていた。
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