第131話
こちらに駆け寄ってきた……男の子? へ俺たちは一斉に振り向く。
「なんじゃ、パライバ。何かあったのか?」
この子がさっきの水色ドラゴンか。
確かに髪の毛は鮮やかなパステルカラーの水色だ。身体つきは六、七歳程だろうか? つまりこの子はドラゴン族でもむだ幼い方なのだろう。
しかしそれでもルビちゃん曰くドラゴン族は六十年程で一歳分成長するということなので三、四百年は生きていることになるのだろうか?
まあそれは置いといて。
Tシャツに短パンという、普通にそこら辺を歩いて居る街の子供のような格好をしたパライバくんは拳を握り、必死に訴えを始めた。
「お姉様! それにお爺様! ボクもその訓練、混ぜてください!」
「「「「え?」」」」
訓練? パライバくんが俺たちと一緒に戦闘を学びたいというのか。先程エンシェントドラゴンは皆に対して帰れと命令していたが。
「何を言っておるのだ! 帰れと言ったはずだ。お主はまだ幼い。ワシの戦闘指南についてこれるとは到底思えないが?」
「そうよ、パラくん。どうしてそんなこと言い出すの?」
ベルが中腰になって、ショタドラゴンと目線を合わせ問い掛ける。
「それは……」
「それは?」
「ええっと……」
「ここじゃ言いづらい事?」
「う、うん」
「そう、じゃあ参加できないね?」
「そんなっ」
ベルはその水色のおかっぱを優しく撫でてやる。
すると、パライバくんは照れたようにしてモジモジ身体を捩った。
「じゃあ、お姉ちゃんにだけ、耳打ちで教えてくれるかな?」
「えっ!?!?」
「そんなに言い辛い事なのかな? どうしてもダメ?」
「というか寧ろお姉ちゃんだからなんだけど……ううっ、どうしても?」
「きちんと理由が言えないんだったら、帰らないといけないよね? みんな、君のことが心配だから、残っちゃダメだと言ってるんだよ? 何も、意地悪で除け者にしようとしているわけじゃないの。エンシェントドラゴン様の訓練はとても厳しいものだということが予想できるわ。ただ単に興味本位で参加するっていうのなら、私の方も軽々しく危なっかしい真似は許可できない」
ベルはこの男の子と、エンドラ族の里に連れて来られてから仲良くなっていったのだという。というのも、彼女を魔物から助けたという北方を縄張りに持つドラゴンの子供が、何を隠そうこのパライバドラゴンだからだ。
パライバくんの母親は早くに亡くなっており、また父親は仕事で忙しくあまり構ってあげられなかった。そして本人も内向的な性格で、友達は少なくいつも家に閉じこもっていたんだとか。
なので子守、とは言わないが、単身赴任する親代わりの遊び相手話し相手として一ヶ月程度共に過ごした結果、こうして懐いたのだと。
なので、最初はそうではなかったものの、今では周りの竜達よりも断然彼女に心を開いている故に、ベルの問いかけには素直に答えているわけだ。
それでも何か言いづらそうにしているのは気になるが。
だがベルの言う通り、生半な気持ちで参加してもらっては俺としても困る。エンドラ様が子煩悩かは知らないが、もし万が一手を抜いてしまうとすればこの訓練に参加する意味は薄くなる。
南方の軍が動き出すのも時間の問題。だから一週間だけならと受け入れる理由でもある。強くなる手段としてスパルタを選ぶわけだから、それ相当の見返りがなければ結果として参加する必要がなかったなんて事になってしまうからだ。
更にその事態がこの子供ドラゴンのせいになるならば、個人的には怒り心頭にならざるを得ない。ベルにいちゃついているのを見ているとなんだかムカつくし……彼女も彼女でちょっと距離感が近すぎやしないか? 一ヶ月でここまでなるものかなあ? まさか、捨てられる前兆とか!?
「むむむむむぅっ……じゃ、じゃあ本当にお姉ちゃんにだけ、でいいんだよね?」
「うんうん、良いよ? さ、どうして参加したいのかな?」
「それは----」
しゃがみ込んでその口元に耳を寄せるベル。
くそっ、俺でも数ヶ月まともに交流していなかったのに、このガキあんな近くでベルの匂いを体温を感じやがって……!
いやまて俺よ。相手は数百歳とはいえ精神的には子供(ドラゴン族は身体と同じく心も成長が遅いらしい)なんだぞ?
何を嫉妬しているんだ。近所の幼児が戯れてる程度に思っておかないと、寧ろベルに呆れられるぞ?
「--ふんふん、そうなんだ! わかったわ。じゃあ、許可してあげる」
「ほんとですか!?」
「<おい、小娘よ。そやつはなんと言っておるのだ?>」
ドラゴン形態に戻ったエンドラがオープンチャンネルになっている念話で己の孫とこそこそ話をしていた女勇者へ問い掛ける。
「エンシェントドラゴン様。大変申し訳ないのですが、私の口からは申し上げることはできません。しかし確かに、この子の覚悟を感じ取ることができました」
「<むっ? それほどまでに、内密にしなければならない事情なのか? このワシにすら話せないと、そう言うのだな?>」
エンドラほ流石に少し怒った様子だ。ここまで待たされて、理由は言えませんがハイドウゾ、は納得いかないのだろう。それは俺も同じだ。
「ええ、これは極めて個人的な事情でデリケートな問題であり、なおかつ男の矜恃と申しましょうか、彼なりの強い想いがあってこその参加志望ですので」
「<ほう? なるほど、もしや……あいわかった。ならば、その気持ち、このワシとしては受け止めてやらないわけにはいかないな>」
「えっ? お爺さま、何が判ったのじゃ? ど、どういうことなのじゃ!」
「俺もわからないんだが。イアちゃんはわかったようだな?」
「うふふ、はい。私の想像が正しければですけど、確かに大っぴらには言えないことでしょうね」
「そんなにか? おい、イアよ、きちんと説明するのじゃ。この姉のことを敬うならばな!」
「はいはい、お姉ちゃんカシコイカワイイ」
「むむむむむ! 何故頭を撫でるのじゃ!? 我はパライバと同じ扱いなのか!?」
「気づいちゃいましたか?」
「むあーーーー! このっ」
はあ、何をしてるんだ? まああの姉妹は放っておいて。
「ベル、せめて俺には教えてくれよ」
「うん良いわよ。」
「ええっ、いいのか?」
「ベルお姉ちゃんっ!?」
俺だけではなく、パライバくんも当然驚きを露にする。
「大丈夫、ヴァンは誰かに言いふらしたいはしないから。これは私が決めました、良いわよね?」
「ええ、でも」
「良いわよね?」
「ううっ」
「良いわよね?」
「はい……」
「ヨシヨシ」
くっ、おいガキ、何嬉しそうに尻尾振ってるんだ、人のお嫁さんに発情してるんじゃないぞこの!
だが、そんな俺の気持ちを感じ取ったのか、ベルはその手を離しこちらにスススッとよって耳打ちをする。
「あのね、実はあの子と仲良くしているのには、私なりの理由がきちんとあるのよ? だからそんな顔しないで頂戴。これも、貴方のためなんだからね」
「俺のため? どういうことだ、パライバくんと仲良くなって、この訓練に参加させることが今後の俺のためになるっていうのか」
「そうよ。ともかく、ここは抑えてね。というかヴァンって結構男性の気持ちにも鈍感だったりするの?」
「どういう意味だそりゃ。俺はノーマルだぞ」
「違うわよもう。まあ良いわ、そのうちわかるだろうし。訓練が終わったら、色々と種明かししてあげるから、今はとにかくあの姉妹と彼と仲良くするのよ」
「ああ、わかったよ。そっちこそ見守ってくれるのはありがたいが、巻き込まれないようにしろよ。元気付けてやりたい気持ちは十分にあるけれど、現実問題としてこの中では一番怪我をしやすいんだから」
「ええ、百も承知だわ。残念ではあるけど、出来るだけ遠巻きに見ているから。だからそっちも、遠慮せずに力を出し切って来てね?」
「おう、任せとけ!」
そして俺たちは軽いキスをし、最初に待機する組のイアちゃんの背中に乗せられて別れる。
「お前……くそっ、調子に乗るなよ人間!」
「な、なんだよ急に!」
そして広場に集合したが、何故かパライバくんは俺のことをより一層険悪な雰囲気で威嚇してくる。この子本当になんなんだよ一体。ベルはよく許可したな?
「<戯れるのもそれくらいにしておくのだ>」
「<そうじゃぞ、お爺様の力は舐めてかかってはならん。それは先ほどの戦闘でお主が一番よくわかっているはずじゃぞ>」
「ああ、心得ているよ」
「<うむ。ではこれより、一週間の強化訓練を始める!!!>」
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