第三章 蠢動編
ドラゴン
第55話
私の目の前で、ミュリーが叫び声を上げた。
私は慌ててその場に近づくと、群がる人々を押し除けて彼女の安全を確保しようとする。
「べ、ベル様……」
見ると彼女は、一人の太った男性貴族に絡まれているようで、涙を浮かべ床にへたり込んでしまっていた。
「あなたはたしか、国王陛下の」
「うん? なんだなんだ、勇者様じゃないか。賢者様に変わっておもてなしをしてくれるのかなぁ?」
そのミュリーの近くにいるのは、酒を飲んで酔っぱらった様子の公爵、つまりは国王陛下の弟君であらせられるドスケベリオン=アイチバンだ。
太った体の上からキラキラと眩しい装束を身につけ、脂ぎった顔面にニタニタと気持ちの悪い笑顔を浮かべている。
「あなた何を」
「うん? これは勇者様方を送り出すパーティだろう。ならばその場に参席
テーブルの上にワイングラスを置いた公爵は腰に両手を当てて偉そうに的外れな弁舌を振るう。
周りの貴族は私の顔を見るやそんなこと思ってないと否定する表情を浮かべるが、声に出して否定するのは公爵に逆らうという危険を犯すことになるため躊躇われているようだ。
なので誰も止めることができずに、このようなミュリーが襲われるという事態になってしまったのだろう。
だが公爵はそもそも、昔から問題ばかりを起こす性格ゆえに臣籍に降ろされ、仕方なく公爵という位を与えられた後どこかの屋敷に軟禁されていたと聞いたが。
実際以前の魔王討伐の旅に出る時に開かれた同じようなパーティでは姿を見せてはいなかった。
「どうした!」
ヴァンがやって来てくれる。
「ヴァン、ミュリーが公爵に」
「公爵?」
彼は私の正面に立つ中年男性のことを睨みつけるように眺める。
「君は確か……兄上の施しによって勇者パーティに混じることの許された騎士爵家の息子だったかな?」
「なぜそれを」
「なに、私にも情報網の一つや二つあるのさ、君が今回の旅路に同行できるようになったのは、褒美を欲した勇者様に答えるように役職を授けた兄上の計らいだったことくらいは当然知っている」
えっ、どうして知っているの?
確かに私は魔王を討伐した後の褒美はまた考えると保留にしておいた。すると今回の話が持ち上がったため、それならばとヴァンをパーティに入れてくれることを褒美とすることを望んだのだ。
何よりもまずはヴァンとまた長期間離れ離れになるのはもう嫌だったし、それに関連して私がそばにいない間に"要らぬ虫がたかる"のを防ぐ目的もあったからだ。
ヴァン自身の戦闘能力も申し分ないように感じられるし、勇者パーティの皆とも全く見知らぬ者同士というわけではない。また侯爵の反乱を抑えたことでその力が知るものには知られるようになったこともあるし、叶わない望みではなかったからだ。
だがその旅に同行するようになった真の理由は態々公表することではないと思い、また不必要にヴァンの周りを騒がせたくないという想いもあったために公式には褒美としてではなく、国王陛下の勅命であるという体を取るようにしてもらった。
なので調べようとしない限りこのような世間に顔を見せない引きこもり貴族が知っているわけはないのだ。
公爵は情報網を使ったと言っているが、一体どこから漏れたのか。陛下と謁見したときはごく一部の重鎮を除いてその場には他に誰もいなかった。わざわざ誰かから聞き出したというのか、それとも盗聴などをしていたというのか。
「ベル、どういうことだ? 国王陛下が俺を推薦してくれたんじゃなかったのか?」
「いやまってそれはーー」
「静まれぃ!!!!」
すると陛下は大きな叫び声を上げられ、貴族たちの注目を集める。
「何をしておるのだ、勇者パーティとアイチバン公爵は前へくるのだ」
「は、はいっ」
「おっ?」
言われた通りに、ミュリーを立ち上がらせて身体を支えながら、陛下の御前まで進む。陛下は椅子から立ち上がり、御前にやってきた皆を見渡しながら質問をなされる。
「今なにが起こったのだ、公爵が何かしたように見えたのだが?」
「これはこれは国王陛下。言いがかりもよされた方がよろしいのでは? 忠義を尽くす臣民たちの求心力が下がってしまいますぞ」
しかし公爵は敬わなければならない国王であるはずの兄に対して嫌味な態度を崩すことがない。
「そもそもなぜお前がここにいるっ! 呼んだ覚えはないぞ! ミュリー殿は勇者の仲間とはいえ、他国の要人なのだ。貴様の軽率な行動により国家間の争いに発展してしまったらどうする!」
「はて、なんのことやら……ミュリー様、何かご不快な想いをされましたでしょうか?」
公爵は先ほどの横柄な態度とは打って変わって慇懃な喋り方だ。国王の前で私たちを下に見ると心証が悪くなると考えての行動だろう、どうやらただのバカというわけではなさそうだ。
「えっ、そんな、私のお尻を撫で回すように触れて来たではありませんか」
ミュリーは涙目で身体を竦める。
「それ本当か、ミュリー殿。もし神殿筆頭巫女にそのような暴挙を降りかからせたとなれば、我が国はバリエン王国だけではなく神聖教会自体を敵に回すのも同義なのだぞ!」
陛下は怒りを露わにし公爵に指を刺す。
「ふうむ、困ったものだ……」
公爵はなにを惚けているのか、顎や手をやり考える振りをする。
「……私がもしその賢者様が嫌がられるような行動をしたというのであれば、この首を授けてもよろしいでしょう」
その瞬間、会場がザワリと人々の雑談する声で煩くなる。
「なんだと?」
陛下は眉を釣り上げその真意を図りかねている様子だ。
「こ、公爵様っ、私は謝罪していただければ結構です、何かの間違いだった可能性もあるわけですし」
ミュリーは急に態度を軟化させ、話を流そうとするが。
「ミュリー、へたれたらダメよ、これはよくある手口よ。過激なことを言って相手に譲歩させる交渉術なの。いきなり死んでやると言われたら誰でも驚くし、ましてや神聖教会支部の筆頭巫女という立場なら尚更、自分のせいで貴族を死なせ(かけ)たというレッテルを貼ることができるしね」
公爵は恐らくミュリーの立場と性格を見抜き、声をかけたのだろう。あわよくばという気持ちも有しているのが態度から伝わってくる。どうやらこの人は人を悪い意味で見抜く能力を備えているようだ。その顔面同様の気持ちの悪い性格が災いして軟禁されていたのではないか? 王籍に置いていては権力を使ってなにをしたかわからないタイプの人間だ。
「勇者様、なんという暴論を。私はそのようなことは微塵も考えたことはありませんぞ! こちらとしては引き下がる思いでありましたが、こうなれば白黒決着をつけなければなりませぬ。仮にも国王陛下から公爵の位を授かる人間、家の名誉を守らなければならないのは当主の大事な務め。今この場で、国王陛下ご承諾のもと勇者様に決闘を申し込ませていただきます!」
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