第190話
一時間もしないうちに、エンジ呪国に到達する。馬車がメインの交通手段なこの世界では、やはりドラゴンタクシーはチートに過ぎるな。あり得ない話だが、もし一国がエンシェントドラゴン族を手中に収めたら、火力の面でも敵う国は存在しなくなるだろう。逆に言えば、もしその火の粉が人間に降りかかることが有ればなす術もないということだ。ルビちゃんたちとはなんだかんだと仲良くしているが、実は結構な綱渡りなんじゃないかと思わなくもない。
「着いたで」
「ここがエンジ呪国か」
「私たちは一度目の前まで来たことがあるけれど、あの時は追い返されたしね」
「仕方なかったんや。わっちらは『殻に篭る作戦』の遂行中やったんやから。まあそのせいというかおかげというか、娘を嫁に出すことになったんやけどね」
エンジ呪国はその国土全域を巨大かつ強固なバリアで覆ってしまった。しかしそのバリアは一度張れば瞬いてしまうとしばらく張れなくなる必殺技敵扱いだったらしい。よって人の出入りを殆ど全く制限し、魔物たちを追い払えたは良いものの商人などの必要不可欠な存在まで立ち入り禁止にしたため国力が減衰してしまったのだ。
その結果ホノカが帝国との交渉材料にされた訳だが。本人も運命を受け入れ、いまはジャステイズ達とも上手く行きつつあるため双方にとって悪い話ではなかろう。
ただ、エンジ呪国の後継ぎがどうなるかという大きな問題が発生するわけだが……それも、これからヒエイ陛下がなされようとしていることを陛下が前々から企てていたのだとすれば、自ずと解決する問題なのかもしれない。
ともかく俺たちは、国土へ入るとそのまま一直線に首都へ向かう。
眼下に広がる街並みは、どこか懐かしい感じを思い起こさせる。灯に照らされた村々や街は和風な雰囲気がそこかしこに見受けられ、異世界だというのに昔の日本にタイムスリップしたのではと冗談を思う程だ。
「なんだが懐かしい気分になってくるわ」
「だな。もしかすると、どこの星にも似たような文化があるのかもしれないな」
「<なんのお話ですか?>」
「いや、こっちの話さイアちゃん。それよりも、毎度毎度乗せてもらってすまないな」
「<いいえ、私もお役に立てて嬉しいので。それに、んっ♡ ヴァンさんを乗せていると、何故かはわかりませんが気持ち良くなっちゃいますし、苦ではありませんよ>」
サファドラは念話でちょっと過激な発言をする。気持ちいいって、以前もそんなことを言ってはいたが、どういう理屈なんだ?
「……ヴァン?」
「な、なんで俺の方をみるんだよ! 何もしてないから!」
「ほんとぉ?」
「ほんとだってば。な、イアちゃん?」
「<わ、わたしは、ヴァンさんにだったら初めてを差し上げても……きゃ♡>」
「これは後でお仕置きね」
「えええなんでだよっ?!」
ふざけた(?)やりとりをしつつ、すぐに首都上空へ着く。ベル、抱きついてくるのはいいが拗ねて顎を肩にグリグリさせるのはいい加減止めてくれ。地味に痛いからそれ。
「<さて、ここいらでいいじゃろう>」
「せやな。取り敢えず、あそこの広場に降りてもらおか」
「<了解なのじゃ>」
「<はい>」
お城、というよりは平安時代の御所のように広大な敷地に幾つもの低層の建物が並べられているその一角に降り立つ。夜遅いので、灯りが灯っているが、見たところ松明のような炎を直接使った光源のようだ。
広場内は、このパターンではもはやお馴染みとなりつつある沢山の兵や職員らしき者たちによる大きな騒ぎが起こっている。
「うわあ、な、なんやあれは!!」
「ひええ、助けて〜」
「何モンかは知らんけど、俺らの敵ではないで! ……いやこんなん勝てへんわむりむりむり」
兵たちも、槍のような刺又のような不思議な武器を向けてきたり、明らかに刀と見受けられる武器を構えたりしているが、それらは当然到底ドラゴンたちに通用するような得物ではないだろう。
「なんやみんな、騒がしいなあ。少しは落ち着かんかいな?」
「えっ、ヒエイ陛下っ!!」
「ホノカ様までっ」
「陛下、何故ドラゴンなぞに」
「まさか、ドラゴンを手下に? ……それにそちらの者たちは一体」
しかし、ルビドラの上からヒエイ陛下が降り立つと、馬の騒動が徐々に収まっていく。
「まあまあ、きちんと説明したるから。取り敢えずただいまやな」
「そうですね。ただいま戻りました」
「お、おかえりなさいませ」
職員や兵士は一斉に深々とお辞儀をする。九十度も腰を曲げるので、これがこの国における最敬礼なのだろうと察する。
「頭上げてええで。とにかく、わっちらは一旦どこかで休憩したい。部屋ぁ用意してもらえんか?」
「はっ、すぐに!」
そして、ルビちゃんたちが変身したのをみた皆んなが再び騒いだりしたので慌ただしい空気を残しつつも、客間に案内される。
「ここは『内裏』っちゅう建物や。ま、端的に言えばこの国の城やな。因みにここは『ボックリの間』って呼ばれとる客をもてなすときに使う場所としては最上級の部屋なんやで?」
「へえ、そうなのですね。確かに、客が不快な思いをしないよう、細かな装飾に至るまで配慮が行き届いているように見受けられます」
「やろ。まあ小さな国ではあるけど、その分こういったところには労力を惜しまんようにしとるんや。内から磨かんと、ガワにも本当の美しさは表れへんもんやからな」
その表現が正しいのかはともかく、陛下のいわんとしていることはわかる。
イアちゃんのいう通り、調度品もただ単なる華美な物ではなく、品のある物を取り揃えているし、内装にしても威圧するような造りではなく落ち着いて話ができるよう全体的な色合いが抑えられている。数千年続く中において、エンジ呪国なりの文化や価値観を発展させて行ったのだろう。
「ふう、ともかく作業をするのは明日明るくなってからやな。まだ細かい説明はしてへんけど、大まかなことはわかっとるやろ?」
「はい」
ここへ来る道中で既にジャステイズ達には、なぜ皆をここに連れてきたのか説明をしてある。陛下の仰るとおり伝え切れていないこともあるが、それは明日の"作業"で全てわかることだ。
「それじゃあ、寝室も用意させるからゆっくりしてきや」
「ありがとうございます」
「お言葉に甘えて」
「ホノカはどうするの?」
「そうですね……お母様?」
「ううーん、まあ、三人一緒やったらええやろ。な、皇子はん?」
「ご心配なく、決して間違いは起こしません。相手国に敬意を払うのは当然ですから」
ジャステイズたちは三人で寝ることにしたようだ。
「それじゃあ、私たちは?」
「我はお爺様と寝たいのじゃ!」
「ワシとか? 構わんが」
「そ、それじゃあ、私も……」
「がはは、仕方ない孫たちじゃのう。三人部屋、用意してもらえるな?」
孫と祖父で寝ることにしたようだ。せっかくの機会だしパライバくんも連れてこればよかったのだろうが、彼はまだ怪我のリハビリが残っていたので残念ではあるが置いてきたのだ。一番悔しがっていたのは本人であったが。幾らドラゴンの回復力が驚異的と言えども、あれだけボコボコにやられてしまっては耐えるのにも限度があるだろうな。
それにパライバくんはドラゴンといってもまだ子供だ、無理に連れ回すのもよくない。
「なんかムカつくけど、まあええやろ。あ、わっちはお断りやで。頼まれてもそんなじいさんと一緒に寝たりせえへんからな! で、そっちは二人で構わへんな?」
「「はい」」
そして最後に俺たち。の三グループに分かれることになった。少し変わりはするが、この組み合わせで段々と固定されてきたな。あとはデンネルとミュリーの二人組だし、唯一ドルーヨだけが一人身なわけか……強く生きろよ、大商人。
「ふう、少し疲れたわね」
「まあ、ヒエイ陛下とであってからずっと話をしていたし、その後すぐにここに来たわけだからな。もうすっかり夜中になってしまった」
「流石にもう眠くなってきたわ。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。明日はこの国にとって大きな転換期になるだろうな」
「そうね。そのためにも、きちんと体力を回復させて、頭も働くようにしておかないと。ヴァンも早く寝るのよ?」
「わかってるよ、じゃあ」
「んっ♡」
と、おやすみのキスを交わし、二人でベッドに横になる。
そして俺は目を瞑りつつ、ファストリア王城での会話を思い起こすのであった。
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