第10話 5歳

 


 4年後、俺は5歳になった。当たり前だが、走ることもでき、話すことも出来る。お陰でお父様の書斎にあった魔法に関する本を、ソプラの目を盗んで読み耽る時間を作れるようにもなった。

そのお陰か、俺は少しずつ魔法を使えるようにもなっていった。


唯、家族の前では未だ使うところを見せてはいない。余計な刺激を与えてしまったら、怖がられてしまうかもと思ったからだ。あの1歳での一件以来、俺は少しの間異常に魔法について期待されていたのだが、そもそも赤ん坊が魔法を使うような状況が起こらなかったというのもあって、次第に伸び伸びと育てられる方向に戻っていったのだ。


 まあ、そんなこんなでソプラやお母様と色々と遊びつつ、日々を楽しく過ごしていった俺であったのだが……


「そう、ですか……わかりました。お引き受けしましょう」


「すまない、私としても心苦しいのだ。この時勢、地方都市であっても拠点となりうることがわかってしまった。私は平和な世が好きであったのに、どうしてこうなってしまうのか……」


 ドミトリンさんが嘆いている。理由は簡単だ。魔王の侵攻が遂に中央大陸セントレアの北端にある街を討ち破って更に内部へと進んだのだ。そしてそのため、北側にあるドミトリンさんの治める街が戦略拠点として使用されることになり、ドミトリンさんはその陣頭指揮を国から任されることになった。そのため、娘であるベルちゃんを南側にある我が家へ預けに来たというわけだ。


 何故、男爵であるドミトリンさんが街を治めているのかというと、それは歴史が関係してくる。かつての初代魔王を倒した9人の英雄、その末裔はプリナンバーと呼ばれ、ドミトリンさんの家名であるエイティアは8番目の英雄の末裔であったのだ。これは書斎にあった歴史の本で読みわかったことである。

 更に、俺の家名であるナイティスは、9番目の英雄の末裔であった。つまり、俺はそんな魔王討伐の英雄の子孫に当たるわけだ。これには本当に驚いた。ドルガさんの采配がどういうものだったのかはわからないにしろ、余りにも出来すぎていると考えるのは行き過ぎか?


 まあ、とにかくそんな訳で今ドミトリンさんはお父様と交渉しているわけだ。因みにベルちゃんのお母様であるアリアさんも一緒に指揮をとるらしい。これも国からの命令とのことだった。


 プリナンバーの1番目はこの騎士爵領である農村ナイティスがある国、また、ドミトリンさんの治める商業都市、男爵領エイティアがある国でもある、ファストリアの国王の家系であるのだ。更に更に、王妃は2番目の家系。つまりこの国は英雄の末裔が支配するある意味独裁政権でもある。まあ、騒乱や暴動が起きた記録もないから上手く統治しているのではあるのだろうが。


「いえ、いつかはこうなっていたのです。其れが早すぎただけで……娘さんの、ベルさんの言葉は責任を持って育てさせてもらいます。どうかご安心……は失礼ですね。気を落とさず、頑張って下さい。私もプリナンバーの一員として何か出来ることがあれば手伝いますので」


「すまない、ありがとう、ありがとう……」


 ドミトリンさんが泣き出してしまった。初めて見る光景だ。3ヶ月に一回はエイティア一家がこの村を訪れていたが、ここまで弱音を吐くドミトリンさんを見るのは初めてだ。3回目の訪問時に、誤ってベルちゃんをまた落としそうになった時に、アリアさんにこっぴどく叱られていた時以来か?


「ぐすっ」

「旦那様……」


 すっかり仲良くなったソプラとアルテさんの2人はこぞって泣いてしまっている。何だか姉妹みたいだ、勿論ソプラが妹だが。


「貴方、私も手伝いますから……ドミトリン様、平和な世のために、どうかお願いします」


 お母様がドミトリンさんに向かって頭を下げる。


「承知致しました。必ずや、魔王をしり退けてみせましょうぞよ! くよくよしていても仕方がありませんな! 私はこれにて! ううっ、べ、ベルをよろしく頼みしたぞ!」


 ドミトリンさんはそう言って玄関から出て行った。振り向いた時に涙が飛び散ったのは見間違いではなかろう。あちらはこれから大変そうだ。


「だ、旦那様!」


 あ、置いて行かれたアルテさんが慌てて駆け出す。


「み、皆様これで! だ、旦那様〜!」




 いつもよりも騒がしいエイティア家の訪問は終わり、ベルちゃんを迎い入れての家族会議となった。


「ベルちゃんはもう普通に喋れるのかい?」


「うん! 私はベル! 5歳です! よろしくお願いします!」


 ベルちゃんは4年間の成長で、少しずつ女の子らしくなっていった。5歳ではあるが、もう女の片鱗を見せはじめている。これは将来化けるぞ?


「改めて、私はヴォルフ」

「私はマリア、よろしくね?」


「おじさん、おばさん、いつもニコニコしているから好き! お世話になります!」


「ほほう、偉いな、ベルちゃんは」


「ええ、ここまで礼儀正しいのは珍しいでしょう」


 確かに本当に5歳かと思うほどしっかりしている。まあ、子供の時の成長は人によりけりだろう。早い人もいるし、遅い人もいる。俺はとっくに成長しきっているが……何せ精神的にはもう20歳を超えているのだ。異世界転生のメリットでもあり、デメリットでもある。子供のふりをするというのはなかなか難しいのである……


「ほら、ヴァンも挨拶しなさい」


「はい、お父様。ベルちゃん、ヴァンです。よろしくね?」


「う、うん……いつも遊んでいるのに変なの」


 ベルちゃんは困った顔をする。我が家に来るときはいつも2人でじゃれ合っていたからな、お父様やお母様よりも俺の方が交流時間は長い。今更といった感じだ。


「そうだね、でも、これからは家族だから」


「そうだな、ヴァンの言う通りだ。何も遠慮する事はないからな?」


「ベルちゃん、困ったことがあればなんでも言ってね?」


 両親とも、ベルちゃんにとても気を使っている。ベルちゃん自身は身の回りに親がいない事をどう思っているのかは知らないが、両親としてもできるだけ優しくして、出来るだけ気を紛らわせようと考えてはいるのだろう。これから一緒に過ごしていくのに、ずっとぎこちないのは困るだろうからな。早め早めのうちに受け入れられる空気作りをしているわけだ。


「お父様も、お母様も、まおーをやっつけるんでしょ? ベルはおじさんのこともおばさんのことも好きだから、お父様とお母様の分、いっぱい甘えていい? そうしたらきっと、お父様もお母様もベルのことを気にせずに頑張れると思うの!」


 子供ながらに異常に気の回しが上手い。年齢を詐称しているのではないかと疑ってしまう。まあ、そんな筈はないのだが。


「そうか……そうだな、その方がドミトリンさんも、アリアさんも安心するだろう」


「ええ、定期連絡も取る約束ですしね。沢山書くことを作って、私達の手でアリアさん達に恥じないように育てましょう?」


「ああ」


 両親ともベルちゃんを伸び伸びと育てることにするようだ。都会と農村では勝手が違うだろうし、これからの生活に慣れる必要がある。その分、ベルちゃんには出来るだけ好きなことをさせてあげるのが良いだろう。


「そうだ、折角だしヴァンと一緒の部屋で生活させたらどうだろう?」


 へ?


「貴方?」


 お母様も何を言っているのといった顔をしている。


「子供同士、色々と遊びたい盛りだろうからな。いつも2人一緒にいるではないか。この際だし、この家においてはできるだけ近くに置かせておこう。何、まだ赤ん坊といえばそうなのだし、間違いはなかろう?」


「貴方?」


 お母様は今度は鬼の形相でお父様を睨みつける。子供にそれはないんじゃないか?


「じょ、冗談だ……こほん、とにかく、一緒の部屋というのは別に問題ないだろう? それに、勇者の件も……」


「……そう、ですね。勇者のパートナーとして、相応しいとは思います……でも、ヴァンが行く事は」


「これは長年の推測から得られた事なのだ。恐らく今回も外れることはないだろう」


「そうですか……」


 また勇者の話だ。勇者については未だにわからない事が多い。凄いだとか、如何にして魔王を倒したのだとかのお伽噺はあるにせよ、生まれの事や詳しい人物像が伝わっていないのだ。


 魔王は大体300年周期で現れるらしい。これも歴史の本を読んでわかった事だ。そして最初の魔王が現れたのが約6000年前。つまり、プリナンバーの家系は6000年続いてきたわけだ。時代により権力の大きさが変わったにしろ、権力者からは今でも尊敬や畏怖の念を集めているらしい。俺としてはそんなもの感じたことは無いが。


 やはり、今までの3年間の会話で察するに、俺は何かしらの方法で勇者としてあらかじめ見定められているみたいだ。勇者は12歳の誕生日に神託が告げられ選ばれるらしい。しかも決まってプリナンバーからだ。詳しい法則までは歴史の本には載っていなかったが、俺の番が回ってきたという事なのだろう。まだあと9年間あるからな、その間に魔法をバンバン使えるようにして、剣の腕も上げなくては。


 剣に関しては、5歳頃から訓練するのが一般的との事。これは兵士になる為の1000のテクニックというタイトルの本に書いてあった。という事は、もう直ぐにでも訓練を始めてもおかしくは無いというわけだな。


 そうそう、俺自身、プリナンバー、やテクニック、といった単語が出てくるのが最初の頃はおかしく感じられたのが、異世界言語を翻訳するときに、俺に読みやすく、また聞き取りやすく翻訳されるのだろうと結論づけた。恐らく話している時も同じだ。現地の人々には、現地の人々のニュアンスで伝わっているものと考えられる。英語だって日本語として完全に訳す事はできないらしいしな。


「ヴァンについてはまだ焦る必要は無い。神託が降ればわかる事だからな。しかし、訓練も考えなければ……」


「貴方、この話はここまでにしましょう?」


「うむ、そうだな……取り敢えず、ソプラが預かっている荷物はヴァンの部屋に持って行ってくれ」


「畏まりました」


 ソプラがお父様の言いつけに答えるべく、俺の部屋へと向かった。因みに俺の部屋は俺が天窓を見たあの部屋だ。12畳くらいあるかなり広い部屋で、正直子供には勿体無いと思っていたのだが、これからいつまでかはわからないが2人で暮らすなら、少しは適当な大きさとなるであろう。


「ヴァン、案内して?」


 右横の椅子に座るベルちゃんが俺の方を向いてそう言ってきた。


「俺の部屋に?」


「うん」


「お父様、もう戻ってもよろしいでしょうか?」


 俺はお父様に許可を求める。


「そうだな、まずは慣れてもらわなければいけないな。マリア、良いかな?」


「ええ、ヴァン、序でに家の中を案内して来なさい? 私達はもう少しお話をしないといけないの」


「わかりました、お母様。じゃあ、ベルちゃん、行こうか」


 俺はベルちゃんに促す。


「うん! おじさん、おばさん、また後で!」


「うむ、余りはしゃぎ過ぎないようにな? ヴァンもだぞ?」


 お父様は少し微笑み、俺に語りかける。


「わかっています、お父様」


 俺も笑顔で返事をする。こういったイベントの時は出来るだけ場を和ませる事が大切だ。


「行こっ!」


 ベルちゃんは待ってられないといった様子で、俺の手を取り歩き出した。


「べ、ベルちゃん、待ってよ!」


「あらあら、まるで兄妹みたいだわ」


「どちらが上かわからないがな……」



 俺は両親の呟きをよそに、ベルちゃんに引っ張られて自室へと向かうのであった。

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