第229話
それから更に一ヶ月後。
俺たちは一同ファストリア王国首都オーネの王城に赴いていた。一同というのは、勇者パーティやその関係者の面々に加え、各国首領及び要職者だ。
俺が転移で連れて来て回ったため、実質的な移動時間はゼロである。故に忙しいそれぞれの国の事情に配慮しても簡単な調整のみで集まることができた。普通ならば数日から遠ければ数週間はかかる距離をノータイムで移動できるこの瞬間移動の能力は今や俺の恐ろしさを強調する役割を担う一端となってしまっている気もするが、便利なので使わざるを得ない。
この大広間には数百の人間が一堂に介することができる。本来はパーティなどに使われる区画であるが、この時だけは楽しい雰囲気などはどこにもなく、代わりにピリピリと張り詰めた空気が部屋を満たしていた。
なぜかといえば、そう。俺が魔の王マジクティクスなる家名を名乗ったことがすっかり各国に知れ渡っていたからだ。
第二次対ポーソリアル戦争ではかなりの数の国家が参戦していた。通信手段がまだそこまで普及していないこの五大陸間においても広まるのにはそう時間はかからなかった。俺が転移で話をしに行った国の中には、いきなり攻めて来たのかと勘違いして危うく戦端が開かれるところだった国もある。
そのくらい、この北大陸を除いた人間の国々は今の俺という存在に対して警戒心を募らせている。
当然、バリエン王国やフォトス帝国など、俺のことを前から知っている人間(ほぼ勇者パーティのメンバーだが)が要職に就いている国々は表立っては遠ざける姿勢を見せてはいない。だが、その上で俺が何を考えているのか図りかねているようだ。
国と国の関係は『力』によるところが全てと言っても過言ではない。その『力』には軍事、経済、宗教、様々な部類のものがあるが中でも武力は直接命を左右する力であるため、あのエンシェントドラゴンにさえ勝てるのではというくらいの、溢れんばかりの力を手に入れたヴァン=マジクティクスを全面的に信用するような"愚かな"国家は一つも見当たらない。
ではそんな疑心暗鬼渦巻く状況に置いて各国が集まった理由は何なのか? それは。
「皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとう存じます。『第一回五大陸国際会議』はここファストリア王国首都オーネにてこれから一週間の日程にて開催されます。どうぞ最後までお付き合いくださいますようお願い申し上げます」
『第一回五大陸国際会議』、今まで魔王軍の侵攻とポーソリアルという未知の大陸からやって来た国家への対応でこの五大陸の歴史を見ても高度に国際的な連携がなされる時代に突入している。そのため、新たなる脅威がやって来た時にどう対処するのか、人類がより繁栄していくためにはどのような共存共栄の形を目指せばいいのか侃侃諤諤議論する場を設けたのだ。
部屋の奥、上座の方面に登場したのはここファストリアの女宰相キュリルベクレ閣下。そんな今回の国際会議はファストリアがホスト国なため責任者である彼女が司会進行を務めている。なおレオナルド陛下は発言者側のため進行には携わっておられない。
「それでは、まずは議長であらせられるレオナルド=パス=ファストリア陛下からお言葉を賜りたく存じます」
国連の会議場のように二重に作られた円形の卓(外側の円の扉側から内側の奥に向けて国力の順になるよう席次が当てられている)、そのちょうど内側奥の中心の議長席に座す陛下が開会の辞を述べられる。
「この度は急な声かけに対し多くの国が賛同してくれたことを嬉しく思う。何故このタイミングで、と疑問に思うものもいようが、すでに我ら五大陸の国家は『外』からの危険に常に晒される立場となってしまった。また、ポーソリアルから様々な技術がもたらされ、さらには強大な力を持つ存在も現れ国際情勢を変化させつつある。こたびの会議では、私たちが今後どのような治世を営んでいく必要があるのか忌憚なく意見を頂戴したい運びだ」
強大な力、というフレーズの時に俺のことをご覧になられたの気のせいではないだろう。王宮の中でも現在俺という国家が管理できる範囲ではない武力を保有する人物をどう扱うかで紛糾しているようなのだ。貴族派はこれを機に貴族の権力を強めようとするーーつまりは俺を神輿に担ぎ上げるーー派閥と、そんな次元ではなくさっさと封じ込めるべきだという強硬派の二つに。逆に王党派(王族派のことだ)は俺を無理をしてでも王権のもとに徹底的に押さえ込むべきだという意見で一致しているという。
この三つの派閥の意見は平行線であり、一見同じ主張に見える貴族派の後者と王党派も王権が行使されるべきかどうかなどの細かいところで悶着を起こしており意見が全くまとまらないのだ。
「そこで。諸君らも既に承知の通り、此度の戦においてはとある人物の活躍して勝利は成し得なかったと言っても過言ではない。その人物こそ、ここにいる我が王国の騎士爵家当主であるヴァン=ナイティス卿である」
俺は紹介されると同時に、空気を読んで椅子から立ち上がりペコペコと頭を下げる。周りにいる奴らからしてみれば俺がこの場にいること自体が既に空気をおかしくしていると言いたいところだろうが、どうやらソレをわざわざ口に出していきなり会議をめちゃくちゃにしようという
「この勇気ある若者をまずは皆で称えようではないか!」
と、レオナルド陛下が拍手をなさると。
それに追随して、殆どの者は渋々と言った様子で、一部の者は素直に称賛をこちらに送る。
「そして、私はここに宣言する。このヴァン=ナイティス卿の領地、ナイティス騎士爵領を割譲することを!」
えっ!?
「なっ!」
「ファストリア、なにを!」
「貴様、とち狂ったか!」
先ほどの拍手程度ならまだしも、当然の領土割譲の話に途端に大広間を喧騒が包み込む。そのほぼ全てが罵詈雑言と言われても仕方のない心ない言葉ばかりだ。
しかし、レオナルド陛下はそんな反応を予想されていらっしゃったのか、冷静に努めるよう促す。部下の者たちに諭されたりと、次第に声は収まっていくが、この一度湧き立った空気はそう簡単に収まりそうもない。
「今すぐに、というわけではない。かの領地は未だ復興の途中。我が民を見捨て管理を放り投げるわけではない。然るべき時に、然るべき追加支援を備えつつ平和的に割譲しようと考えている。そして当然、この話はファストリア国内だけで収まることでないのも理解の上でだ。南方には領地を接する他の貴族領があり、またそのすぐ下にはサーティライン王国が存在する。国防上のみならず商会や旅人などが使う街道の管理にも影響してくる。よって、今回の会議の議題に、来るべき領土割譲についてという項目を追加してもらいたい。よろしいかな?」
陛下の問いかけに反対する者はいない。しかしそれはつまりこの後俺や陛下が徹底的な詰問に会うことを暗に示していた。
「では、私の話はここで。宰相、進行を再開してくれ」
「御意。では、まず初めの議題から。ポーソリアル共和国とのーー」
一週間続く国際会議においては複数の議題が用意されている。初日は先の防衛戦争の後始末についてだ。これにはシャキラさんやマリネも加わり今後の見通しについて議論がなされることとなっている。
「ねえ、ヴァン。どういうことだと思う?」
一つ目の議題の概要説明を聞いている途中、横に座るベルが話しかけてくる。
「どういうことって?」
「さっきの領土の話よ。まさか、陛下が私たちの頭の中身を覗けるわけじゃあないでしょ?」
「流石にそんな魔法があったら怖いな。でも盗聴をされていて先回りという可能性はゼロではない。今のナイティスは村民が全て移民となっているから、忍び込ませるのはそう難しいことじゃないだろうし」
「そっか……陛下のお考えの真意がわからないわ」
「俺もだ。民主制に反するようなとんでもない提案であるのは間違い無いし、最近王党派がまた力をつけて来ているとは言っても王宮内はもはや陛下が無理強いできる状況じゃない。まさか御身を呈してまで俺に褒美を報いるため、なんて理由じゃないだろうし」
防衛戦争では王党派に属する貴族が結構頑張って、国内での発言力を増すことに成功した。後から聞いた話だが、実は俺の配属された遊撃部隊は厄介払い部隊だったらしいのだ。勿論あのブラウニーくんも含め。それがみんなそこそこ頑張ったおかげで、しかも俺も王党派に属するとみなされているため、一気に盛り返すことに成功したということだ。
「陛下はお優しい方だけど、考えなしの八方美人じゃないわ。何か裏で動いている事情があるはず。私たちがそれに上手く乗っかるか、それとも飲み込まれていいようにコントロールされるか。ヴァンの手腕に掛かっているわよ?」
「恐ろしいことを言うなあ……俺なんて内政はからっきしなのに」
元は日本の一高校生。しかも前世と今世を合わせてもまだ三十四くらいだ。そこまで人生経験が豊富ではないし、何より二度目の人生は人生でほぼゼロからスタート、日本で暮らしていた時と知識や手腕の進行度は変わらない。転生したからと言ってなんでもチートができるとは限らないのだ。
「ともかく、ここはいったん話に乗るしかないだろう。心配なのはファストリアよりも周辺諸国の反応だよ。今の俺の立場じゃ暗殺されてもおかしくないし」
「だって魔王様だものね」
ベルはいやらしい笑顔を浮かべながらわざとらしくそう言ってのける。
「うるせっ」
そんな内緒話をしているうちに、概説は終わり会議は本題へと進む。
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