第132話 ※敵視点
――――1週間後、主力戦艦『レッセンチメント』にて
「ふうむ、まだ動かんのか?」
「ええ、我々の目的は次第に達せられつつあります。焦る必要はありませんよオジョ……いえ司令官」
私はいつものようにこのどこか胡散臭い女に対して何の聞いたかわからない問いかけをする。
相手も同じくテンプレートな回答を返してくるので、このやりとりはもはや『今日はいい天気ですね』、『そうですね』程度の掛け合いとなってしまっている。
「だからお嬢様は」
「はいはい、申し訳ございません。ともかく焦る必要はないかと」
「とは言ってもなあ」
こうして防衛陣地を築き膠着状態に持ち込んだはいいが、全く何もしませんというわけではなかった。
侵攻した大部分の街においては、一先ずの大義名分である各地の奴隷解放を成せた。そしてさらにその中の一部都市に置いては我々の持つ最新技術の一部を披露。
これにより、虐げられていた人々は"当たり前"の生活を送れるようになり、不衛生な場所や無駄な労力を費やしていた仕事は効率的な"現代社会"の様相を見せ始めている。
ただ、いきなり全てをそうするのは我々をもってしても難しく、輸送艦(あの船は全てを偽装している訳ではなく本当に物資を運んでいるものもある。スパイに何重にも包まれた偽情報を掴ませたのもあって敵はそれを分からずにビビっているので良い抑止力になった)に積み込まれた物資の中で出来る範囲にとどまってはいるが。
後、解放した奴隷の幾ばくかはこちらで指定したところで働いてもらっている。
それじゃあ解放した意味はないじゃないか、と思うかもしれないが。
誘拐などで強制的にそうさせられ引受人が存在する者ならまだしも、身売り等泣く泣く身分を落とした者は帰るところもなかったりする。そういう人々には仕事を斡旋し、ひとまずの生活を保証しているわけだ。
……しかし私としては、やはりこの戦争自体に注ぐ労力を我々の国に注ぐべきではないか? と思う。
魔王との戦争で疲弊した共和国政府は、何かを焦るようにすぐさまこの遠征を企画した。
だが、土地に関係なく貧困家庭が増えていき、この国で貴族がそれぞれ独立して治るのと似たよう、『州知事』と呼ばれる者がその担当地域を治めている我が国では国からの命令にも限度がある。
徴兵に関してはこちら側の権限が強いため断ることはできないが、逆に国として各州に支援を施すのには制限が多いからだ。
それは『共和国憲法』と呼ばれる、『人ならざる王』とも比喩される文書が関係している。
憲法は各州条例や法律よりも上に位置付けられいる、我が国の最高法規だ。コレにおいては地方自治に国が介入することは大きく制限されており、その代わりに州は国が認定する『国難状況』には必ず従うと定められている。
つまりは奪うことはできど与えることはできないというもどかしい状況にあるのだ。
今回の戦争を始めるにあたって、お父様--大統領はその『国難状況』にあるとの宣言をした。なので厳しい財政状態にあるにも関わらず全国各地から戦力が集められ、こうして出兵することになった事は仕方がないと思うのだが。
でも国難である、要は国が生きるか死ぬかの瀬戸際であることと、相手の奴隷使役や後進国を理由に始めた戦争に一体何の関係があるのか?
私は、そこにはまだこちらに知らされていない裏の裏、とも呼ぶべきものがあるのではとこの一時休戦の合間に考えるようになったのだ。
だが、私も馬鹿ではない。それを口に出して聞いて仕舞えば
なのでこうして迂遠な物言いをして早期終結を促してはいるのだが、女もそれをわかってか分からずか戦線を後退させることには断固反対の立場だ。
聞けば真の理由が見えてくる事は勘がそう述べている。
しかし聞けばまた私自身の命の保証もできなくなる可能性が高い。
共和国の民、及びこの地域の人々には悪いが、別に生き急いでいるわけでも死に場所を求めているわけでもないのだ。与えられた任務を着実に遂行する、結局はそれが現時点に置いての最善策であろう。
すでに多額の戦費を投じてしまっている以上、目立った戦果を持ち帰らなければ政権に対して大きなダメージとなってしまう。そのことも、中途半端に引くことができない要因となってしまっているのかもしれない。
私は椅子から立ち上がると、執務室の窓から外を覗き。
跪く女にバレないようコッソリとため息をついた。
この女、何かに気付いている。
ワタクシは既に確信を持っていた。
片方の頭では窓の方を向いて息を吐く"主人"を見ながらその仕草に呆れつつ、もう片方の頭では我らの計画をなしえるかの計算をし続ける。
この戦争の本当の目的。この人にはまだ教えていない訳だが、だが中身こそわかっていないようだが。そろそろ"裏の裏"があること自体には気付いてきている様子なのだ。やはり馬鹿ではないというのは確かなようだ。
しかしそれは不味い。司令官がアホでないことを素直に喜べない。この人にはあくまでもこの戦争を通じてスケープゴートになってもらわなければ困るのだ。
それは、共和国だけではなく、既に南大陸の大部分の国々が『ステージプラン』を呑んでいるからだ。
・ステージ1……この中央諸島に侵攻し実効支配地域とする。
・ステージ2……植民地支配を為し、食いっぱぐれの人々を送り込む間引きを始める。
・ステージ3……同時に様々な技術の実験場とし、その技術を各国に共有させ他の大陸よりも一歩抜きんでる。
・ステージ4……その技術を持って他の北東西大陸に侵攻する。
・ステージ5……最終的には、この世界を南大陸連合の支配下に置く
・ステージα……そしてその次には、我ら共和国が世界を牛じ……
おっと、余計なことまで考えてしまった、ダメだダメだ。
これらのステージを経る最初の一歩が、この土地を手中に収めることであるのだ。他の三大陸は不干渉を貫いているとはいえ、ステージが進むごとにやりにくくなっていくのは間違いない。なので時間調整はしくじってはいけないのだ。
この女は共和国は目先の利益しか追い求めていないと勘違いしているようだが、それは大きな間違い。
確かに"人口調整"は最初期の大きな目的の一つであるが(それすらもこの女には知らされていないのには少し同情するが)、大義という点ではもっと世界を広く見渡したものであるのだ。
この侵攻がつまずくようなことになれば、このステージプランそのものが瓦解する。なのでこうして国難状況という建前を利用し大規模な出兵を行ったのだから。
それにしても、南大陸全土を巻き込んだ対魔族大戦が起きたのは大きかった。
なぜならば、ステージプラン自体は水面下で進められていたものであったのだが、大きな被害を各国が被ってくれたおかげでこうして表立って実行に移せたのだから。
アレがなければ今頃お嬢様は大統領公邸でコーヒーでも飲みながらお喋りしていたことだろう。
まあそんな冗談は置いといて。
この女にはより一層気をつけなければならない。大統領からは何があってもこの娘だけは生きて連れ戻せと厳命されている。殺す事はできないし、無理な作戦を容認して犬死にさせてもならない。
もし約束を守れなければ、ワタクシへの死罪もありうるだろう。
そうなれば、ワタクシだけではなく仲間にも迷惑がかかってしまう。
此処は、このわがままお嬢様を宥める役に徹していかなければ……
とは言うものの、先ゆく不安にこんな仕事引き受けるんじゃなかったと言う気持ちが沸き起こらずにはいられなかった。
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