第225話

 

 二人を伴って、至急本陣へ向かう。すると大勢の人間に取り囲まれた首脳陣が唾を飛ばしながら会議をしている最中であった。


「ですからそのようなプランは認められませんぞ!」


「しかりしかり、余りにも無謀過ぎる!」


「だが、頼らないわけにもいかないだろう? 被害が少なければその分、荒れる国土も少なくて済む」


「我々は連合を組んで戦っておるのです、一国の損益のために力の均衡を崩してしまっては後々に響く!」


「では、あなたはこのままポーソリアルの兵をぐだぐだと時間をかけて倒していく無益な戦法に賛成だとおっしゃるわけですね?」


「骨折り損だけは避けなければならない、それはどのお国でも共通の認識では!? わざわざ遠方までやって来てくださった方々もいらっしゃることですし」


 話を聞くところ、俺の"活躍"を見てこのまま頼るべきかどうかを議論しているようだった。当然ながら大統領敵大将が死亡したことは伝わっていないので、いかにして各国の活躍の場を作るかという派と、そんなのいいからさっさと終戦に向けてこき使え派に別れている。

 海上に浮かぶ敵戦艦は置いておくとして、陸地にやって来た空中部隊や上陸部隊の敵兵達は各国の兵士が既に混戦の中で何人も討ち取っている。だがその功績を一瞬にして消しとばしてしまうほどの衝撃が、俺のパワーアップによってもたらされてしまった。


 故に、このまま戦が終わればファストリアの発言力は高まったまま。それを嫌う各国首脳が今更になってごねているわけだ。戦前の会議で戦後の和平交渉に伴う賠償等の取り分ーー取らぬ狸の皮算用ともいうがーーの大枠は決定されていたが、このぶんだとそちらの方にも話が流れていきそうな気配もしている。


「その点で言えば、我らフォトス帝国は八十万の要員を引き連れて来ています。各国が持ち出した戦力によって差があるのは当然、ファストリアがたまたま強者を保有していたに過ぎません。何でもかんでも平等にしてしまえばいいというものではないかと」


 そんな中、ジャステイズが俺を庇うような発言をする。彼はこちらをチラリと見た後そう述べたため、議論に意識が向いて俺たちに気がついていない他国の首脳よりはまだ精神的な余裕がありそうだ。


「その理屈はおかしいのであーる! 貴殿ら帝国も勝手に過剰な兵力を持ち出して来ただけ。どれほど動員するかはそれぞれに任せてあった故に、そこで決めてしまうのは危険なのであーる。保有する戦力に合わせて、今展開している陣を組み替えるべきなのであーる!」


 だが、そこでまたややこしい水掛け論が始まってしまう。


「その通りだ! このまま突き進めば我々のような弱小国家は金と兵力の無駄遣いだ! 敵の陣形も瓦解して来ているわけなのでこちらもそれに呼応した陣形を展開するべきだ!」


 この話し合いには、単純な戦功だけではない、ポーソリアルの兵が保有しているマジケミクによる魔導機械・魔導具をあわよくば鹵獲し、その技術を利用しようと考えている国家は沢山ある。前回攻めて来たときは表向きの目的のために少々の技術が南大陸の国家にもたらされたわけだが、それはまだ研究中であるし攻められた各国家もここぞとばかりに研究結果を秘匿してしまっている。

 そこに食い込まなかった国家としては、この千載一遇のチャンスを逃したくないと考えるのは当たり前。もしうまくいけば、他の国を出し抜いて強大な戦略をいち早く整えることができるかもしれないかだ。それは、魔王軍が滅んだことにより今後来るべき人対人の戦の時代に対する充分な備えとなり、アドバンテージとなる。


 なので、確実に敵を倒せるよう、兵力に応じて今の陣形を並び替えるべきだと主張しているのだ。勿論名目上は戦力を適切なところに適切な割合振り分けることによりより効率的な反撃に出られるようにということであるが、そんなことを信じている首脳はこの場には誰一人としていない。いかに相手の意見を抑え、いかに自分の意見を押し倒すかに全力を傾けているのだから。


「確かに我々は後方支援合わせて八十万という大人数でここにやって来ました。行程もそれは大変でしたし金銭的な負担も重たいものがあります。しかし、それは純粋に南大陸のことを案じてのこと。それに帝国は各属国からの移民や徴兵権を活用して今回の兵力を揃えてもいます。別に大手を振って歩くためにこのような軍勢を差し向けたわけではありません」


「その通りだ、各国は各国ができうる限りのことを成しこの戦に臨んだはず。我々が言い争っていては命を削って戦ってくれている諸君に申し訳ないではないか。ここは一つ、矛を納めてはくれないか」


 それに乗っかるようにしてレオナルド陛下が仰る。だが。


「そもそもの発端は、貴殿がよこしたあの小僧のせいだろう、聴くところによれば今代の勇者ベルの夫だとも。勇者だけではなくあのような出鱈目な輩を保有していれば強気にもなるし余裕も出るというものだろう。本当におごっているのは、そちらのほうではないのかね?」


 議論に参加していたうちの一人が、唐突にそんなことを言い出す。


「私たちが、貴方がたを見下していると? 流石に被害妄想に過ぎないか?」


「いいや、一理あるのであーる。最初からではなく後からあんなとんでもない魔法を使わせたのも、実はこの戦の功績を独り占めするため予め予定していた行動なのでは? そういえば、レオナルド陛下もお国の中で立場が悪くなっているとの噂が出回っているのであーる。それを見返すためにこの南大陸を、我々を利用したのではないのかと疑う次第であーる!」


 完全な陰謀論だが、百パーセントの嘘ではないのもまた痛いところだ。陛下はいま貴族派閥に押されているという。あのブラウニー君からも色々と話を聞いて、ピラグラス侯爵が言っていたことも満更間違いではないと思った。それだけに俺のことを利用して国内の発言力を高めようとしているのではないかと猜疑の目を向けられるのは両方の意味で苦しい。陛下のお立場的にも、俺の心情的にも。

 隣に立つベルから静かな怒気が発されられるが、俺はその手をそっと握って落ち着くよう宥める。


「皆様、お待ちください!」


 そこで俺は、いよいよ口を出すことにする。本来ならばもう陛下の側近でもなんでもない王国の一貴族が口を出すのはおかしなこと。役職的にも遊撃部隊の部隊長だけだし、言えば中間管理職のそれも下の方だ。しかし大統領の件も併せて、いまここで話をしこの無駄な議論に終止符を打つべきだろう。


「んっ?! お前、確か先ほどのあの魔法の!」


「隣にいるのは勇者では? それと反対にいるのは誰なんだ?」


「ヴァン、ベル、無事だったのか!」


「「「!!」」」


 誰かが口にし、それとほぼ同時に他の首脳陣も俺が誰かを一瞬で理解する。いま議論していた火種の一つがやって来たのだ、当然それ相応の緊張も走る。中には味方だというのに明らかな敵意を隠そうともしない残念な奴もいるほどだ。唯一、いや唯二と言えば良いのか、レオナルド陛下とジャステイズだけはどこか安堵した表情を向けてくれる。自分たちが責められているその矛先が変わったのもあるだろうし、単純に俺達が無事な姿を見せたのもある。


「そうです、あの魔法は確かに俺が撃ったものです。障壁で光線を防いだのも、そして大統領の旗艦に乗り込んだのも」


「旗艦? それは初耳だ、一体どういうことだっ」


「こういうことです」


 突然の情報を訝しむような、咎めるような口調で話しかけて来たその人に見せつけるように、逃げるときにさらっと回収しておいた敵の総大将の首から上……つまりは大将首を無限倉庫から取り出した。


「!!?? そ、それはっ!」


「はい。敵の総司令官である……いやあった、オールドリン=ニュウ=アンダネトのものであります。お確かめに?」


 そう言うと、兵士の一人がこちらにやってくる。彼は確か以前ポーソリアルに向かった時にマリネさんの護衛兼監視役としてついて来た者の一人だ。

 当然この場にいるほとんどの人間は敵国の首領の顔など一ミリも知らないためあらためる役が必要だからだ。


「ま、間違いありません! こ、これは、ポーソリアル共和国大統領のお顔です!!」


 そして、すぐにそう大きな声で断言する。


「「「!!!!」」」


 再度、大きな驚きが場を包む。いまこの瞬間、戦は実質的な終わりを迎えたのだ。


「こ、んな、ばか、な!」


 言葉も途切れ途切れに驚きを表す者や。


「どうやって敵旗艦に……あれだけの数の船を掻い潜りながらとは」


 改めて俺の強さを認識する者。


「流石だ、この戦一番の戦功に値する!」


 素直に褒め称える者(まあこれはごく一部だったが)など。

 先ほどまでの不必要としか思えない喧騒とはまた違うざわつきで本陣内作戦会議場は包まれる。


「みなのもの、とりあえず落ち着こうではないか? それで、私たちはどうすれば良いのだろうか、敵大将の首は確保したは良いが戦後処理を任せられる者がポーソリアルにはいるのかね?」


 レオナルド陛下がお訊ねなさる。


「念のため、旗艦にいた他の敵兵は生かしております。また艦橋に重要人物全員がいたわけではなさそうなので、まずは降伏の意思を確認し、その後担当者を呼び出せば良いでしょう」


「うむ、そこは従来の戦と変わらないな。ではーーーー」




「ーーーーお待ち下さいっ」




 首脳陣へ対し場の採決を摂ろうとした陛下を遮るよう、少し大きめの声が俺の隣の人物から掛けられる。


「ん、そういえば貴殿はどちら様かな?」


「そ、そうだ。誰なんだ一体! そっちにいるのは勇者ベルなのはわかるが、見たことがない顔だぞ? 他の方々は?」


「我もであーる」


「同じく」


「ですね」


「それでヴァン、その方は?」


 ジャステイズが訊ね、それに呼応するように金髪の女性が名乗る。


「私はシャキライネ=セビョンイ=マドルナ、ポーソリアル共和国の第四参謀を務めさせていただいておりますわ」


 ざわり、と再び険悪な雰囲気が戻ってくる。当然先ほどのように味方に対してではなく、突如名乗りを上げた敵の要人に対して向けられた空気だ。

 そして、各国首脳を守るように控えていた護衛の近衛兵達が一斉に武器を構える。勿論俺やベルに対しても向けられている。もしもこちらに反逆の意思があり、あえてこの場に姿を見せたのだとしたら大変なことだからな、当然の反応だ。


「そういきりたたなくてもよろしいのでは? 私はポーソリアルを代表して提案いたします」


「ふむ、伺おう」


 落ち着いた様子で、この場の代表者であるレオナルド陛下が問いかける。




「我がポーソリアル共和国は、現時点を持って貴国ら中央地方連合軍へ降伏の意を示させていただきますわ」


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