第239話

 

 女神ドルガドルゲリアス様から異世界転生とその転生先についての細々とした説明を受けた私は、いよいよ新たな命を授かることになります。


「先ほども申しましたが、貴女がどのようなところにどのような形で転生するかはわかりません。魂の流入というのはインポート先に与える影響が出来るだけ少なくなるように自動的に調節されますので、判っていることは赤子として生まれ落ちるということのみです。そこからの人生は当然、貴女一人で切り開いていくもの。残念ではありますが、私たち神が一々干渉していては悪い影響を及ぼす可能性も高いものですから」


「丁寧で繊細な飴細工を加工しようとして金槌で全力で曲げようとするようなものでしょうし、その点に関しては理解できます。世界という物質はそれだけ、微妙なバランスの上に成り立っているのでしょう」


「ええ、物わかりの良い方は助かります。時たま無駄にごねる方もいらっしゃらないわけではありませんので……」


 実際、過去に幾度とクレーマーと化した転生者を宥めてきたのでしょう、その表情からは心の底から安堵する様子が見られます。


「ですが、一つだけ特典があります。それは記憶を保ったまま転生できるということです」


「えっ? そのようなことが可能なのですか?」


「そうなんです〜! これは私という『神様』の特権でですね、他にも色々といじれる項目があるのですが……あ、もちろん世界に影響を与えないくらいですよ? 絶世の美女にしてくれだとか、不死身にしてくれだとか、そういうのは無理です。せいぜい筋力の成長が速くなる体に、や病気に強い体に、程度でしょうか」


「なるほど、普通の人間としておかしくない程度の調節は可能だということですね?」


 地球でもそういう人たちは沢山いましたし、努力で伸びる幅を増やしてもらうのはいいかもしれません。


「本当に理解が早くて助かりますね♪ それで、何かご要望はありますでしょうか?」


「そうですね……ですが、私としましては何か望もうとは思いません。生まれ持った才能を生かし、新たな人生を歩もうと思います」


 確かに、神様から能力を貰うのはとてもありがたいことでしょうし、今から転生する先の世界で有利に働くでしょう。ですが、私としては今のままの私で満足していますし、ありのままの自分を活かして生きてこその人間だと思うのです。


「それに、これは私の勝手な想いなのですが……あの人には、この私を見て欲しかった。他人から与えられた力でのし上がるのではなく、この身のままの私に振り向いて欲しかったという気持ちがあるのです。当たり前ですが、もう地球には戻れません。あの人がどうなったかはわからないのですが、もしまた会うことが出来れば……今度こそ、私自身の力で少しでもこちらに気を向けてくださったら嬉しいですから」


「なるほどねぇ、甘酸っぱいなあ〜〜」


 ドルガ様はニヤニヤとしつつこちらを眺めます。神様もこんな顔をなさるのですね。


「うんうん、そう? わかった、じゃあその想いを汲んで何か貴女の体に特別なことをするのはやめておくわ。それじゃあ、もう長話していてもなんでしょうしさっさと転生させるけど、準備はよろしいでしょうか?」


「はい、いつでも。よろしくお願いします」


 私が頭を下げると、その足元を取り囲む形で突然光の輪が現れます。


「それじゃあ、いってらっしゃい」


「女神様もどうぞ御健勝で」


 そして私は、新たな世界に飛び込んだ。






 ★






「おお、生まれそうなのか?!」


「はい、陛下」


「そうか、そうか……うむ、楽しみだ」


「はい、陛下」


 偉丈夫が上段に備え付けられている玉座に腰掛け、鷹揚に頷く。


「ふふふ、やはり子供が産まれるというのは嬉しいものだ。あいつもねぎらってやらなければな」


「はい。王妃陛下には是非お言葉をかけられることをお勧め致します。今後の我が国の安寧のためにも」


 その斜め前に跪く女性は、真顔、というよりも無表情かつ無感情な声色でまた一切の淀みなく淡々と応える。


「そのような意味で言ったわけではなかったのだが……確かに、私は王だ。家庭内の円満だけではなく、その先も見据えなければならない。こたびの赤子もただ単なる一人の人間ではない、このファストリア王国の第三王女となるのだからこれから歩む人生が平穏無事でないことは確かだろう」


「はい、陛下」


「ともかく今は、父親として、そして国王として我が娘の生誕を祝おう」


「はい、陛下」


 そして会話が終わった数分後には、部屋の中には誰もいなくなっていた。





 ★






 ――――ここは……?


 …………暖かい


 …………でも、狭い……!


 ――――苦しい、早く出たい!!



――――――――――――――――!!!!





「――――おぎゃぁ、おぎゃあ!!」


「わあ、泣きましたよ、良かったですね王妃陛下」


「ええ、ええ、ありがとうみんな。もう何回も出産は会見しているけれど、こうして無事に産ますことができて嬉しいわ」


 誰かの会話が聞こえる。それと同時に、自らの身体を抱えられているのもわかる。


「それにしても、元気なお子様ですね! これは将来きっと有望な王女殿下へと成長なされることでしょう!」


「ありがとう、お世辞でも嬉しいわ」


 王女、殿下? 一体誰の話をしているのでしょうか?


「いいえ! お世辞などではありません。私どもも今後とも誠心誠意お世話をさせていただきます故、まずはお預かりいたします」


「頼むわ」


「御意」


 すると、私の身体が誰かに手渡されます。まだほとんど目も見えず、耳と肌感触でしか情報を得ることができないのですが、だんだんと自らの置かれた状況を理解し始めます。




 え、私、お姫様になっちゃったんですか!?




 会話の内容が明らかに私のことを指しています。聴き間違えでもないでしょう、王妃陛下だとか、王女殿下だとか、その手の高貴な単語を耳にしました。ということはつまり、今この誰かの腕に抱き抱えられている私こそが、その新生児なのでしょう。


 さらに、驚き戸惑っているうちに私の身体が洗われていきます。数分もすれば、自分の出せる声が要領の得ない喚き言葉程度のものだけだということもわかります。転生はうまくいきました、ですが、その身分がまさかお姫様だとは……

「どうぞ、お綺麗になられましたよ!」


「ええ、ありがとう。ほら、もう一度呑みなさい? 今後はあまり構ってあげられないかもしれないけれど、少しくらい母親らしいことをしてあげたいから」


「うええぇん、うええぇん、ふええ〜〜! ふぇっ?」


 そんなつもりがないのに、己でも知らないうちに泣き声を上げてしまっています。ですが、次に口に当たる感触に一気に気を取られた私は、その大きな突起を(といっても赤ん坊基準ではありますが)口内に含みます。


「んん、よしよし、たんとお飲み?」


「んぐ、んぐ、んぐ」


 ちゅーちゅー、と懐かしい感触。これは……哺乳瓶? 違いますね、母親の乳房でしょうか? 喉ごしのよい液体を、少量ではありますが一生懸命に摂取してお腹に向かって流し込みます。恐らくは母親たる王妃陛下に授乳を受けているのでしょう。


「はい、ポンポンと」


「け、へ、け、けぷうっ」


 恥ずかしい、などとはいっていられません。少し苦しかった空気が肺の中から抜けていくのがわかります。これで私も、一通りの新生児の儀式を受けたということで良いのでしょうか?


「では、陛下、またこちらで」


「うん、気をつけてね」


「はい、陛下もどうぞご無理なさらずお身体を休ませてくださいませ」


「ええ、少し眠いわ、元気でいるのよ、『エンデリシェ』……」


 そして私は、どこか別の部屋に連れて行かれます。


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