第17話 12歳

 


 ヴァン、12歳、自宅前の庭にて



「おりゃっ!」


「とっ!」


「そこだっ!」


「まだまだっ!」



 カン!


 キン!


 クン!



「ぐっ……!」


「もらったぁ!」



 カキン!



「あっ!」


 剣が後方へ飛んでいく。


「余所見禁止!」


「はっ--」


 俺が気付いた時には、既にベルの剣先が喉を突く寸前だった。


「……はあ、ヴァン、どうしたの?」


 ベルは心配そうに俺の顔を見る。


「嫌、お母様の様子が……」


「それはわかるけど、今は訓練でしょ?」


「あ、ああ、すまん」


 俺は少し落ち込み、ベルに謝る。


「もう、いいよ。今日はここまでにする? 前までなら、私の方が負けてあたのに……やっぱりヴァン、おかしいよ?」


「嫌、大丈夫だ。心配させてごめんな? ほら、もう一度やろう」


 俺は遠くに飛んで行った剣を拾いに向かった。


「はあ、ヴァンったら最近ずっとあんな調子だわ……」


 俺はベルの呟きが耳に入ったが、無視をした。くそっ、俺だって負けたくて訓練しているわけじゃない。



 12歳、俺たちは激しさを増す魔王軍に少しでも対抗するため、剣の練習をしていた。前とは違い、ステータスを確認できるようになったため、みずからのMP残量とすり合わせながら、様々な戦闘方法を開発していたのだ。今日は、一歩も動かずに立体的に攻撃してくる敵に対処をする訓練をした。だが、先の通り俺は調子が振るわず、ベルに負けてしまった。


 何故調子が悪いのかというと、お母様が原因不明の病に倒れたからだ。ちょうど一週間前、夕食をとっているときに唐突に血を吐き倒れた。俺は慌てて回復魔法をかけ、お母様は一命を取り留めたのだが、発熱と嘔吐が続いており、他の回復系の魔法を試したのだが、一向に良くならなかったのだ。


 その為、この一週間、俺はお母様のことが心配で思わず気が抜けてしまっていた。先の訓練も、本当の戦闘時なら喉を突き破られて即死だっただろう。


「はあ、この調子じゃあ、勇者なんてなれんのかねえ……」


 プリナンバーを順番に回るという勇者の選定、神託を与えるのはドルガさんだが、実際にその時にならないと本当に自分が選ばれるとは限らない。奢ることなく訓練を続けていたのは胸を張って言える。だが、俺よりもステータスが低いベルに負けるということは、やはり気持ちの問題が大きいのだろう。勇者たるもの、様々な困難に立ち向かわなければいけないことは重々承知している。転生する前は、旅が楽しみだったり、ハーレムが出来るかななんでふざけたことを考えていたわけだが、こう現実に立ち向かうと、魔王軍の侵攻による人々の心の暗さが浮き彫りになって、それどころではないのだ。


 ハイオーガの一件以来、この村にも強力な魔物が出現するようになった。頻度としては2ヶ月から3ヶ月に1体ほどなので、俺とベルで対処出来てはいる。しかし現れるごとに村人は避難したり、自らも家族を守ろうと武器を手に自宅の玄関に立ち塞がったりする為、村としても精神的な負担が大きいのだ。何も苦しいのは魔王や魔王軍との戦闘だけではないということだ。俺にこの世界を、この人々の不安を受け止めて光となり追い払うことが出来るのだろうか? そういった不安があることも確かなのだ。


「ふう、あったあった」


 俺は剣を手に取り、ベルの元まで戻ろうとする。しかしその時、遠くから馬の足音が聞こえてきた。もしかして、また魔物が!


「ベル!」


 俺は慌ててベルの許に駆け寄り、互いに庭先の門まで行く。



 そしてそこには4頭の馬と馬車にがいた。



 カチャリ



 馬車のドアが開く。そして誰子が降りて来た--


「おお、ベル! ベルなのか!」


 その人物はベルに駆け寄り、ベルのことを抱きしめた。


「え……お、お父様?」


 ベルが驚いた表情をしている。当たり前だ、だってこの人はその通り……



「そうだ、ドミトリンだ。久しぶりだな、ベル」



 ベルの父親のドミトリン=エイティアさんなのだから。


「お、お父様……どうしてここに? 魔王軍は?」


「大丈夫だ。少しの間だけ、休暇がもらえたのだ。だからこうしてベルに会いに来たんだよ。……7年ぶり、かな」


「うん、うん、そうだよ、お父様……良かった、生きていて」


 ベルは静かに泣く。俺はその光景を黙って見つめていた。


「……あ、あれ、お父様、その腕は……?」


 ベルは何か違和感を感じたのか、ドミトリンさんの右腕を見た。ドミトリンさんが馬車から出てきた時から疑問だったのだが、服の袖から掌が出ていない。


「ああ……やられたんだ、魔物にね」


「えっ?」


「戦闘中に、腕を切り落とされたんだ。だからこの通り、左手しか使えないんだよ。すまない、きちんと抱きしめることができずに」


 ドミトリンさんは申し訳なさそうな顔をする。


「そ、そんな、お父様……ぐっ、魔王軍め……」


 ベルは俯き、ふるふると震えている。恐らく歯を食いしばっているのだろう。俺もいたたまれない気持ちになった。


「ベル、良いんだ。こうして生きているだけで、今の世の中では幸せなことなのだから」


 ドミトリンさんは腕ないことなど本当に何でもないような様子だ。強がっているわけでもなく、悔しがったり怒ったりするわけでもない。ただ娘に会えた喜びを精一杯感じているといった様子だ。7年前に会った時はふくよかだった顔や体つきも、今では痩せて筋肉が付いているのがわかる、余程苦労したのだろう。


「お父様……ぐすっ、私、嬉しくて悲しくてわからないよ……」


「ベル……」


 ドミトリンさんは再びベルを抱きしめた。


「ぐすっ……そ、そういえば、お母様は?」


 ベルがドミトリンさんに尋ねた。


「……今日は、その事でも話があるんだ」


 ドミトリンさんは途端に神妙な顔つきになる。


「アリアは、死んだ」



 死んだ。


 ベルのお母様が、死んだ。



「アルテも一緒にだ。私が戦っている間、違う場所で戦闘に巻き込まれたとのことだ。死体も残っていない。有るのは、これだけ……」


 ドミトリンさんは動きが止まったベルに対し、一つのネックレスを差し出した。ロケットという奴だろうか、丸い形をした箱が先についているペンダントだ。


「ベル、お前の写真が入っている。これだけは傷付かずに残っていたんだ」


 ドミトリンさんはベルの手を取り握らせる。


「…………」


「べ、ベル?」


 俺は思わずベルの横に行き、肩に手を置きながらベルの顔を覗き込んだ。


「あっ……う、そ、で、しょ、?」


 ベルは目の焦点が合っておらず、口がガクガクと震えている。


「お母様……お母様は、どこ? ねえ、お父様、お母様はまだなの? その馬車の中にいるのよね? そうだわよね? そ、そうだと言ってよ、ねえ」


 ベルは錆び付いた機械のように首を動かし、ドミトリンさんに尋ねる。


「……ベル、もう一度言う」


「やめて」


「アリアは」


「やめて、やめて」


「お前の母親は」


「やめてやめてやめて」



「死んだんだ」



「やめてええええええええ!!!」


 瞬間、ベルは物凄い勢いで風魔法を放った。俺は慌ててベルの周りに防御魔法を展開する。


 俺の張った障壁はビリビリと振動し、凄い音と共に大地が揺れた。


「「ベルっ!」」


 俺とドミトリンさんは同時にベルの名前を呼ぶ。


「いやあああああああ!!」


 ベルは半狂乱に頭を抱え、風魔法を360度にぶちまける。俺は必死に障壁を維持し、風が外に漏れないようにした。


「嘘うそうそうそうそうそうそうそうそああああああああああああ」


 今度は光魔法に属する雷魔法まで使用し始めた。風魔法と相まって、嵐のように障壁内の地面をめちゃくちゃに破壊する。土は巻き上げられ、草が炎上する。くっ、耐えられない!


「ベル、ごめんっ!」


 俺はベルに向かって睡眠魔法を放った。


「ぐあああああああ!」


 しかし、ベルは眠らない。


「何で力だ……し、仕方がない」


 俺は危険かもしれないが、睡眠魔法の強さをあげた。


「ああああぁぁぁ……ああ……はあっ……」


 ベルは壊れた人形のように動きが止まっていき、遂には地面に倒れ伏せた。


「ベル!」


 俺は障壁を解除し、ベルの元へ駆け寄った。


「くっ、まだ魔法が!」


 風魔法は散ったが、雷魔法の余波が残り俺の身体をチリチリと電気が走る。俺は痺れに構わずベルを抱き上げた。そうして少し離れたところに持っていく。


「はあ、はあ、ベル、少し待っていろよ」


 俺はベルに回復魔法をかける。するとベルの焦げた皮膚や髪が治っていった。


「ふ、ふう……」


 俺は溜息をつく。


「ヴァン君、大丈夫か?」


 ドミトリンさんも慌ててこちらに駆け寄ってきた。


「え、ええ。大丈夫です」


「そうか、良かった……」


「ドミトリンさん、本当なのですか?」


 俺は念の為に確認する。


「……ああ、本当だ。このネックレスは形見なのだ。すまない、まさかこんなに取り乱すとは……」


「いえ、俺も予想していませんでしたから……それに、俺のお母様の事もあったので」


 お母様が倒れた後、ベルは自分の親のこともかなり心配していた。そんな中、父親に会えて、最初は嬉しかったが、その直後に母親の訃報を知らされたのだ。それで取り乱さない方がおかしい。


「そうか、君も色々と辛かろうな……私も、初めはベルのようにどうしようもなく絶望したのだ。しかし、アリアは向こうに行ってからずっと何かあっても負けないでくれ、と言っていた。死んだとしても、私の心は貴方の中に、と。だから私は立ち直れた。ベルも、次第に落ち着いてくれるだろう。だか、今は寝かせておいて欲しい」


「ええ、勿論。でもドミトリンさん、さっきのタイミングで言うのはさすがに」


「すまない、時間がなかったのだ」


「時間?」



「ああ、君のお父様、ヴォルフ殿に合わせてくれないか?」

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