第11話
――――ガチャッ、バタン。
「へえ、ここがヴァンくんのお部屋?」
俺はベルちゃんを俺の部屋に案内した。ベルちゃんはやたらと元気に構ってくるものだから少し疲れてしまった。実はベルちゃんが俺の部屋に来るのは初めてだ。何故かというと、俺の部屋は二階にあるのだが、互いの親やメイド達から『出来るだけ目の届く範囲にいて欲しいから一階で遊びなさい』と厳命されていたので、俺も危ない橋は渡るまいと、言いつけをきちんと守っていたからだ。
「うん、そうだよ。どうかな?」
「良いお部屋だね! あっ、これはなーに?」
ベルちゃんは床に落ちていた俺のおもちゃを弄りだす。家族を模した人形のおもちゃだ。異世界と言えどもなかなかのクォリティで、初めて見た時は驚いた。何か魔法による加工技術でもあるのかもしれない。
「人形だよ? そんなに珍しいかな?」
「ううん、私の部屋にも同じようなものがあるけど、もっと変なのしかないから……」
「変なの?」
「何か、鬼とか狼とか、そんなの……全然可愛くないの……」
ベルちゃんが苦々しい顔をして呟く。何だそれは、一体誰のセンスなんだ? 女の子なのだからもう少しまともなおもちゃを与えたらどうなんだ……
「へ、へえ。そうなんだ。あ、じゃあ良かったらそれ、あげるよ!」
「本当!?」
ベルちゃんはパッと顔を上げ俺に問い直した。
「うん。好きに使って良いよ。他にも色々なおもちゃがあるから、どれでも好きに遊んで良いからね?」
「わーい! ありがとう、ヴァンくんっ!」
そうしてベルちゃんは暫く人形で遊んでいた。そして数分経った後、ベルちゃんは人形を手放し、俺の傍に寄って来た。
「ベルちゃん、どうかな? これから一緒に生活出来るよね?」
「うん! 楽しいね、このお部屋! でも、私の部屋より小さい……」
が、がーん! そ、そんな!
「べ、ベルちゃんのお部屋はここよりも大きいの?」
「うん。っていうか、ベルちゃんは止めて。ベルで良いよ」
「そう?」
「私もヴァンて呼ぶね?」
「うん。よろしくね、ベル」
「こちらこそ。で、私の部屋は多分この部屋の三倍くらいあったと思う」
「さ、三倍!?」
「そんなに驚く事?」
「だって、3倍って言ったら、36畳……」
「畳……?」
「ああ、気にしなくて良いよ」
危ない、つい日本人の感覚で比較してしまった。俺の意識で行った日本語は受け入れられない事がある事は既に知っていたのに、うっかりしていた。
「ふーん。そういえば、畳ってなんであんなに草の匂いがするんだろうね。お婆ちゃんの家に行ったらいつも懐かしい匂いがしていたなあ……」
「へえ、お祖母様はどこかの田舎暮らしなの?」
「うん。山形県に……」
ベルは答えながら不思議そうな顔をする。何故だろう?
「どうしたの?」
「え、だ、だって、気づいていないの?」
「何が?」
「山形県……畳……日本語、だよね?」
………………
「サア、ナンノコトデショウカ?」
「誤魔化さなくて良いよ。貴方、転生者なんでしょう?」
「テンセイ? ガリョウ?」
「あれ、本当に知らないの? もしかして大昔の人とかなのかな? でも山形県は分かるし……」
「嫌、平成だよ……あれ?」
「ふふん、やっぱり」
お、おかしい、何故違和感がないのだ? いつもはこんなペラペラと話すはずないのに……まるで操られているかのように日本の話をしてしまう。
「あ、あの、その……」
「ヴァン、私も転生者なんだ!」
そう言ってベルは俺の手を取り近づいてきた。
「へ、へえ」
「平成生まれの女子高生で、五年前に事故で死んだ後、女神様に生き返らせてもらったの。ヴァンは? もう、隠さなくても良いから」
ベルはさらに近づき俺を問い詰めてくる。もう後戻りは出来なさそうだ。何故うっかり
「お、俺も、平成生まれの高校生だ。同じく事故で間違って殺されて、転生したんだ」
「間違って?」
「ああいや、何でもない。あの、そちらの名前は?」
「まず貴方の名前から聞かせて?」
「え? 何で?」
「良いから良いから、ね?」
「は、はあ。九重ハジメだ」
俺は正直に本名を打ち明けた。何故か先ほどから嘘をついてはいけないという強迫観念のようなものが生まれてしまっている。明らかにおかしいのだが、争う事ができない。
「え? こ、ここのえ、はじめ?」
「うん? 嘘じゃないぞ?」
ベルは急に目を見開きそのまま固まった。どうしたんだ?
「わ、わわ私の名前は……や、八重樫。八重樫、凛、です……」
……は?
「りっ、凛て言ったか、今?」
「は、はい……」
凛と名乗るその転生者は、目線を床に向かって下げる。俺は続けて問うた。
「に、日本のどこに住んでいたの?」
「埼玉」
俺と同じだ。
「高校は?」
「鷲腹学園高等部」
……俺と同じだ。
「く、クラスは?」
「一年B組……」
…………お、俺と同じだ。
「誕生日、は?」
「6月18日。そっちは?」
凛さんは俺に向かって逆に質問してきた。俺は相変わらず拒否する事ができず、すらすらと答えてしまう。
「埼玉の鷲腹学園高等部一年B組、出席番号は9番。誕生日は前世でも今世でも5月21日、です」
ああ、言ってしまった。これは後戻りできないぞ。して瞬間、凛さんは顔を再び上げ、俺のことを見つめてきた。
「……ハジメちゃん、なの?」
「凛、なのか?」
俺たちは互いに見合う。
「や、やっぱり、ハジメちゃん!」
「うおっ!」
ベルこと凛は俺に抱きついてきた。俺は慌てて抱き留める。
「良かった、良かった、また会えた……私、私、ずっと怖くて寂しくて、この世界に来て不安だらけで、でも貴方のことを初めて見たときに、何か頭の中に温かいものが流れ込んできて……五年間、ずっとこうしたかったよ、ハジメちゃん……」
「凛……」
俺は凛のことを抱く力を少し強める。端から見たら子供がじゃれあっているように見えるであろう。
「ぐすっ、ハジメちゃん、ううっ……」
凛が遂に泣き出してしまった。我ながら良く冷静でいられるものだ。
その後、俺は凛が落ち着くまで背中を撫で続けた。
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