第235話
「何を言うかっ! まさか、かの者の武力を自国に取り入れようと画策しているのでは!? これはいけませんなっ、この和平調停をまとめようと言う場で宣戦布告まがいのことを許すとは、ファストリアはどう対応なされるおつもりですかな?!」
ある国の代表が机を叩いて立ち上がり唾を飛ばしながらそう勢いよく捲し立てる。
「そうだそうだ!」
「身の程を知れ!」
「喧嘩を売っているのか!」
それを見て同調した国々も、一斉に騒ぎ始める。
「落ち着いてください皆さま。何も、我がポーソリアルの武力増強を狙ってのことではありません。むしろその逆であります。皆様の心の支えである勇者ベル様。そして、その身に秘めていた力を解放され見事我々を打ち破られたヴァン様。お二人に我らの領土を明け渡すことにより、その功績を称えるとともに不幸な争いが二度と怒らないよう内部から監視していただきたいのです」
「だがそんなのは詭弁に過ぎない。その者たちも結局は我々と同じ人間、財や権力を与えられれば共和国に容易に絆される危険性は十分あるのでは?」
「その通りっ、領土の割譲はむしろそれを助長する行為では!? もし本当に貴国の暴走を止めるためとおっしゃるなら、個人にではなく連合軍の駐屯地を作るのでも構わないではないか! それに勇者が人類の希望であることを知りながらこの五大陸から離そうとする提案を飲むと思ったのか? 武力だけではなく権威まで取り込もうとするとは、反省する気がないと見られても仕方がないぞ」
シャキラさんの言い分は火を注ぐように余計と反発を招いてしまう。というか俺は今回の提案について本当に全く一言も聞いていなかったのに、当事者を放置して勝手に議論を始めないでほしい……
「みなのもの、落ち着くのだ!」
と、そこにレオナルド陛下が声を挙げられる。魔法を使っているのだろうか? 会議場いっぱいに響く声に注目が集まり、途端に騒めきが収まる。
「シャキラ殿。その提案は残念ながら呑むことはできない。当然後者もだ。少なくとも現状の我々はポーソリアルまで長距離航行する余裕はなく、もし仮に駐屯地を作ったとしてそこに留まる者たちが捕虜に取られた時、すぐに取り戻す用意ができない。またナイティス卿を派遣する場合も、今の魔物の生き残りが各地に潜んでいる状況では大いに不安が残る。彼にはまだ私たちの仲間でいて欲しいのだ」
陛下はシャキラさんではなく、今度は俺のことを見つつ話を続ける。
「実の所、領地を割譲しようと考えたのも、その点が大きい。現金な話ではあるが、卿に財を与えることにより少しでも長くの間味方になっていて欲しいと考えたのだ。今王国は復興の最中にあるが、派閥争いにより一つにまとまらない現状では為し得るべきこともなし得ない。それは国対国の関係も同じことだ」
「つまり陛下は、俺に五大陸間の極めて中立的な存在であって欲しいと、そう仰るわけですね?」
「その通りだ。王国が割譲する領土には恩義を感じる必要はない。いやむしろそれを役立て、人類の監視拠点にしてもらって構わない。こたびの国際会議を見ていてもわかることではないか? 無意味な争いを繰り返し、己の身を自刃で傷つけてばかりいる。北の大地からやってきた魔族にいいようにしてやられたのも、二十五年前の戦により疲弊していたところを狙われてしまったからだ。残党がやってきた時も、本来であれば南方面には不必要なはずであった物資をここぞとばかりに集め、北の要塞に十分な支援が行き届かず魔物の暴走を招いてしまった。もはや、二度と同じことを繰り返してはならないのだ。敵は人間だけではない、いつかまた現れるであろう魔王という存在から身を守るためにも、真の意味で人類の旗頭になる存在が必要。それが、ヴァン=マジクティクスであるのだ」
陛下の話は、為政者としての心苦しさが滲み出ていた。当人は名君だと持ち上げられてはいるものの、その周りにいる者たちが『権謀術数渦巻く王宮』を作り上げてしまっている。その結果、いまだに派閥ができては融合し、また別のところから湧き上がり、と国力を削ぐ結果になってしまっている。
その良からぬ状況を改善するための"劇薬"が俺であるのだと。
「しかし、自国の利益を求めるのは国家として当然! もし仲良しこよしがしたいのであれば、国などと言う枠組みは無くしてしまえばいい。だがそんな簡単な話ではないことは貴殿も充分に理解されているはずなのだが?」
出席者である首長の一人が反論を展開する。
「その通りだ。ポーソリアルの領土割譲も裏を考えずにはいられないが、ファストリアの領土割譲にも何か上手い話があるのではないか? ナイティス卿はあくまでも貴国の貴族。一時期とは言えレオナルド殿の近くに身を置いていたとも聞く。何か話が既に通っていて、この会話自体が仕組まれた演技だという可能性は否定できないだろう」
話がまたファストリアを責める方向に傾いてしまっている。
シャキラさんも己の提案で他国が窮地に立たされ戸惑っている様子だ。
「そんなことはない。私は全てを本心で語っている。王としての発言に責任を持つのは当然だ。民に対しても、貴殿らに対しても嘘偽りをつくことは一切ない」
「だが、このナイティス卿があれだけの馬鹿げた力を持っていたことは認識していたのでは? 出なければ、このような場にいることはないだろう。全てが巡り合わせで起きたことだというのはあまりにも不自然かつ強引過ぎる論理だ」
いや、本当に偶然の積み重ねでこうなってるんですけど……指を差されたって誰にも答えられやしない。だってそんな事実はどこにも存在しないのだから。
俺だって生まれた時から勇者様を目指してはいたが、ベルが代わりになってその後努力を積み重ね、そして人との出会いを経て今の立場を築いている。王宮から台本を渡されこの席に座っているわけではない。要らぬ謗りを受ける謂れはない
「お待ちください。俺は別にそんな策謀を巡らしてなどおりません! レオナルド陛下は確かに俺に早いうちから目を掛けてくださいました。ですがそれは純粋にこちらの能力を見極めてのこと。陛下の御慧眼とも呼ぶべき人を見定めるお力は何の影響も受け手はおりません。これは要職に登用された俺自身が確信を持って断言できる情報です」
「当事者が言い繕ってもなんの証拠にもならない。それに卿がたとえそう思っていたとしても、実はかの国の中で手駒にされていたという可能性はないのかね? 知らぬは亭主ばかりなり、むしろ同情すら覚えよう」
「左様左様!」
「一理あるな」
「私はヴァンさんの発言を支持いたします!」
「ポーソリアルは口を出すなっ。これは我々の問題だ。貴国の領土を割譲する話と、ファストリアが策謀を巡らせていた可能性とは全く別の話だ」
「なっ、あまりに横暴な!」
反論を重ねるが、火に油なようで。余計と議論をややこしくしてしまう。くそっ、どうすれば!
「――――何やら騒がしいのぅ」
ん!?
突然、聴き覚えのある声が耳に入る。しかしそれはこの場にいるはずのない人物の声色だ。
「エンシェントドラゴン……様!?」
「「「「!?」」」」
ベルがいの一番に口にすると、皆の視線が円卓の真ん中に集まる。おかしい、今俺たちはこの丸テーブルを囲んで議論していたはずなのに、その中心にいるこのお方に気がつかなかったなんて! まさか、幻惑の魔法か気配を消す技術を使っていたのだろうか。
「久しいな、少年、そして女勇者よ。それにしてもわざわざワシが顔を見に来てやったらなんという有様なのじゃ? くだらない言い争いで時間を無駄にするとは実に滑稽」
「な、なっ」
「静かにしてくれんかの?」
「にをむぐうっ」
怒りをぶつけようと椅子から立ち上がった一人の首長の口が、一種にしてチャックを閉めたようにひっつく。そしてそのままロボットみたいに奇妙な動きで再び着席した。
「さて、話の流れはだいたい理解しておる。そこで提案じゃ。その少年、いや、青年と言ったほうがいいじゃろうか? こやつを我が竜の里で預かろうと思うのだがどうじゃろうか?」
エンドラ様は片眉を釣り上げ、落ち着いた雰囲気のまま笑みを深くした。
★
<こちらスラッシュダブル。目的地付近に潜入完了>
「了解。引き続き潜伏を続行せよ。指示を出したら突入し一気にカタをつけるのだ、いいな?」
<わかっております。どうぞお任せくださ……なにやつ!>
「どうした、スラッシュダブルっ!」
<ぐあ、やめ、へぶっ。こここ、こうさんします! しますかりゃぁああぁぁあぁぁおおおおおごごごごごぎげきゃ>
「スラッシュダブルっっっっ、スラッシュダブルーーーーー!」
この日、一体の魔族がこの世から消滅した。
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