第188話 ※同上
数時間後、食事も終わり再びホノカ達と雑談をしていると。
コンコン。
「殿下、私が」
「ああ」
扉がノックされ、部屋に控えていた専属侍女の一人が応対をする。
ここは宮殿、つまりは城の中でも僕たち皇族の住まいがある区画なのだが、その宮殿の中にはさらに、後宮と呼ばれる区画がある。男子禁制となっている皇族の女性陣の住まいで、たとえ皇帝であろうともよっぽどの場合の許可がなければ決して立ち入ることはできない。帝国の人々からは『秘密の花園』とも呼ばれ時には恐れられ、時には崇められている区画だ。
では何故僕がそんなところでおしゃべりが出来ているのかといえば、己の配偶者の部屋に関しては限定的に軽い手続で立ち入ることが許されているからだ。当然それ以外の部屋には行けないし、行き帰りも後宮専属侍女として雇われている女性がつきっきりで監視する。さらには警護のものまでもが女性近衛兵という徹底ぶりだ。
これは昔、親族同士で男女関係のいざこざがおこり、後継者問題にまで発展したという帝国の歴史によって定められていった規則だ。当然僕も彼女たちの夫として彼女たちの部屋には行けるが、それ以外は例え母上のお部屋であろうとも顔を見せることすら許されないのだ。
因みに今僕がいるのはホノカの部屋だ。彼女と結婚することが決まった後空いている部屋の一室が整備され明け渡されている。なお当然エメディアの為の部屋も存在するわけだが、ここに来てからもファストリアの客室の時と同じく二人一緒に寝ている為、後宮で話があるときはここに集まることが多くなっている。
「はい、はい、畏まりました。……殿下、お客様がお見えだそうですが、どう致しましょう? どうも急用があるとのことらしいのですが、直接お会いなさりますか?」
応対したホノカ付の後宮専属侍女がどのような対応を取るのか訊ねてくる。
「誰が来ているんだ?」
そろそろ普通の人々は寝る準備を始め、酒屋などでは男達が大騒ぎしている時間帯なはずだ。こんな遅くに僕への客人といえば、勇者パーティの誰かが急用で訪ねてきたくらいしか考えられないが。
「はい、ファストリア王国騎士爵、ヴァン=ナイティス様ご一行であるとのことですが」
「ヴァンがか。どうしよう、君たちはそろそろ眠い時間帯だろう?」
一体なんの用事だろう。ご一行と言うことは少なくとも複数の同伴者がいるということだが。
「確かに少し眠いけれど、用事があるというなら私も同行した方がいいんじゃない? また何かトラブルが発生したのかもしれないし」
「でしたら私も。ここで一人でいても、寂しいだけですから」
「はい、はい……ご相談中申し訳ありませんが、どうもホノカ様は必ずご一緒にということで」
「私がですか?」
ううむ、ホノカに急用か。もしや呪国に何かあったとか? いやそれならばもっと直接的に状況を伝えてくれるはずだ。ヴァンの転移魔法があれば事案の具体的な内容を確かめに行くことも出来るはずだし。個人的なものと考えるのが妥当ではなかろうか?
「考えていても仕方がない。会わないという訳にはいかないだろうし、みんなで出迎えよう。それじゃあ頼む」
「畏まりました」
伝令と警護の者に侍女が話をつけ、後宮を後にする。仕方がないとはいえ、己の国のしかもど真ん中にいるというのにこのように身動きを制限されるというのは考えてみれば不思議な話だ。まあ子供の頃は後宮に近づくことすら許されていなかったので、こうして立ち入りできるようになった事でそれだけの立場を与えられる年齢になったのだと実感はできる。
でも未来の僕は後どのくらい側室を増やすのだろうかと気にもなる。
代々の皇帝には少なくとも二人は側室がいたと言う。殆ど慣習と化しているので、僕も将来的にはもう一人か二人側室を増やされる可能性がある。
これはただ単に歴代元首が皆一様に性豪だったとかそのような話ではなく、"予備"として幾人かの後継を作る必要があったからだ。一人に何人も生ませるのではなく態々違う女性を用意するのも、何かの拍子に皇族が全滅し帝国の後継者がいなくなるのを防ぐ為。
また正室には当然皇后の仕事を果たす責務も求められる為、ただ単に子作りする道具になればいいという話でもない。ので少しでも負担軽減をという様々な理由が合わさってそのような制度が取られているわけだ。
他にも、正室の妊娠中我慢ならなくなった皇帝が見知らぬ女に手を出して下手に種を植え付けるくらいなら、予め身元のはっきりしている者をあてがえばいいとか。皇后一点に権力や臣民の支持が集中するのを防ぐためとか。他国への取引材料として皇族を嫁入り婿入りさせるためとか、様々な理由もあるのだが。そこら辺は時代時代によって様々に
「ジャステイズ、どうかしたの?」
「ん? ああ、なんでもないよ。ちょっとね」
「……ジャステイズ様、果たしてこれから、私はこの国の皆さんに受け入れてもらえるのでしょうか? まだここへ来て日が浅いですし、判断するのは時期尚早だとは分かってはいるのですが。いくらエメディア達と仲良くなれたとしても、皇后として民の皆さんに受け入れて貰えるかはまだ不安が残ります」
ホノカも似たようなことを考えていたのだろうか? 客間に向かう途中そんなことを言いだす。ここに来てからあまり話題に出さなかった嫁入りに関しての不安が、今になって昇ってきたらしい。
「ん、それもそうだろうね。でも大丈夫、ホノカならきっと帝国臣民に受け入れられるよ。だってエメディアでさえファンがいるって話だからね。ホノカなら必ず将来、歴史に名を残す皇后になると信じているよ」
「ジャステイズ様、幾らなんでもそれは持ち上げ過ぎです。それにエメディアも出会ったばかりの私を拒否することなく、むしろ積極的に受け入れようとしてくれてとても嬉しく思いますよ。改めてお礼を言わせてください」
「い、いいのよそんな。ってかジャステイズ、アンタそんなこと思っていたわけ? "さえ"ってなによさえって」
「いやあだって、あれは確か八歳の時」
「あああああやめてええええ」
「うふふふふ」
こうして少しでも笑顔を見せてくれているのを見ると僕は嬉しくなる。慣れない土地にくるストレスは、僕たちで緩和してあげればいい。ああは言ったが、民に最終的にどう受け止められるかは彼女の努力次第だ。歴史を見ていくと、横暴だったり放蕩家だったり、逆に力を持てなさすぎて迫害されたりと皇帝だけではなく皇后も時々によって低い評価を下されることがある。それはつまり、帝国の絶対権力者である皇帝ですら庇いきれなかったことの証左だろう。
まさかホノカがそんな高価な物を買い漁る浪費癖をつけたり、男にだらしなくなったりはしないと信じたいが、そこはエメディアも含めてお互いにやんわりと監視していく体制を整えれば間違いは防げるはずだ。
「皆様、着きました」
「ああ、ありがとう」
後宮は文字通り宮殿の奥の方にあるため、城の客間に行くには後宮を抜けて宮殿をぬけて、さらに城の中を歩き回ってようやく辿り着くことができる間取りになっている。少々煩わしくも感じ取れるが、裏返せばそれだけ僕たち皇族は構造的に外敵から守られているということだろう。
侍女が取次を行い、部屋の中へ。果たしてそこには。
「おお、来おったか」
「待ってたよ、皆」
「お久しぶりです」
ヴァン、ベル、ルビサファとお馴染みの面子に加え、見たことのない老人が一人。そして。
「ホノカ、待ってたで。さあ、国に帰るんや」
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