第56話
こいつは何を言っているのだ? ベルに向かって啖呵を切る(と言っても全然迫力はないが)公爵を見、俺はすぐにこの前のジャステイズの件を思い出す。
「皆様お下がりください! 魔物か呪いにに取り憑かれている可能性がございます」
「なにっ!?」
陛下の反応は早く、すぐに家族を下がらせ近衛騎士に守護させる。
勇者パーティの面々も臨機応変に戦闘態勢を整える。恐らくは前の旅路の中で幾度も似たような即応しなければならない状況が起こっていたのだろうな。
「ヴァン、あの力は使えるっ?」
「え、『浄化の光』のことか?」
俺はこの手から伸ばすことができる光のことをひとまず『浄化の光』と名付けた。なんとなくそれっぽかったし、呼び名をつけた方が一つの技としてきちんと認識しやすいからだ。
そしてベルのもつ破壊の能力も、『破魔の光』と名付けた。
王国が実験用に捕獲している魔物を使ってそれぞれの能力を少し調査したのだが、浄化の光は魔物から邪悪な力を取り除くことで普通の野生動物と変わらぬくらいの凶暴さに落とすことができた。
一方の破魔の光は、魔物をその身体ごと消し炭のようにしてしまうので殺すしか方法がないことがわかった。
どちらがいいかとは現状優劣を付けられるものでもないが、無理な殺傷をしなくて済むのは助かる。もしベルの力だけであったら、魔物ではなく今度は人間を殺戮する羽目になっていたかもしれないからだ。
あの侯爵の反乱軍のような人々を殺して回るというのはいくら死線を潜り抜けてきた勇者ベルと言えども辛いものがあるだろうし。
俺とベルがパーティとなったら、存在ごと消し去るべき相手とその体に入り込んでいる悪だけを消し去ればいい相手で使い分けることができるだろう、これからの旅路でそのような場面があればの話だが。
その浄化の光は幾らか練習するうちに、ただの棒ではなく腕から伸びる剣のように使うことができるようになった。
最初は制御をするのが大変だったが、強力な能力の割にはやはりなんらかの適性が働いたのか短い期間であっても次第に使いこなせるようになっていった。今では片手ずつ発動させることもできる。
ので俺はベルに言われた通り浄化の光を右手に発現させ、もしかするとまたあのカオスとやらに操られたりしているかもしれない公爵と対峙する。
「な、なんだねそれは? 私に何をするというのかね!?」
口調が元に戻っている公爵に向けてじりじりとすり足で近づく。
「何をする気だヴァンよ、いくら我が愚弟といえどもこのような場で殺生はいかんぞ!」
陛下も流石におかしいと思われたのか、身を乗り出し慌てて止めようとなされるが。
「心配なさらないでください、本人を傷つけはしませんから!」
「おおっ!?」
そしてそのまま、光の剣となった右腕を横に振り抜き、公爵の身体を脇から斬りつける。
「きゃああああっ!!」
「うおおっ!?」
「ぎゃああああああ!? ………あれ?」
貴婦人方から悲鳴が上がり、男性諸君からはどよめきが響くが、斬り付けられたはずの公爵がピンピンしているのを見て皆一斉に頭にハテナを浮かべる。俺も同じく何事も起こらないことに首を傾げた。
「あ、あれ?」
「……な、ななななんだ何も起こらんではないか!? "勇者様の婚約者"だかなんだかは知らんが、あまりにも無礼ではないかね! こうなったら仕方ない、本当に決闘で勝負をつけさせてもらいますぞ!」
公爵は興奮した様子でそう言い切ると、ドスドスと音を立てながらパーティ会場を後にした。
「公爵には何も取り付いていない……ということは今の一連の行動は全て操られたわけでも感情を増幅されていたわけでもなく、自分の意思で行われたことということか」
「そっちの方がある意味駄目な気がするけどね」
「まあ本人が何処かへ行ってしまった以上もう一度確かめようもないし……」
侯爵の時のように誰かに唆されていたとか、ジャステイズのように呪いの力で悪い感情が引き出されやすくなっていたなどというならばまだ弁解の余地はあっただろう。
だが、完全に公爵自身によるその場の思いつきの行動なのだとすれば、話は変わってくる。先ほど陛下の仰られた通り、勇者パーティとしていまはこの王国の庇護下に置かれているとはいえども、元はバリエン王国及び神聖教会の重要人物なのだ。
このまま何も対処しないとなると、各国から王国を責め立てる声明が出されることは必至だろう。
しかし実は俺たちのまだ知らぬ奥底で密かに操っている奴がいるのかもしれない、一応油断はせずに今後も対応できるよう準備しておくに越したことはない。
「……はあ、なんというかまあ、どうしてこうなるかないつも」
「だねえ……」
ベルも一緒に肩を落とす。
「少しよろしいか、ヴァン。先ほどの行動は一体なんのためのものだったのだ?」
「あっ、はあ、実は……」
陛下や周りの貴族たちに、『浄化の光』についての説明をする。
「ふむ……侯爵と同じ輩に唆されていたかもしれないということか。しかし今のところはその線は薄いと考えられると」
「作用で」
「一先ずこの場は私に持ち帰らせてもらえるか」
「陛下?」
国王陛下は椅子に座り直すと、そうベルに向けて問いかける。
「ええ、頼もしい限りですが本当によろしいのですか?」
「うむ、少し考えがあってな……この際、奴の身分も何もかもを徹底的に叩き潰す大義名分にしようと考えておるのだ。ま、詳しいことは後日話そう、勇者パーティの出立は遅れてしまうが、国内に禍根を残したまま旅立つよりは良いだろう?」
「私と致しましては……苦しむ人々が増える前に一人でも多く助けて差し上げたいところではあるのですが」
ミュリーさんは巫女らしく慈悲深い意見を述べられる。
「それもわかっている。国軍は予定通り出発させるので、予備戦力を本来其方らが行けない期間に回るはずだった村や町へ派遣させよう。それでは駄目かな?」
「いえ、構いません、国王陛下。民のためを慮っての素早いご判断に神もきっと喜ばれておりますわ」
確かにドルガさんならミュリーさん以上の慈悲深い笑顔を浮かべ称賛しそうだな。
「あれ、いまヴァン何か余計なこと考えてなかった?」
「うえっ!? なんなんだいきなり」
ベルは何かを察知したのか、俺のことをジト目で睨みつけてくる。
「別にっ。陛下、私も決闘となった場合に備えて準備しておきたく存ずるのですが、この場はどうなされるのでしょうか」
ベルが、自分たちのために開かれたパーティについて続行の可否を尋ねる。
「そうだな、あの男のせいで台無しになるというのも尺に触る。皆のもの! こうなってはしまったが、引き続きパーティを楽しんでいかれよ! 勇者達が後腐れなく旅立っていけるようにな」
陛下の呼びかけに貴族達は臣下の礼をもって応え、先ほどまでと同様に少しずつ明るげな雰囲気を取り戻してパーティを楽しみ始めた。
「では、私達も」
「うむ、愚弟が迷惑をかける、元はとはいえ親族として私にも責任の一端があろう」
「陛下、そのようなことは仰らないでください、陛下の素晴らしい善政はあのような者の行動で何一つ揺らぐことなどございません」
ベルが、申し訳なさそうに眉を下げる陛下を慌ててフォローする。周りの仲間達や貴族も同様だ。
「そうか、そう言ってくれると助かる。では今しばらくの休暇を引き続きな」
そうして俺たちは、突然の出来事を今は何もなかったかのようにしようと貴族との会話をしたり、料理を楽しんだりと思い思いの行動を取った。
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「くそっ、兄貴の野郎っ!」
調度品を蹴飛ばすと、激しい音を立て破壊される。
「あの勇者とかいう女に、ヴァンとかいう男。どのように料理してやろうか。もう少しであの聖女とかいう女が手に入ったかもしれないのに……」
独り言のように愚痴をこぼしていると、不意に"合図"が送られてきた。
「ん、どうした?」
「はっ、お伝えしたいことが……」
「……ふむふむ、それはいい! よし、これで決闘で私が勝つ可能性は絶対となった。せいぜい楽しませてもらうぞ、ふひひひひ!」
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