第189話

 俺の転移魔法でフォトス帝国へ飛び、まずは皇帝陛下に謁見することに。

 ホノカはもう半分帝国のモノとはいえ、まだエンジ呪国の姫様でもある。しかし、連れて行く以上筋は通しておかなければならないというわけだ。


「ヴァン、おてて繋いで」


「うん、はぐれないようにしなきゃな」


 愛しの彼女の手をギュッと握ってやる。この国へは、俺とベル、ヒエイ陛下、ルビちゃんにイアちゃんの計五人でやって来た。本当はエンドラも一緒に連れてくる予定だったのだが、少し別の予定があるというので後から合流する運びとなっている。


「ほほう、人間の国は土地ごとに趣が違って面白いのぅ」


「ですね。それにまさかおばあさまと生まれて初めて出会った日にこうして並んで歩くとは思ってもいませんでした。昔からお爺様より言い聞かされていましたから、本当に亡くなられたものだと思っていましたので」


「まー、この姿は借りもんやけどね。勝手に殺すなゆうんや、あのじいさん。自分の浮気癖でこうなったっちゅうんに、素知らぬ顔して孫に嘘ついていたとはなぁ。それにしても久しぶりに来たけど、やっぱり何もかもがでっかい国やなあ。巨人でも住んでるんちゃうかって思うわ」


 祖母は綺麗な青髪を持つ孫の頭を優しく撫でながら、辺りを見渡す。

 ヒエイ陛下ほどではないにせよ、俺も初めてこの国へ来たときは似たような感想を抱いたものだ。




 流石は西大陸の雄。他大陸にも属国として多くの領地や領民を有する大国は、建国から数千年が経った今もその覇権は留まるところを知らない。

 民の顔には今日を生きる喜びと明日への希望が如実に現れており、魔王軍が存在した時分には幾度も国を襲われているにも関わらず、民は誰一人として決して下を向かなかったと言われているくらいだ。

 俗に『帝都』と呼ばれる首都ティオーツの建物には白華石ハッカセキと呼ばれる磨けば白く光る大理石のような石材が使われており、また加工がしやすく且つ耐久性もあることから、まるで古代ローマかギリシャのような彫刻や石像、アーチにピラーなどが至るところに装飾されている。もはやこの街の存在が一つの文化となっているのだ。


 そんな大国を治めるのは、今はジャステイズの父親がその任に就いている『皇帝』と呼ばれる国家元首である。

 フォトス帝国は、初代勇者パーティのうちの一人が建てた国だ。魔王討伐後プリナンバーの『フォトス』の称号を与えられたその人は、元々初代勇者--つまり今のファストリア国王レオナルド陛下の祖先にあたる人物--とライバル関係にあった。

 魔王を倒した後も、その意識は消えず。勇者が故郷を復興するため新たに国を起こすというので、その対抗心から当時まだ殆ど未開の地であった西大陸の広大な平原を開拓し、瞬く間に巨大な国家を作り上げてしまったのだ。


『皇帝』の称号は、今も続くこの五大陸のほぼ全ての国に信者が存在する神聖教会の創設者、モノカラクトフ=エジア=サーティアによって授けられたものだ。今はほぼ形式的な儀式になっているが、その当時はまだまだ後ろ盾が存在しない帝国を助ける目的で教会から称号を授けたと言われている。

 後にファストリア王国となる地に教会を打ち建て物理的な繋がりを作り。帝国には国家の後見人的な役割として精神的繋がりを作り。もしかすると、当時一番得をしたのは神聖教会だったかもしれないな。


 その結果、今日まで続くこの強国はファストリアと肩を並べるまでになった。今の世代、つまりレオナルド陛下と皇帝陛下は別に祖先のように酷く争っているわけではないし、国力としてみてもファストリアの方が上でなおかつサーティア大神殿まで有しているので帝国はうかつにちょっかいをかけられないというのもある。




「流石に巨人は住んでいないとは思いますが、帝国の覇道の歴史というのを感じるのは確かですね」


「なんやあんさん、ほんまつまらん人やなぁ……冗談に決まってるやん?」


 やれやれ、と肩を竦めるヒエイ陛下に若干、ほんの若干イラっとしながらも城までまっすぐ伸びる大通りを進む。

 俺たちがここに来たのはすでに日が暮れ切って空だったので、街頭の明かりがより一層と人々の活気を際立たせている。ここ帝都ティオーツは眠らない街としても有名で、特にこの今歩いているエンペラーアベニューと呼ばれる通りは夜だというのに道ゆく人は全く減ることがない。一体こんなにたくさんの人がどこから湧いてくるのだろうか?


「あの、本当によろしいんですか?」


「当たり前や、決めたことは覆さへん。それにもうわっちも潮時やったんや。あの子もそろそろ起きて来たいはずやしな」


 そう、陛下を連れてここに来た理由。それは、エンジ呪国を"開国"するためだ。








「おお、来おったか」


「待ってたよ、皆」


「お久しぶりです」


「久しぶりなのじゃ!」


「三人ともこんばんは」


「待たせたね。後宮からここまではどうも遠くて敵わないよ。まあその分二人の安全が確保されるなら全然我慢しようとは思うけど」


「皇子様も大変だな、自分の妻と会うのにもいちいち許可を取らないといけないんだから」


「でも裏を返せば、ジャステイズがあっちこっちに目移りする危険・・がないってことだから個人的にはよく考えられた仕様だと思うけどね」


「これは手厳しい……」


 謁見を終え、未だあちこちに視線が移るドラゴン三人組を急かすようにして歩いた先の客間に通され。そして後からやって来たエンドラを交えてこれから行うことの再確認をしていると。ジャステイズとその配偶者二人が揃ってやって来た。

 ジャステイズはここに帰って来てからこの両手に花状態をずっと堪能していたはずだが、どうも俺とベルの関係に似たところを感じずにはいられないのは気のせいだろうか? また後でうまくいなすコツを教えてあげなければ……


「それで皆様、私に用があるとのことでしたが?」


「ホノカ、待ってたで」


 ヒエイ陛下は立ち上がると、娘の手を取る。


「さあ、国に帰るんや」


「えっ?」


 ホノカはびっくりし、その手を離してしまう。


「か、帰るとは? まさか、今になって破談などとは」


「んな訳あらへんやん。結婚話とは全く関係ない、別の話や別の」


「そ、そうですか、よかった」


 将来の皇后陛下はホッと息を吐く。どうやら思わず安堵の息を吐くくらいには、ジャステイズとは良い関係を築けているらしい。


「でも、それではホノカを何故国に帰らせるのでしょうか? まさか、呪国でなにか大きな問題でも?」


「うーん、問題といえば問題やけど、それも数千年単位の問題やからなあ。とにかく一緒に来てもらうで。あ、あんさんたちもついて来てええしな? せっかくやし、一人じゃ心細いやろ?」


「はあ。でしたら、お二人も」


「ああ」


「ええ」


「それじゃあ、行きますよっと」


 と、みんなで話になって手を繋ぎ、西大陸から一気に東大陸へと瞬間移動する。

 予め転移のポイントとして事前に探索していたバリエン王国の外れに飛んだため、夜というのも相まって、先程の帝都とは打って変わって人っ子一人いやしない。遠くに見える街の灯りだけが、人類の存在を感じられる唯一のモノだ。


「うおっ、ほんますごい魔法やなあ。こんなん戦争で使われたら敵からしてみれば大混乱やわ」


「実際に、ポーソリアルからの奪還作戦では上手く急襲出来ましたからね」


「ああ、あれのおかげで、残敵討滅も随分と捗ったよ」


「無駄話は後にするのだ。さあ、皆、ドラゴンになれ。ここからは空路じゃぞ」


 エンドラの掛け声で、三体のドラゴンが現れる。

 エンドラの背中にはジャステイズ組が。サファドラの背中には俺とベルが。そしてルビドラの背中にはヒエイ陛下とホノカがそれぞれ乗り込む。


「それじゃあ、ゆくぞ!」


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