第227話

 

「ベル! お母様の方はもういいのか?」


「うん、今は休憩だから」


「そうなのか。それで、話を聞いてくれるってことだけど、マリネさんをどうするつもりなんだ?」


 ベルはこの領地でお母様のお手伝いをしながら将来に向けての勉強をしている。彼女曰く『この地に魔の王の国を作る』と息巻いているが、そんなこと可能なのだろうか? 国の中に国を作るなんて宣言しても一発で潰されてしまいそうだ。いくら俺が強いといっても経済的に干上がらせられれば成すすべはない。

 まあドルーヨのツテを頼ればなんとか……と思わなくもないが、そもそも俺自身は逆らうものをこの力で打ちのめすという意味で『魔の王』を名乗ったのであり、実際に田舎で独立国家を率いて領地経営をするためにわざわざ痛々しいセリフを述べたわけではない。ベルはそこらへんを勘違いしているのではなかろうか……?


 俺の目的はただ一つ、俺とベル(と後数人の大切な人)を悪意から守ること。その為にはこの手にした強大な力を振るうことに躊躇いはない。だが今すぐにファストリアやその他の国に宣戦布告をして世界を泥沼の戦国時代に陥れるつもりは毛頭ないし、そんなことをすれば本末転倒である。

 いずれは『マジクティクス』の名を世に"覇"せるのもいいかもしれない。しかしポーソリアルのある『大南大陸』ーー便宜上そう呼んでいる。混ざるとややこしいからなーー以外にも複数の大陸があるというし、またこちらに攻めてこようとする国家が現れる可能性は充分に考えられる。今はとにかくこの地の安定が優先事項だ。


「ええ。貴女が本当にヴァンのことを好きなのか、一生、きえ、永遠に愛する自信があるのか確かめるのよ」


「というと?」


「例え全世界を敵に回したとしても彼のそばに寄り添う自信があるのか。他の女がいても文句を言わない度量があるのか。マジクティクス魔王国を造る手伝いをできるのかの三点よ。因みに既に他に二人の女がいるし、その両方ともがこの条件を快諾しているわ。さて、あなたはどうなのかしら?」


 ベルは目の前に立つ元敵国司令官殿に問いかける。決しておふざけ半分にではなく至って真面目な雰囲気だ。

 って、『マジクティクス魔王国』って何? え? もう俺の治る予定(但し彼女の頭の中でのみ)の国の名前決まっちゃってるの!? 今更だがマジクティクスとかもスッゲー恥ずかしいんですけど……その場のノリで言っちゃったところもあるからなあ……


「その前に、一ついいでしょうか?」


「ん、なに?」


 するとシャキラさんが横から口出ししてくる。その顔は不満げな様子だ。


「マリネ様がもしこの男に着いていくと仰るならば、私も付いてくることになりますが、それでも構わないのでしょうか? マリネ様と会えなくなるなんて考えるだけでも寒気がしますわ……今やもう私の人生そのものですのに」


「でも貴女、ポーソリアルの要人じゃない。今日はたまたまこの地にいるだけであって、ヴァンがいなければ転移することもできないし元々気軽に会えるわけじゃないでしょ。少なくともこの女は未だファストリア預かりの身。交渉の時にしかこの国に訪れない貴女が会えないのは今後もコトが全て片付くまで変わらないはずだけど?」


 暗に『めんどくせえからひっついてくんなクソレズ』と言っているのだ。こ、この世界ならまだしも現代地球でそんなこと匂わせでもしたら大変なことになるぞ?


「いざとなれば国を捨てる覚悟は出来ています。私のいるべき場所は、マリネ様のお隣しかないのですから」


「ふうーん。その言葉、信じていいのかしら? それに何度も言うけれど、その女だけを慕えばいいって話じゃないのよ? きちんと魔王陛下まのおうへいかを敬わなければ絶対に認めないからね。すなわち夜伽を求められたら素直に従う必要があるってことも理解しているのかしら?」


 えっ?! そこまで求めるのか? 俺は別にゲスい要求をする気はさらさらないんだが……ベルの中の俺って一体どんなイメージなんだよ、もしかして以前の浮気(未遂)のことが尾を引いているのだろうか。でももうあの話は終わったことだし、俺も彼女を悲しませないように女性関係には特に気を使っているつもりだ。その証拠にエンデリシェもマリネさんも一度はお断りしている。不可抗力とも言える出来事が重なっていくうちに付き合うことになった女性は増えつつあるものの、自制は効いていると断言できる。


「マリネ様と一緒にいられるのであれば、この命すらも捧げましょう。ヴァンさんが咄嗟に私を艦橋から連れ去らなければ、きっとその直後に反逆者として即殺されていたでしょうから」


「つまり、恩には恩をという話? 私の求める基準には及ばないわね」


「そんなっ!」


 普通ならば心意気に打たれて頷いていてもおかしくないと思うが。俺の女性関係を一手に受け持つベルにとっては至らない点があったようだ。俺が当事者になる話のはずなのに、どうして俺が理解できないんだろう、おかしいなあ〜〜!


「待て、二人とも。結論を急ぎすぎだ。私はもうどこにも行かない。例え講話が結ばれたとしてもヴァンくんのそばにいるつもりだ。別に付き合えなくてもいい。ただ、彼には未来がある。とても大きく輝いている未来がその歩む道を照らしている。私には分かるのだ、彼が王者であり覇者であるのだと」


「マリネさん、幾らなんでも持ち上げ過ぎですよ。買い被りすぎは良くないなあ」


 たまらず俺は否定する。むず痒いったらありゃしないよまったく。


「そうか? ともかくシャキラもベル殿も、一旦落ち着け。彼がこれから紡いでいく歴史を近くで見たいという気持ちはきっと関わった誰しもが感じることだろう。シャキラもそのうちわかるはずだ。私のことを慕ってくれているのは嬉しい限りだが、もっと自分を大切にしてくれ。こちらのことを好きだと言うならば、この想いを受け取ってくれてもいいのではないか?」


「……申し訳ございません、少々暴走しすぎました。マリネ様にはご不快な思いをさせるつもりは全くありませんでしたが」


「…………」


 シャキラさんは深々と頭を下げ、ベルの方は感情をなくした顔でそれでも何か考えている様子だ。


「いい、いい。ほら二人とも座ってくれ」


 マリネさんは椅子を引き、二人にテーブルを囲むように促す。


 ううむ、もしかしてこの人がいれば案外俺の周りのゴタゴタは片付くのではないか? 姉さん女房というかキャリアウーマンというか。海での告白は結局お流れになってしまっているけど、このままみんなとの関係構築を進めていけば将来的には夫人としてナイティス家……いやマジクティクス家を裏から支えてくれる存在になるかもしれない。


 ベルはどうもまだ受け容れるつもりは無さそうなのだが、こういう時に俺が口出しをする権利をそろそろ取り戻してもいいんじゃなかろうか?

 別に浮気をするわけじゃない、実利の面を考慮して正々堂々と提案するのだ。


「ヴァン、あのねーー「ちょっとまってくれ」ーー……え?」


 ベルが椅子に座る前に何かを言おうとしたが、俺が丁度遮る形になる。


「あ、な、なにかな? 何か言いたいことでも?」


「ううん、いいの。ヴァンの話が最優先なのは当たり前だから気にしないで」


 あ、当たり前なのか。


「それじゃあ。こほん。マリネ=ワイス=アンダネトさん」


「えっ!? は、はひっ! なんでひょうか!」


 突然真面目なトーンで話しかけたものだから、何故かマリネさんの方も緊張してしまったようだ。まあとても真面目で重要な話をするつもりだからおかしいとは思わないけど。


「俺とお付き合い、しませんか? 結婚を前提として」


「は……はい?」


 疑問形で聞き直したような、イエスなような、中間ぐらいの声色だ。


「俺のことが好きなんですよね?」


「それはもう、君のことが気になってからどんどんと"深入り"してしまっているからな。まさか自分でもこの歳になって子供のようなウブな恋をするとは思わなんだ」


「あはは、まだ十九歳なんでしょう? 俺とほとんど変わらないじゃありませんか。打算に打算を重ねた大人の付き合いはもう少し後でもいいと思いますよ」


 まあ俺はその打算も含んだ提案を今しているわけだが。


「むう、子供扱いしないでくれっ。でも、嬉しい。とても嬉しい。本当にいいのか? 妻帯者なのに、その配偶者の目の前でこんな提案をして」


 先ほどのシャキラさんとのやり取りを見ていたからだろう、少し戸惑いもあるようだ。

 と、そこに。


「実はたった今私も考え直したの、貴女のことを受け入れてもいいかなってね」


「「「え?」」」


 さっきまでめっちゃ入社試験の面接官みたいな詰問をしていたのに急に態度がなんかしたぞ? 『今』とはあの無表情の間にということだろうか?


「私も、ヴァンと同じ提案をしようとして、そうしたら話が被ってしまったから譲ったのだけど……ヴァンの意志が聞く前に確認できたから結果オーライだったわね」


「そうなのか。んじゃ、あとはマリネさんの返事待ち?」


「そうなるわね。で、どうなのかしら? 受けるの、受けないの? 魔王陛下から告白されるなんて貴重な経験きっともう今後二度と無いわよ」


「そんなの、決まっている。なにも障害がないというならば。イエスだ」


 マリネさんはいつもの凛々しい表情を一変させ、蕩ける乙女の顔になり晴々とした声色と態度で宣言した。


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