第228話
かくして、お嫁さんが一人増えた。
そして時を同じくしてドラゴンズの自粛も解かれ、サファイアが一足先にこのナイティスの地にやってきたのだが……
「ふーん、へー、ほーん、そうなんですか〜」
「あ、あの、サファイアちゃん? なんでそんなそっぽ向くのかな? こっち見てよ」
「ぷいっ」
自分の知らないところで女が一人増えたことに嫉妬しているらしく、やってきてそうそうサファイアがふて腐れてしまったのだ。
「いやいや、ぷいって。可愛いけどさ」
「か、かわっ……! ぷ、ぷいっ!」
「はいはい、ごめんごめん」
顔を赤くしながらも、お怒りポーズを継続する青髪の少女の頭を撫でてやる。と、いつもは隠しているお尻から生えた尻尾がフリフリとし出す。犬みたいだな。
「あわわ、ぷいっ?」
そしてベルを挟んで反対側に座るエンデリシェも、俺たちの様子を見て慌てて顔を背ける。チラチラこちらを見ていることから頭を撫でて欲しいのだろう。そう察した俺が同じように触ってやると、ふにゃりと顔を歪めさせ喜びをあらわにする。
「ふふ〜」
「むぅ」
と、今度はそのさらに右側に座る『マリネ』がプンスコモードだ。
「はいはい」
「ふふふ、ヴァンくんは優しいな」
「そうかな?」
「あっちょっと、私が撫でて貰っていたのに!」
サファイアの頭から左手を移動させエンデリシェに、エンデリシェの頭から右手を移動させマリネにとしたために、自分が最初にして貰っていたのにとドラゴン娘は抗議をする。
「うふふ、ヴァンさんの愛情は既に私が貰ってしまいましたわ」
「私もだぞ! こ、これからは甘やかし甘やかされるんだから、これくらいいいだろうっ?!」
ギャーギャーと騒ぎ出す三人組。そして正妻であるそれを後ろから見ていたベルが。
「あのね? ね? 三人とも調子に乗らないの。いい? これ以上ヴァンを困らせるなら、おしおきするわよ? わかったわよね? ね?」
「「「ハイッ……」」」
目からハイライトを消してドスの効いた声で"注意"すると、途端みんなのテンションがガタ落ちする。
「私が貴女たちのことを認めているのは、ヴァンのサポートをするためっていうのを忘れないでよね。わがままばっかり言って家庭内の秩序を乱すようなら容赦しないから。ヴァンもそこら辺しっかりと流されないようにしてよね?」
「ハイッ……」
どうして俺まで怒られているのやら……ベルはこの領地に住み着くようになってからさらに恐妻
「すみませんでした、ヴァンさん、皆さん」
シュン、と落ち込んだサファイアは眉をハの字にして謝罪の言葉を述べる。
「まあ、少しずつ打ち解けていきましょう。マリネさんも、サファイアさんも、第二夫人のこの私が面倒を見て差し上げますわ」
「ちょっとエンデリシェ、まさか自分の派閥を作ろうだなんて考えていないわよね?」
「なんのことでしょうか、オホホホホホ」
わざとらしく口元に手を当てる元王女様。あからさまな挑発に見えるが、これくらいは戯れ合いの範囲だ。見て見ぬ振りをしておかなければ火傷をするのは既に経験済みだからな、俺は何も見ていないし聴いていないぞ!
「旦那様……アナタ、の方がよろしいでしょうか? それでこれからどうされるのですか? ドラゴンの里は人間同士の争いが激化するのを憂慮して対策を練っているのですが、一方で『ファストリア王国のヴァン=ナイティスが魔の王を名乗った』との噂も流れてきています。マジクティクス陛下、でしたっけ? お爺様も『何を考えているのじゃあやつは』と若干呆れ気味に仰っていましたよ」
教室で突然腕がうずき始めた眼帯の男子生徒を見るような目でサファイアはこちらを見上げる。
「ああ、うん。呼び方は任せるよ。それと俺が力によってこの世界に平穏をもたらそうと考えているのは事実だ。だが人々の目の前で生贄を惨殺したりとかそんな物騒な方法は考えていない、あくまでもやってくる敵から防衛をする上での話だ。俺は快楽殺人鬼でもなんでもないし積極的に戦を起こす気もない。殴られればその何十倍何百倍ものお返しをする。それによって"手出し無用"を周知させるのが目的だから」
「でも、強国が攻めてくれば、いくらアナタでもそうそう易々と追い返すことは難しいのでは?」
「それなんだが……実は俺、この前突然絶対に身内に危害が及ばないくらいの圧倒的な力を手に入れたんだ。ノータイムで数十の強力な魔導兵器を無効化するくらいのな」
と、ポーソリアルとの決戦時の様子を説明する。
「そんなことが? なるほど、だからこの地に国を築こうとしているのですね」
「え?」
「え?」
どうしてそうなるんだ?
「魔王の国を築くんですよね? それも噂で流れていますよ。たぶん、人間の国でも既に大きな噂となったいるのではないでしょうか。そもそも戦場で名乗りを上げたのですから、そうなるのは必然かと」
「そ、そうか……半分ノリみたいなところもあってそこは若干後悔していたんだが、全部真に受けられてしまっているんだな」
だからサファイアはジト目なわけか。俺が後先考えずに妙なことを宣言したんじゃないかと思って呆れているんだな。実際その通りなわけだが。
自分の中の信念として位置付けるのと、それを対外的に発信して認めさせるのとは全然違う労力が必要だ。手を回す前に俺が力で世界を支配しようと考えている等の解釈が出回れば、それを否定しつつ正確に意図を伝えて回る必要が発生する。そしてそれは効率よく行わないとまごついているうちにネガティヴな印象が瞬く間に国家間で波及していってしまう。
「だが逆にそこまで噂が広がっているならば話は早い。ベル!」
「うん。やりましょう」
「やるって、なにをだ?」
「それは私もお手伝いできることがありましょうか?」
俺は、嫁四人に向かって提案する。
「勿論、国際会議だ!」
★
ーーーーいっぽうその頃、バーゲッド男爵邸にて。
「これはこれは、侯爵閣下がこのような僻地に如何様で!」
「僻地などと。人々の顔は明るく、街の発展もめざましい。男爵の手腕がうかがえるというものです」
中年の男二人が向かい合って話をしている。そして他愛のない世間話を数度重ねた上で、本題に入っていく。
「ご子息もこたびの戦ではたいそうご活躍されたと伺っております。流石、『魔法剣士のバーゲッド』と名高いだけはありますね」
「いやいや、我がせがれなぞまだまだ半人前で。たまたまあの遊撃隊に所属していたというだけですから」
ヴァン=ナイティス騎士爵隷下の一部隊に所属していた息子が"なんか活躍したらしい"というのは男爵も耳にしている。
「そう、そのご子息なのですが」
「はい、本日はもしかして、あやつに何かご用で? もしそうならばすぐに呼んで参りますが」
と、使用人に命令を下そうとした男爵を、侯爵が引き留める。
「いえいえ、これはまだ決定事項ではなくあくまで予定ですので、本人には決まったのちに伝えるべきことだけを伝えていただければ」
「ふうむ。おい」
と、一言声をかけると。息子を呼びつけるためではなく、話を聞かれたくないからさっさと退出しろという意味だと解釈した使用人たちが部屋を後にする。
「ご配慮感謝いたします。では早速ですが本題を」
侯爵は全く謙る感じを出さずにそう述べると、目つきを変えソファから上体を乗り出して顔を男爵に近づける格好となる。つられた対面者も同じ体勢を。中年男二人が顔を突き合わせる様子はなかなかシュールだが、本人たちは至って真面目だ。
「ご子息を派遣していただきたいのです。場所は、王都南部にある小領、ナイティス騎士爵領。そう、あの魔の王を名乗っている男が跡を継いだ村落ですよ」
先ほどの雑談時とは打って変わって何を考えているのか全く分からない表情で淡々と説明をする侯爵の話を聞き、逆に館の主人は顔色を青くした。
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