第224話
「ーーーーなっ!」
そう叫んだのは、誰だったか。この場にいるすべての人間の声だったかもしれないし、そんな一言を漏らす者は実はいなかったのかもしれない。だがそのくらい驚愕に満ち満ちた雰囲気が、この司令室を一瞬で包み込んだのだ。
理由はそう、たった一つ。俺が敵艦から放たれた数多の光線を受け止めるため瞬時に展開した障壁により、逆に攻撃を行ったそれらの艦が一隻残らず撃沈されてしまったからだ。ただし当然、この旗艦は除いてだが。
「ふぁん、
「き、さま! 化け物か!」
さしもの大統領様様も、さすがに驚きを隠せないようで。先ほどまでの鷹揚とした態度とは裏腹に汗を滲ませながら怒気を飛ばす。一方その斜め奥に立つベルは目にハートを浮かべてご満悦の表情だ。俺のパワーアップを我ことのようによろこんでくれている。
「何故俺が受け止め切れないと思ったんだ? 多少の遠隔地だろうと障壁を張るくらいは余裕だぞ?」
陸地を襲いかかった紫の光を跳ね除けるため敵味方関係なく守るようにドーム状に展開したわけだが。おそらくこいつらは俺がこれほど巨大な障壁を張れるとは思っていなかったに違いない。それも、本当に瞬時に反応して見せたのだから渾身の一撃が通用しなかったショックは如何程のものか?
「ありえん! あんな巨大な魔法障壁を展開するなど、我らのもつマジケミクであっても不可能だ! まさか、同程度の強さをもつ輩がまだ戦場に潜んでいるのか?」
「ふっ、だとしたらどうする?」
「……はったりだ、だがもしそうだとしてもこやつの強さが際立つだけ……ぐぬぬ、仕方ない、おい!」
最高司令官である大統領の命令により、捕らえられたベルの首元に例
「なにをするっ」
「ふっ、いくら貴様が超人的存在だからといって、首元に接触させた状態での発砲を止められるかな? 無理ならば大人しくここで殺されろ。貴様さえいなければ、あとはゴミ屑の山も同然なのだからな」
「くっ……だが、そんなことをしてどうなる! お前たちは名目上俺たちの文明を開化させにきたはずだ。その対象となる者たちを殺戮してしまっては元も子もないぞ?!」
「はっ、はっはっはっ……はっはっはっは!」
すると大統領は大口を開けて、まるで突然面白いギャグを目の前でやられたように笑う。
「そんなこと、誰が信じる?」
「は?」
そのまま、こちらに近づき目の前で言い放つ。
「すべてはこの戦を始めるための方便だ、そんなこともわからないのか低脳な野蛮人め? 理屈なんてどうだっていい、国民が納得するそれっぽい開戦自由を打ち立てただけだ」
「……やはり、か」
ーーーー既にマリネさんから一通りの事情とそれに基づく考察を聞いていた。その通り、この戦の本当の狙いは、戦そのものにあったらしい。口減らし、麻薬などの人体実験、新造武器の実地試験等々。この大規模な戦争も所詮は今後の"覇権国家ポーソリアル共和国"を見据えた壮大なデモンストレーションの場に過ぎなかったのだ。
「だが、マリネさんはどうなる! 彼女やその部下は少なくとも、疑わしい情報は有りつつもこの戦をお前からの厚い信任の裏返しだと感じて懸命に働いていた。そんな愛国者の想いまですべて不意にするというのかっ」
「そうだ。先ほども言ったが、だからどうした? 娘など、所詮は使い捨ての駒に過ぎない。たとえ肉親であろうとも大義の前には有効活用されてしかるべきなのである!」
ん?
そう大統領が言い捨てた瞬間、ベルとは反対側の後方に立つシャキラ参謀の表情が途端に険しいものとなる。
「しかもあやつは知り過ぎた。作戦に集中させるためあえて不必要な情報は伏せておいたというのに、自力でたどり着きよって……しかも極め付けに貴様に惚れているというではないか? 敵に絆される司令官など言語道断、もはやアンダネトの名を名乗る資格すらない。これから一生国を売った人間として蔑まれていくのだからな、捕虜としての価値ももうあるまい。未だそちらで捕らえているのだろう? 好きにしたまえ」
先日の交渉の席では、彼女を暗殺し俺たちに責を押し付けるつもりなのだと語っていた。つまり前々からマリネさんはこいつの中で既に家族の情など一切ない使い捨ての存在に成り下がってしまっていたのだ。そんなマリネさんのほうも、父親の変わりように戸惑っていた風なことを述べていた。
親子のすれ違いは決定的なものとなっていたところを、あの時の暴露でさらに確定させた。故に味方の前でもこうして好き放題に言えるのだろう。
だがあくまでも大統領は(自分の中で)俺や彼女の全責任にするつもりらしい。それならば余計とくれてやることはない。俺の庇護下に加え一生護ってやればいいだけの話だ。もちろん、本人が俺の他に好きな人を見つけたならば、その時は快く送り出せばいい。
「そうさせてもらう。彼女の身柄はこちらで預かる。では、なにが交渉材料になりうるのだ?」
「ふうむ、そんなの一つに決まっているだろう? 貴様ら連合軍の降伏、それのみがこちらの要求だ」
「あくまでも戦争の形にはこだわるというわけか?」
「戦に金はつきもの。飛地の財を利用し本土の経済を活性化させる、これも我々のプランの一つであるからな」
正しく植民地政策そのものだ。だとすれば、不必要な人間は処分される可能性だって出てくるな。
「そんな要求が飲めると思うのか? ポーソリアルに降伏するということはすなわち、国家そのものを明け渡せという要求に他ならないだろう」
「よくわかっているじゃーー「ヴァン、私のことはいいから! さっさとやっつけちゃって!」ーーないか……なにっ? このおんな!」
いつのまにか猿轡を外したベルが、そう叫ぶ。
「なにを言っている! そんなことできるか!」
「次しゃべったら、本当に殺すぞ!」
兵士の一人が、その開いた口に銃口を突っ込む。
「余計な真似を。でもこれで交渉がしやすくなったな。この女はこう言っているが、貴様はどうするつもりなのだ? 気安く見捨て、我々を殲滅するのか。女のために、国を売るのか。二つに一つだ!」
大統領は、勝ち誇った満面の笑みで宣言する。停戦を蹴って宣戦布告をした時と同じ、自分に酔っている人間の顔だ。
「……そんなの、そんなの決まっている! 俺が護るのはーー」
「ーーーーやっ!」
「ごばぁ」
「「「!?」」」
決断を口にしようとしたその時、大統領の首と胴が離れ、勢いよく血が吹き出した。
「がっ」
「おげぇ」
それだけではなく、ベルのことを拘束していた兵士達までも床に倒れ伏す。その間、実に一秒あるかないか。
「なんだ!?」
艦内に今ほどまでとは別種の緊張が走る。新たな手勢がやってきたのか? しかしそうではなかった。
「マリネ様を……マリネ様をお助けします!」
!! 今だ! 俺は、場の空気に乗じて
そして一度陸に向かい、二人を安全な地点で降ろした。
「それで、どうしてこんな真似をしてくれたんですか? シャキラ参謀」
アンダネト大統領を殺し、他の兵士達までも死体に変えてしまったのは、司令室に入ってきてからずっと大統領の後ろにいたポーソリアルの第四参謀殿だった。
「ですから、私はマリネ様をお助けしただけです。もしあの時点であなたがどちらを選んだとしても、マリネ様はきっと助かっていなかったでしょうしね」
「確かに、その可能性はある」
「そういうことです。ですから私はマリネ様が味方につかれたあなたの味方をすることにしました……か、勘違いしないでくださいね!? 別にあなたのことはなんとも思っていませんのでっ!」
と、デカパイ金髪美女はテンプレートなツンデレ台詞を言ってのけたのだった。
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