第9話
一週間後、遂に運命の日が訪れた。
「これはこれは、お久しぶりでございますな、ヴォルフ=ナイティス騎士爵殿」
「こちらこそドミトリン=エイティア男爵殿」
貴族同士の対面だ。初めて見るが、中々緊張するな。
「この度は其方のお子が1歳を迎えられたことを心よりお慶び申し上げる」
「こちらこそ、其方のお子が1歳を迎えられましたことを心よりお慶び申し上げます」
互いに子供の誕生日を祝いあっているようだ。普通におめでとうだけでは駄目なのか。お祝いに関する長ったらしい言い回しはどこの世界でも共通らしい。
「さて、堅苦しい挨拶はこの位にしておこう、早速だが、ヴォルフ殿の長男をお見せ頂けるかな?」
「はい、喜んで」
お父様はそう言って、揺籠の中に入れられている俺を抱き上げ、エイティア男爵に見せた。
「おお、この子が未来の!」
「ええ、勇者です」
――――は?
「ふむ、中々凛々しいではないか?」
「そうでありますかな? 私どもはまだまだ幼く健気な子だと感じております。これからに期待しているところですよ」
「また、確かに可愛げもある。私の子も可愛いがな! はっはっは!」
エイティア男爵高らかにわかる。この人は親バカなのか? うちの親も言っちゃあ何だが結構な面倒見たがりだ。
「ええ、勿論でありますとも。そちらの娘さんも?」
「ああ、いいぞ。おい、入って来い!」
エイティア男爵は後ろを振り返り、家の入り口に向かって叫んだ。そうして女の人が入ってきた。
「お初にお目にかかりますわ。ドミトリン=エイティアが妻、アリアと申します。以後お見知り置きを」
アリアと名乗った女性はロングスカートの裾をたくしあげお辞儀をした。確かカーテシーと言う仕草だとか聞いたことがある。アリアさんはお母様には負けるが、中々の美人だ。雰囲気は落ち着いており、清廉といった趣だ。可愛さが表に現れているお母様とは対照的かも知れない。
「アルテ、あの子を」
「はい、奥様」
アリアさんの更に後ろにいた、メイドらしき人物に声をかけると、そのメイドは抱えていた物をこちらに向けた。そしてそこには……
「おお、我が愛しのベルよ!」
……女の子がいた。目はパチリとしており、髪の色は金色だ。目は透き通るような青色である。まだ赤ん坊であるせいか、少し丸い顔をしているが、それがまた愛嬌があっていい感じだ。うん、ぶっちゃけ可愛い。
ドミトリンさんは大袈裟にベルと呼んだ女の子をメイドから受け取り、ニコニコとしながらお父様に見せつけてきた。
「この娘が我がエイティア家の長女、ベルである。宜しくして欲しい」
「ええ、実に可愛らしいお子ですね。確かにこれは我が子よりも可愛いかも知れませんな、ははは」
お父様は愛想笑いなのかはわからないが、機嫌よくドミトリンさんに応対した。
「ヴァン殿にも顔合わせを」
ドミトリンさんはそう言うと、ベルちゃんを抱きかかえながら俺に近づいてきた。
「ほら、この子がこれからお前の友達になる子だ、ベル。ヴァン殿も仲良くしてくれよ?」
ドミトリンさんは優しく微笑みながら、俺とベルちゃんに向かって話しかける。その様子は正に父親だ。貴族といえども1人の人間であることには変わりがない、自分の子供が可愛いのもわかる。だが、俺にもこんなに語りかける理由はあるのだろうか? 俺はこの人がこの家で見たのは、転生してから今日が初めてだ。何の目的で来たのかも未だにわかっていない以上、赤ん坊らしさを崩すわけにはいかなさそうだ。細心の注意を払おう。
「あうっ!」
俺は取り敢えず返事をしておいた。これ位なら大丈夫だろう。
「おおっ、わたしの言葉がわかるのかね?」
「あうっ!」
「な、何と! まさか、本当に理解しているのか!」
ドミトリンさんはお父様の方を振り向き、驚いた様子で尋ねた。
「ええ、半年も経つ頃には、分かっているかのように頷いたり、最近ではこのように声を出して返事をすることも多くなってきました。正に勇者に相応しい成長ぶりと言えるでしょう」
お父様は嬉しそうに答える。さっきから勇者勇者って何なんだ。神様の世界で魔王を倒すとは言ったが、こっちの世界ではまだ何の力も使っていない赤ん坊だぞ?
「この歳で言語を理解できるとは、歴代の勇者の中でも飛び抜けているかも知れないな! ナイティス騎士爵殿、いや、ヴォルフ殿! 是非仲良くしてもらいたい!」
「勿論です。プリナンバー同士なのですから当たり前の話でありましょう。私もドミトリン殿とお呼びしても?」
「うむ! 互いに名前で呼び合うのがよかろう。我らは親戚のようなもの。子供も大人も親密な関係を築くに越したことはないからな!」
「ええ、改めてよろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ!」
お父様とドミトリンさんは、互いの子供を片手で抱えながら、もう一方の手で握手をした――――
「――――きゃあっ!」
その時、突然アリアさんが悲鳴を上げた。
「うぉっ! どうした!」
ドミトリンさんは慌てて振り向く。すると、その勢いでベルちゃんが!
危ないっ!
俺は咄嗟にベルちゃんに向かって手を伸ばした。するとその瞬間、ベルちゃんを淡い光が包み込み、ベルちゃんが宙に浮いた。
「ベルちゃん!?」
「あっ!」
壁際で待機していたソプラさんとお父様が声を上げる。
「な、何だ今度は! べ、ベルッ!」
ドミトリンさんは再びこちらを向き直り、ベルちゃんのことを目を見開きながら見た。
「う、浮いてる……」
「そんな、馬鹿な」
「ベル……?」
人々はその光景に驚きを隠すことができない。俺自身も何が起こったのかわからず呆然としていた。
「わふー!」
ベルちゃんは何が楽しいのか、宙に浮きながら手足を振り回し始めた。
「あ、危ない!」
ドミトリンさんは慌ててベルちゃんを抱きかかえる。すると光が消え、ベルちゃんはドミトリンさんの両腕の中に収まった。
「あ、貴方、今、ベルが……」
アリアさんも近づいてき、ドミトリンさんに向かって話しかける。
「浮いていた。ま、間違いない。誰か、魔法を使ったか!」
ドミトリンさんは周りに向かって問う。
「い、いえ、私は何も」
「自分も」
「私も……」
「私もですわ」
皆ドミトリンさんの問いに対して否定で答える。と言うことは、もしかして、お、俺?
「そういえば、坊っちゃまが手を伸ばしていたような……」
ソプラが恐る恐る口を開いた。
「……私も、確認しました」
続けてアルテさんも肯定するかのように重ねて口を開く。
「まさか、貴方。もう……」
「ああ! 恐らく、ヴァンは魔法を使える!」
な、何だって!? 今のが魔法なのか! 俺は何も感じなかったが、これはクリエイトの力なのか、それとも俺のこの体が魔法を使えるのか、どちらなのだろう?
「おおっ、ヴァン殿は今魔法を! 助かったぞ、ヴァン殿! お陰でベルが怪我をせずに済んだ!」
ドミトリンさんは俺に向かってニヤリと笑いかけた。
「ご、ごめんなさい貴方……私がつい声を上げてしまったばかりに……」
アリアさんは申し訳なさそうに言う。
「む、そうだったな。なぜ悲鳴を?」
「その、虫が……」
「虫、だと……はあ、お前という奴は……」
「ううっ、はしたないですわ……」
アリアさんは更に落ち込み顔を下に向けてしまった。するとそこへ大事をとって椅子に座っていたお母様が近づいていき、
「アリアさん、でしたね。ヴォルフの妻の、マリアと申します。女性は誰しも虫が苦手なもの。私もここに嫁いでからという殿、初めのうちはよく驚いて粗相をしてしまったこともありました。今は慣れましたけど、怖いものは怖くていいのですわ。ね、貴方?」
お母様はお父様に向かって笑いかける。さらりと自分の恥ずかしい話を言い、フォローするだなんて流石はお母様だ。
「あ、ああ。そうだな……ドミトリン殿、確かに虫が怖いという女性は多い。このような田舎であるから、その数も都会よりは多いであろう。ここはひとつ、私に免じてこの場で流してはくれまいか?」
お父様は目を瞑り、頭を少し下げる。
「む、むう……そうだな……しかしヴォルフ殿、田舎という言葉はいけませんぞ? ここはナイティス家が代々守ってきた土地なのであろう? どのような場所であっても、誇りは大事にしなければいけませんぞ?」
「はい、かたじけない」
「嫌、こちらこそ、奥方の素晴らしい場の治め方に感服した。そなたら夫婦はこれからも安泰であろうな!」
そう言ってドミトリンさんはまた笑った。うん、この場はどうやらこれで治ったようだ。
「ドミトリン殿、それにアリア殿も。長旅の疲れがありましょうから、お部屋までご案内致します。ソプラ、頼む」
「はい! 皆様、こちらへ。お付きの方も是非!」
「え、私はメイドですので……」
アルテさんが困った顔をした。
「ここではメイドだろうと関係ありません」
しかし、ソプラは変わらず笑顔で引けを取らない態度だ。
「アルテ、ここはソプラ殿の言う通りお世話になったらどうだ? たまには羽根を伸ばすのも良かろう。折角人混みの中から自然の多い場所へと来れたのだ」
「その通りよ、貴方もたまには休まないと、いつも気を張っているもの」
男爵夫婦も同じように勧める。
「旦那様、奥様……すみません、では、お言葉に甘えて……」
アルテさんは折れたようで、この家でゆっくりと過ごすことにしたようだ。
「ええ、よろしくね、アルテさん?」
「こちらこそ、ソプラさん」
メイド2人はもう仲よさげにしている。これなら一家丸ごと仲良くなれそうだな。
「では、皆様参りましょう! ベル様もご一緒で大丈夫ですので」
こうして、エイティア男爵家との初対面は無事成功に終わったのであった。唯、魔法についての疑問は残ってしまったが。それに、勇者とは何なんだ? 俺、勇者になるの……?
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